5 / 13
第五章 月白の夜の告白
しおりを挟む
王都に再び、やわらかな朝の光が射し始めた頃、戦の音はようやく遠のいたのでした。
――ですが、それは決して、本当の平和が戻ったという印ではなかったのです。すべては終わっていませんでした。
外の広場では兵士たちが歓喜の声を上げています。
それを見下ろすような王城のバルコニーで、わたくしは深呼吸をひとつ。
その空気は、なぜでしょう、勝利のはずなのに少しも甘やかではありませんでした。
「ようやく……終わったのですね」
小さく呟いた声が自分のものだと気付くのに、何秒もかかってしまいました。
その背後から、王妃さまがそっと近付き、肩を温かく抱いてくださいます。
「セリーヌ様……お疲れさまでした。本当に、ありがとうございました」
その優しさが心に沁みます。
ですが、ご自分こそどれほど不安だったのでしょう。
王妃さまは震える手で幼い王子を抱き寄せていらっしゃいました。
王子はと言えば、わたくしの裾をつかみ「セリーヌー!こわいのもう、いや」と小さな声で泣きそうになっています。
こんな時ぐらい、魔女らしくそっと微笑み返せる大人になりたいものですね。
しかし、わたくしの胸もまた、予感という名の痛みに締め付けられていました。
でも、どうして王妃さまの視線は、不自然なほど奥の間の方を見ているのでしょう。
「……王妃さま?」
「王が、お呼びです」
たった一言が、わたくしの胸をずきん、と鳴らしました。
その声に含まれた深い悲しみが、全ての真実を語っているようでした。
王の寝室の扉は、異様に静かで――それだけが、すでに別れの予感を伝えていました。
扉を押し開けると、そこは月明かりだけが頼りの薄闇で。
巨大なベッドに横たわる人影と、それに寄り添い囁くガンダルス殿。
「……勝ったのだぞ。セリーヌ、お前もそばに」
一歩一歩近づくごとに、自分の鼓動が耳鳴りのように響いてきて、それでも平然を装って彼の隣に座ります。
彼のそばにいることが、わたくしの最後の使命だと知っていました。
「お疲れ様でございます、殿下。民は皆、殿下の帰りを、勝利を待っておりました」
「勝利、か。……戦は、もういい。君と静かに月でも見ていたいものだな」
優しく微笑んだその顔は、わたくしが知るどんな陽射しよりも柔らかくて――。
手を取った指先がすっかり冷たいのを、どうして見なかったことにしてしまったのでしょう。
わたくしの蒼月の魔力さえも、この運命を覆すことはできない。
彼はそっと、わたくしの髪を撫でてくれました。
「ごめんなさい……わたしは呪われた魔女で……愛した人は死ぬ運命……全部、わたしのせい……!」
「……君に会えて、本当に良かった」
その温もりは、もう彼自身の力ではなく、ただの記憶の残り香のように感じられました。
「……もし、生まれ変わったら……俺の妻になればいい……」
「……妻?」
「……愛していた……から」
とても静かな、遺言のような声でした。
その言葉が途切れた瞬間、彼の体はわたくしの腕の中で静かに、蒼月の光に抱かれるように崩れ落ちたのです。
彼の命は、わたくしの呪いと、闇の魔女の死の呪詛によって、奪われました。
王都が華やかな勝利の祝祭と厳粛な葬儀の二つの感情に包まれる中、わたくしはただ、静かに時を過ごしました。
表向き、王は戦いの激しい疲労のため、静かに息を引き取ったと発表されました。
――夜。
王の亡骸が安置された部屋で、わたくしは誰もいないのを見計らい、そっと彼のそばに座り込みました。
冷たくなったその手を握り、亡骸を抱き締めます。
「あなたの強さは、呪いをも恐れなかった。それが、わたくしにとっての真実……誰よりも偉大な王で、最愛の人でした……」
彼の冷たい胸に顔を埋め、わたくしは静かに涙を流しました。
その時、封印を施したはずの紋様が、微かに黒い光を放ったのを感じました。
『魔王の封印は、貴方の血をもって千年と持たぬ。貴方の孫の代には、この闇は再び目覚めるだろう』
闇の魔女の最後の呪詛が、わたくしの耳の奥で響きます。
王妃さまには、この涙の理由を永遠に語ることはできません。
幼い王子がわたくしを見つめても、わたくしはただ、魔女らしく微笑むことしかできないのです。
共に立ち向かった時間だけが、わたくしとガンダルス殿を結んだ、偽りのない真実でした。
そして翌朝、わたくしは黙って王都を離れ、元の永遠の孤塔へと旅路につきました。
――ですが、それは決して、本当の平和が戻ったという印ではなかったのです。すべては終わっていませんでした。
