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第1章 異動とミステリーサークル

第2話

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 同僚の美帆がいなくなってから、未知子はすっかり食欲が失せている。
 まず、固形物は喉に通らない。
 だからゼリー状のサプリメントや粥のパックがショルダーバックに詰め込まれている。

 けれども心の中は、 擦り切れたスニーカーみたい。
 誰にもその気持ちはわからない。
 美帆を失った悲しみなんて。
 美帆がいたから私は宝石が好きになれたのに……。

「さて、それでは今月の売上目標についてですが」

 高田部長が、ホワイトボードのグラフを指差した。

「今月の売り上げが前年よりも下回っています。
特に川崎のL店舗がひどい。ちょっと 杉原さん。ここに来て説明しなさい」

 ワンピースを着た長身の女子社員がファイルをつかんでやってきた 。
 おどおどした口調で説明を始める。 

 これが「公開処刑」だ。
 未知子は心の耳に栓をし、その場をやり過ごす。
 高田部長の厳しい指摘が槍のごとくフロア内に響き渡る。
 これこそパワハラだと思うのだが、高田部長のそれは業務上の指導などと説明している。
 パワハラというのも視点を変えれば、随分都合が良い言葉になるものだ。

 すっかり青ざめた杉原は肩をすぼめながら戻っていく。
「皆さんも気を抜かず、頑張って売り上げが伸びるよう、うまくやってください。また、社内のデザイン募集も 行なっていますよ。どしどし応募してください」

 未知子は、ふと、美帆の手帳を思い出した。
 そこには スケジュールや業務上の事柄だけでなく、アクセサリーのデザインが 描かれていた。

 その一つが 採用され、美帆の店舗で販売された。
 銀色の白鳥の形をしたネックレス。
  しかし思うように売れず、未知子は中央に立たされて高田部長に連日叱咤されたのだった。

「それから」

 高田部長はお構いなく喋り続けている。
 舌が 二、三枚は付いているようである。

「休暇をちゃんと取るようにしましょう。しっかりリフレッシュしましょう」

 休暇だって?

 未知子は胸の中で舌打ちした。
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