18 / 20
第18章 王と将軍の誓い
しおりを挟む
数日後、王都に朝の鐘が鳴り響きました。
薄曇りの空に差し込む光が、白い塔の頂を黄金に染めています。
街は静かで、まるで嵐の後の世界のようでした。
セリーナが追放され、毒の騒動が収束してから、ようやく王宮にも落ち着きが戻ってきたようでした。
けれど、わたしの胸の中はまだ凪いでいません。
(今日が……最後の務め)
鏡の前で髪を整え、淡い青のドレスの襟を直しました。
裾には領地の花を刺繍した模様――カーラさんと村の人たちが贈ってくれたものです。
このドレスで王前に立つことが、わたしにとっての“けじめ”でした。
「アメリア。行くぞ」
扉の向こうから、いつもの低い声。
振り向くと、黒衣の軍装に身を包んだライナルト様が立っていました。
打って変わって彼の表情は穏やかで、どこか優しく微笑んでいます。
「緊張しているか?」
「少しだけ……でも、あなたがいてくだされば大丈夫です」
「言うようになったな」
微笑まれただけで、心がすっと落ち着いていきました。
短い沈黙のあと、彼はわたしの手に触れ、指先を軽く握りました。
「王への謁見が終わったら、話がある。覚えておけ」
「……はい?」
意味を問う間もなく、彼は静かに歩き出しました。
その背中を見ながら、胸の鼓動が少しずつ速くなるのを感じました。
~~~~~~~~~~
謁見の間。
天井に描かれた暦の壁画の下で、わたしはひざまずきました。
高台の玉座には、歳を重ねた国王―アルフレッド陛下。
深い金の瞳が、静かにわたしを見つめています。
「アメリア・クライン――いや、セリシア王女の娘、アメリア・アルステリア」
名前を呼ばれた途端、胸の奥が熱くなりました。
母の本当の姓。わたしが生涯知らずにいた“王家の名”。
「そなたの母セリシアは、己の信念のために宮廷を離れた。
だが彼女が残した心と記録は、この国の誇りであり、そなたがその証だ」
王の声は低く、それでいてあたたかでした。
頭を下げながら、涙が頬を伝うのをこらえられませんでした。
「陛下、私は……王家に戻るつもりはありません。
ただ、母の名を汚さず、誰かのために生きていきたいのです」
顔を上げると、陛下がやわらかく微笑まれました。
「その覚悟こそ、王家の血より尊い。……ならば、望むままに生きるがよい。
ただし、我が庇護の証として“王の娘”の名は授けておこう。
国のどこにいても、そなたはこの国に守られた者だ」
「……ありがとうございます。陛下」
胸の奥に満ちていく光を、静かに感じました。
母が愛したこの国で――やっと、自分の居場所ができたのです。
陛下が頷くと、ライナルト様が一歩前に出ました。
「陛下。もうひとつ申し上げたいことがあります」
「ほう? 将軍からとは珍しいな」
その声に、わたしは思わず身を正しました。
ライナルト様は王の前で膝をつき、堂々と宣言しました。
「私は、アメリア殿を自分の妻に迎えたいと願っております」
その言葉に、喉の奥から息が漏れました。
周囲の近侍たちが一斉にざわめき、その声が遠くに霞んでいく。
「妻、に……?」
思わず彼を見つめると、彼の青い瞳が直線的にわたしを射抜いていました。
どこまでもまっすぐで、熱のこもった視線。
「彼女は私を救ってくれた。氷のように冷めきった心を、溶かしてくれた。
この国を再び立て直すのなら、彼女のような“春”がそばに必要です。
私の剣と生涯を持って、彼女を守ることをここに誓います」
「……ライナルト様」
胸がいっぱいで言葉が出ませんでした。
目頭が熱くなり、視界の端が涙で滲んでいきます。
王はしばし沈黙したあと、深く頷きました。
「なるほど。氷の将軍が、春を選ぶか。
よかろう。アメリア、そなたはどうだ」