外の広場では兵士たちが歓喜の声を上げています。
それを見下ろすような王城のバルコニーで、わたくしは深呼吸をひとつ。
その空気は、なぜでしょう、勝利のはずなのに少しも甘やかではありませんでした。
「ようやく……終わったのですね」
小さく呟いた声が自分のものだと気付くのに、何秒もかかってしまいました。
その背後から、王妃さまがそっと近付き、肩を温かく抱いてくださいます。
「セリーヌ様……お疲れさまでした。本当に、ありがとうございました」
その優しさが心に沁みます。
ですが、ご自分こそどれほど不安だったのでしょう。
王妃さまは震える手で幼い王子を抱き寄せていらっしゃいました。
王子はと言えば、わたくしの裾をつかみ「セリーヌー!こわいのもう、いや」と小さな声で泣きそうになっています。
こんな時ぐらい、魔女らしくそっと微笑み返せる大人になりたいものですね。
しかし、わたくしの胸もまた、予感という名の痛みに締め付けられていました。
でも、どうして王妃さまの視線は、不自然なほど奥の間の方を見ているのでしょう。
「……王妃さま?」
「王が、お呼びです」
たった一言が、わたくしの胸をずきん、と鳴らしました。
その声に含まれた深い悲しみが、全ての真実を語っているようでした。
王の寝室の扉は、異様に静かで――それだけが、すでに別れの予感を伝えていました。
扉を押し開けると、そこは月明かりだけが頼りの薄闇で。
巨大なベッドに横たわる人影と、それに寄り添い囁くガンダルス殿。
「……勝ったのだぞ。セリーヌ、お前もそばに」
一歩一歩近づくごとに、自分の鼓動が耳鳴りのように響いてきて、それでも平然を装って彼の隣に座ります。
彼のそばにいることが、わたくしの最後の使命だと知っていました。
「お疲れ様でございます、殿下。民は皆、殿下の帰りを、勝利を待っておりました」
「勝利、か。……戦は、もういい。君と静かに月でも見ていたいものだな」
優しく微笑んだその顔は、わたくしが知るどんな陽射しよりも柔らかくて――。
手を取った指先がすっかり冷たいのを、どうして見なかったことにしてしまったのでしょう。
わたくしの蒼月の魔力さえも、この運命を覆すことはできない。
彼はそっと、わたくしの髪を撫でてくれました。
「ごめんなさい……わたしは呪われた魔女で……愛した人は死ぬ運命……全部、わたしのせい……!」
「……君に会えて、本当に良かった」
その温もりは、もう彼自身の力ではなく、ただの記憶の残り香のように感じられました。
「……もし、生まれ変わったら……俺の妻になればいい……」
「……妻?」
「……愛していた……から」
とても静かな、遺言のような声でした。
その言葉が途切れた瞬間、彼の体はわたくしの腕の中で静かに、蒼月の光に抱かれるように崩れ落ちたのです。
彼の命は、わたくしの呪いと、闇の魔女の死の呪詛によって、奪われました。
王都が華やかな勝利の祝祭と厳粛な葬儀の二つの感情に包まれる中、わたくしはただ、静かに時を過ごしました。
表向き、王は戦いの激しい疲労のため、静かに息を引き取ったと発表されました。
――夜。
王の亡骸が安置された部屋で、わたくしは誰もいないのを見計らい、そっと彼のそばに座り込みました。
冷たくなったその手を握り、亡骸を抱き締めます。
「あなたの強さは、呪いをも恐れなかった。それが、わたくしにとっての真実……誰よりも偉大な王で、最愛の人でした……」
彼の冷たい胸に顔を埋め、わたくしは静かに涙を流しました。
その時、封印を施したはずの紋様が、微かに黒い光を放ったのを感じました。
『魔王の封印は、貴方の血をもって千年と持たぬ。貴方の孫の代には、この闇は再び目覚めるだろう』
闇の魔女の最後の呪詛が、わたくしの耳の奥で響きます。
王妃さまには、この涙の理由を永遠に語ることはできません。
幼い王子がわたくしを見つめても、わたくしはただ、魔女らしく微笑むことしかできないのです。
共に立ち向かった時間だけが、わたくしとガンダルス殿を結んだ、偽りのない真実でした。
そして翌朝、わたくしは黙って王都を離れ、元の永遠の孤塔へと旅路につきました。
0
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに対して、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載しております。
悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる