【完結】25日に生まれた私は、運命を変える者――なんて言われても

朝日みらい

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第19章 暦の花嫁

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 春の風が、やさしく頬を撫でました。  
 空はどこまでも澄み渡り、辺境の地にしては珍しく穏やかな陽気です。  
 花々が一斉に咲き誇り、庭中に香りが満ちていました。

 あれから、幾月かが過ぎていました。  
 王都の喧騒から離れ、ライナルト様とともにこの静かな領地へ戻ってきたのです。

 あの日、誓った通り。  
 氷の世界だったこの地に、今は春が訪れていました。

「これほどの咲き具合は、近年にないな」と、カーラさんが目を細めます。  
 村の人々も総出で準備を手伝ってくれていて、広場には花の冠やリボンが飾られていました。  
 まるでこの日を待っていたかのように――運命のように。

「ねえ、アメリア様。ドレスのリボン、もう少し緩めますね」

 侍女のリリアが手際よく支度を整えながら、そっと笑いました。  
 鏡に映る自分の姿を見て、胸が熱くなります。  
 柔らかな生成りのドレスに、胸元の“25の暦石”が淡く光っていました。

(母さん……見ていてね)

 今日は――結婚式の日。  
 この花の庭で、わたしたちは永遠の誓いを立てるのです。


~~~~~~~~~~


 花に囲まれた広場に足を踏み入れた瞬間、風がふわりと花びらを舞い上げました。  
 空を見上げると、白と淡い桃色の花弁が舞い踊り、光を受けてきらきらと輝いています。  
 その中央に、黒い軍装に身を包んだライナルト様が立っていました。

「……綺麗だ」

 小さく呟かれたその一言に、心臓が跳ねました。  
 彼がわたしの方を見て、ほんのわずか笑う。  
 雪に覆われた冬の夜には見たことのない、春の光のような笑顔でした。

「アメリア・アルステリア。約束を果たしに来たのか」

「はい。25日の今日、“暦の花嫁”の名に恥じぬように」

 そう言って笑うと、彼は頷き、わたしの手を取ってくれました。  
 腕に触れた瞬間、指先の熱が心臓まで届くようで、思わず目を閉じてしまいます。

 神官が祈りの言葉を唱え、村人たちが静かに見守る中、鐘の音が響きました。  
 風が草を揺らし、花びらが二人の間に舞いました。

「この日を、運命を信じる日に」

 わたしがそう囁くと、ライナルト様が小さく息を漏らして笑いました。

「では、俺からも言わせてもらおう。  
 この日を、俺がお前を愛する日として刻む。」

 次の瞬間、わたしの手が引かれ、彼の胸の中へと包み込まれました。  
 観客の歓声が上がり、鐘の音がもう一度重なります。

 あたたかい。  
 この胸の音も、流れる風も、すべて現実のもの。  
 氷の将軍と呼ばれた人が、いまは誰よりも穏やかな顔でわたしを抱いている。

「アメリア。お前の笑顔が、俺の春だ」

「……そんなことを言うなんて、ずるいです」

「本当のことだ」

 軽く額を重ねると、ライナルト様の低い笑い声が耳元に響きました。  
 まるで風鈴の音のように優しい音。その音に包まれて、涙がこぼれました。

「泣くな」
「嬉しい涙です。……ずっと夢みたいで」

「なら、現実にしてやる」

 彼の指が頬をなぞり、唇が重なりました。  
 時が止まったように、世界の音が消えていきました。  
 花びらの雨が二人の周りを舞い、暦石の光がふたりを照らしていました。


~~~~~~~~~~


 式のあと、村の広場は祝福の声で満たされました。  
 子どもたちが花を撒き、老人たちが笑いながら音楽を奏でます。  
 この平和な光景を見ていると、遠い旅の記憶が夢のように感じられました。

「アメリア様! 見てください、春の小川が流れ始めました!」

 カーラさんの声に顔を向けると、雪解けの水が谷を伝ってきらめいています。  
 その光景が、まるで世界がやっと動き出した合図のようで――手を取り合ったまま、ライナルト様と見つめ合いました。

「……始まりの音ですね」
「ああ。これが、俺たちの春の始まりだ」

 ふたりで見上げた空の向こうに、大きな満月がうっすらと浮かんでいました。  
 それは、かつて運命を変えた“25日の月”。  
 母が遺した“暦の神の祝福”を、いま確かに感じていました。

 わたしはそっとペンダントを握り、静かに祈りました。

「この花が枯れない限り、何度でも運命を信じ続けます。  
 あなたと共にあるこの日々を、ずっと――」

 ライナルト様がわたしの肩を抱き寄せ、耳元で低く囁きました。

「約束しよう。お前が笑う限り、俺の心に冬は来ない」

 その言葉に、もう何もいりませんでした。  
 風が頬を撫で、遠くで鐘が三度鳴ります。

 そして空には、花びらがひらひらと舞い上がって――  
 わたしたちの新しい季節の始まりを、祝福してくれていました。
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