王の視線がわたしに向けられます。
鼓動がやかましいほど鳴り響き、胸の奥にひとつだけ確かな想いが残っていました。
「……はい。わたしも、ライナルト様と共にありたいと思います」
その瞬間、王が笑みを浮かべました。
「よい。ならば、この祝福をもって、二人の未来を認めよう。
――“暦の花嫁”は、運命を変える娘なり」
大広間に風が吹き抜け、壁画の暦神の瞳がきらめきました。
それはまるで、母が笑っているような光。
涙が頬を伝い、わたしは頭を下げました。
「ありがとうございます、陛下」
隣でライナルト様が静かに手を取ります。
その手を握り返した瞬間、あの日の寒い雪が遠くに溶けていく音がしました。
~~~~~~~~~~
謁見を終えて外に出ると、冬の名残を運ぶ風が吹いていました。
空の端には柔らかな春の色。
庭園の花々が、早くも芽を覗かせています。
「……これで、やっと終わったんですね」
「いや。ここから始まるんだ、アメリア」
ライナルト様がそう言って微笑みました。
その笑顔に、何度も見たはずの懐かしさがこもっていました。
「辺境に戻ったら、まずは花壇を作ろう。約束しただろう?」
「ええ。お花が咲いたら、いちばんに見せますね」
「その時までに式の準備も進めておこう」
「もう、先走りすぎです!」
思わず笑ってしまい、彼も小さく息を吐いて笑いました。
空に舞う白い花びらが、二人の間にふわりと舞い降ります。
わたしはその花弁を手のひらに載せ、小さく囁きました。
「25日は、やっぱり、運命の数字ですね」
「そうだな。俺が“妻を得る日”になるらしい」
軽く照れながらも彼が笑う姿に、胸が温かくなりました。
薄曇りの空に差し込む光が、白い塔の頂を黄金に染めています。
街は静かで、まるで嵐の後の世界のようでした。
セリーナが追放され、毒の騒動が収束してから、ようやく王宮にも落ち着きが戻ってきたようでした。
けれど、わたしの胸の中はまだ凪いでいません。
(今日が……最後の務め)
鏡の前で髪を整え、淡い青のドレスの襟を直しました。
裾には領地の花を刺繍した模様――カーラさんと村の人たちが贈ってくれたものです。
このドレスで王前に立つことが、わたしにとっての“けじめ”でした。
「アメリア。行くぞ」
扉の向こうから、いつもの低い声。
振り向くと、黒衣の軍装に身を包んだライナルト様が立っていました。
打って変わって彼の表情は穏やかで、どこか優しく微笑んでいます。
「緊張しているか?」
「少しだけ……でも、あなたがいてくだされば大丈夫です」
「言うようになったな」
微笑まれただけで、心がすっと落ち着いていきました。
短い沈黙のあと、彼はわたしの手に触れ、指先を軽く握りました。
「王への謁見が終わったら、話がある。覚えておけ」
「……はい?」
意味を問う間もなく、彼は静かに歩き出しました。
その背中を見ながら、胸の鼓動が少しずつ速くなるのを感じました。
~~~~~~~~~~
謁見の間。
天井に描かれた暦の壁画の下で、わたしはひざまずきました。
高台の玉座には、歳を重ねた国王―アルフレッド陛下。
深い金の瞳が、静かにわたしを見つめています。
「アメリア・クライン――いや、セリシア王女の娘、アメリア・アルステリア」
名前を呼ばれた途端、胸の奥が熱くなりました。
母の本当の姓。わたしが生涯知らずにいた“王家の名”。
「そなたの母セリシアは、己の信念のために宮廷を離れた。
だが彼女が残した心と記録は、この国の誇りであり、そなたがその証だ」
王の声は低く、それでいてあたたかでした。
頭を下げながら、涙が頬を伝うのをこらえられませんでした。
「陛下、私は……王家に戻るつもりはありません。
ただ、母の名を汚さず、誰かのために生きていきたいのです」
顔を上げると、陛下がやわらかく微笑まれました。
「その覚悟こそ、王家の血より尊い。……ならば、望むままに生きるがよい。
ただし、我が庇護の証として“王の娘”の名は授けておこう。
国のどこにいても、そなたはこの国に守られた者だ」
「……ありがとうございます。陛下」
胸の奥に満ちていく光を、静かに感じました。
母が愛したこの国で――やっと、自分の居場所ができたのです。
陛下が頷くと、ライナルト様が一歩前に出ました。
「陛下。もうひとつ申し上げたいことがあります」
「ほう? 将軍からとは珍しいな」
その声に、わたしは思わず身を正しました。
ライナルト様は王の前で膝をつき、堂々と宣言しました。
「私は、アメリア殿を自分の妻に迎えたいと願っております」
その言葉に、喉の奥から息が漏れました。
周囲の近侍たちが一斉にざわめき、その声が遠くに霞んでいく。
「妻、に……?」
思わず彼を見つめると、彼の青い瞳が直線的にわたしを射抜いていました。
どこまでもまっすぐで、熱のこもった視線。
「彼女は私を救ってくれた。氷のように冷めきった心を、溶かしてくれた。
この国を再び立て直すのなら、彼女のような“春”がそばに必要です。
私の剣と生涯を持って、彼女を守ることをここに誓います」
「……ライナルト様」
胸がいっぱいで言葉が出ませんでした。
目頭が熱くなり、視界の端が涙で滲んでいきます。
王はしばし沈黙したあと、深く頷きました。
「なるほど。氷の将軍が、春を選ぶか。
よかろう。アメリア、そなたはどうだ」
王の視線がわたしに向けられます。
鼓動がやかましいほど鳴り響き、胸の奥にひとつだけ確かな想いが残っていました。
「……はい。わたしも、ライナルト様と共にありたいと思います」
その瞬間、王が笑みを浮かべました。
「よい。ならば、この祝福をもって、二人の未来を認めよう。
――“暦の花嫁”は、運命を変える娘なり」
大広間に風が吹き抜け、壁画の暦神の瞳がきらめきました。
それはまるで、母が笑っているような光。
涙が頬を伝い、わたしは頭を下げました。
「ありがとうございます、陛下」
隣でライナルト様が静かに手を取ります。
その手を握り返した瞬間、あの日の寒い雪が遠くに溶けていく音がしました。
~~~~~~~~~~
謁見を終えて外に出ると、冬の名残を運ぶ風が吹いていました。
空の端には柔らかな春の色。
庭園の花々が、早くも芽を覗かせています。
「……これで、やっと終わったんですね」
「いや。ここから始まるんだ、アメリア」
ライナルト様がそう言って微笑みました。
その笑顔に、何度も見たはずの懐かしさがこもっていました。
「辺境に戻ったら、まずは花壇を作ろう。約束しただろう?」
「ええ。お花が咲いたら、いちばんに見せますね」
「その時までに式の準備も進めておこう」
「もう、先走りすぎです!」
思わず笑ってしまい、彼も小さく息を吐いて笑いました。
空に舞う白い花びらが、二人の間にふわりと舞い降ります。
わたしはその花弁を手のひらに載せ、小さく囁きました。
「25日は、やっぱり、運命の数字ですね」
「そうだな。俺が“妻を得る日”になるらしい」
軽く照れながらも彼が笑う姿に、胸が温かくなりました。
0
あなたにおすすめの小説
◆平民出身令嬢、断罪で自由になります◆~ミッカン畑で待つ幼馴染のもとへ~
ささい
恋愛
「え、帰ってくんの?」
「え、帰れないの?」
前世の記憶が蘇ったニーナは気づいた。
ここは乙女ゲームの世界で、自分はピンク髪のヒロインなのだと。
男爵家に拾われ学園に通うことになったけれど、貴族社会は息苦しくて、
幼馴染のクローにも会えない。
乙女ゲームの世界を舞台に悪役令嬢が活躍して
ヒロインをざまあする世界じゃない!?
なら、いっそ追放されて自由になろう——。
追放上等!私が帰りたいのはミッカン畑です。
オネェ系公爵子息はたからものを見つけた
有川カナデ
恋愛
レオンツィオ・アルバーニは可愛いものと美しいものを愛する公爵子息である。ある日仲の良い令嬢たちから、第三王子とその婚約者の話を聞く。瓶底眼鏡にぎちぎちに固く結ばれた三編み、めいっぱい地味な公爵令嬢ニナ・ミネルヴィーノ。分厚い眼鏡の奥を見たレオンツィオは、全力のお節介を開始する。
いつも通りのご都合主義。ゆるゆる楽しんでいただければと思います。
虐げられてきた妾の子は、生真面目な侯爵に溺愛されています。~嫁いだ先の訳あり侯爵は、実は王家の血を引いていました~
木山楽斗
恋愛
小さな村で母親とともに暮らしていアリシアは、突如ランベルト侯爵家に連れて行かれることになった。彼女は、ランベルト侯爵の隠し子だったのである。
侯爵に連れて行かれてからのアリシアの生活は、幸福なものではなかった
ランベルト侯爵家のほとんどはアリシアのことを決して歓迎しておらず、彼女に対してひどい扱いをしていたのである。
一緒に連れて行かれた母親からも引き離されたアリシアは、苦しい日々を送っていた。
そしてある時彼女は、母親が亡くなったことを聞く。それによって、アリシアは深く傷ついていた。
そんな彼女は、若くしてアルバーン侯爵を襲名したルバイトの元に嫁ぐことになった。
ルバイトは訳アリの侯爵であり、ランベルト侯爵は彼の権力を取り込むことを狙い、アリシアを嫁がせたのである。
ルバイト自身は人格者であり、彼はアリシアの扱われた方に怒りを覚えてくれた。
そのこともあって、アリシアは久方振りに穏やかな生活を送れるようになったのだった。
そしてある時アリシアは、ルバイト自身も知らなかった彼の出自について知ることになった。
実は彼は、王家の血を引いていたのである。
それによって、ランベルト侯爵家の人々は苦しむことになった。
アリシアへの今までの行いが、国王の耳まで行き届き、彼の逆鱗に触れることになったのである。
馬小屋の令嬢
satomi
恋愛
産まれた時に髪の色が黒いということで、馬小屋での生活を強いられてきたハナコ。その10年後にも男の子が髪の色が黒かったので、馬小屋へ。その一年後にもまた男の子が一人馬小屋へ。やっとその一年後に待望の金髪の子が生まれる。女の子だけど、それでも公爵閣下は嬉しかった。彼女の名前はステラリンク。馬小屋の子は名前を適当につけた。長女はハナコ。長男はタロウ、次男はジロウ。
髪の色に翻弄される彼女たちとそれとは全く関係ない世間との違い。
ある日、パーティーに招待されます。そこで歯車が狂っていきます。
人形令嬢は暗紅の公爵に溺愛される
oro
恋愛
生まれた時から妹の代わりでしか無かった姉フィオラ。
家族から愛されずに育った少女は、舞台に立つ操り人形のように慎ましく美しい完璧な令嬢へと成長した。
全てを諦め、平穏な人生を歩むために。
妹の代わりに婚約させられた相手は冷淡で冷酷な「暗紅の白銀狼」と呼ばれる公爵様。
愛を知らない令嬢と公爵様のお話。
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月るるな
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
転生したら、乙女ゲームの悪役令嬢だったので現実逃避を始めます
山見月あいまゆ
恋愛
私が前世を思い出したのは前世のことに興味を持った時だった
「えっ!前世って前の人生のことなの。私の前の人生はなんだろう?早く思い出したい」
そう思った時すべてを思い出した。
ここは乙女ゲームの世界
そして私は悪役令嬢セリーナ・グランチェスタ
私の人生の結末はハーッピーエンドなんて喜ばしいものじゃない
バットエンド処刑されて終わりなのだ
こんなことを思い出すなら前世を思い出したくなかった
さっき言ったこととは真逆のことを思うのだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる