百年後、蒼月の塔で君を待つ――呪われ魔女と王族の恋物語

朝日みらい

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第五章 月白の夜の告白

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 王都に再び、やわらかな朝の光が射し始めた頃、戦の音はようやく遠のいたのでした。

――ですが、それは決して、本当の平和が戻ったという印ではなかったのです。すべては終わっていませんでした。

​外の広場では兵士たちが歓喜の声を上げています。

それを見下ろすような王城のバルコニーで、わたくしは深呼吸をひとつ。
その空気は、なぜでしょう、勝利のはずなのに少しも甘やかではありませんでした。

​「ようやく……終わったのですね」

​ 小さく呟いた声が自分のものだと気付くのに、何秒もかかってしまいました。

その背後から、王妃さまがそっと近付き、肩を温かく抱いてくださいます。

​「セリーヌ様……お疲れさまでした。本当に、ありがとうございました」

 ​その優しさが心に沁みます。

ですが、ご自分こそどれほど不安だったのでしょう。

 王妃さまは震える手で幼い王子を抱き寄せていらっしゃいました。

​王子はと言えば、わたくしの裾をつかみ「セリーヌー!こわいのもう、いや」と小さな声で泣きそうになっています。

こんな時ぐらい、魔女らしくそっと微笑み返せる大人になりたいものですね。

しかし、わたくしの胸もまた、予感という名の痛みに締め付けられていました。

​でも、どうして王妃さまの視線は、不自然なほど奥の間の方を見ているのでしょう。

​「……王妃さま?」

​「王が、お呼びです」

 ​たった一言が、わたくしの胸をずきん、と鳴らしました。

その声に含まれた深い悲しみが、全ての真実を語っているようでした。

​ 王の寝室の扉は、異様に静かで――それだけが、すでに別れの予感を伝えていました。

扉を押し開けると、そこは月明かりだけが頼りの薄闇で。

巨大なベッドに横たわる人影と、それに寄り添い囁くガンダルス殿。

​「……勝ったのだぞ。セリーヌ、お前もそばに」

 ​一歩一歩近づくごとに、自分の鼓動が耳鳴りのように響いてきて、それでも平然を装って彼の隣に座ります。

彼のそばにいることが、わたくしの最後の使命だと知っていました。

​「お疲れ様でございます、殿下。民は皆、殿下の帰りを、勝利を待っておりました」

​「勝利、か。……戦は、もういい。君と静かに月でも見ていたいものだな」

 ​優しく微笑んだその顔は、わたくしが知るどんな陽射しよりも柔らかくて――。

手を取った指先がすっかり冷たいのを、どうして見なかったことにしてしまったのでしょう。

わたくしの蒼月の魔力さえも、この運命を覆すことはできない。

​ 彼はそっと、わたくしの髪を撫でてくれました。

「ごめんなさい……わたしは呪われた魔女で……愛した人は死ぬ運命……全部、わたしのせい……!」

「……君に会えて、本当に良かった」

 その温もりは、もう彼自身の力ではなく、ただの記憶の残り香のように感じられました。

​「……もし、生まれ変わったら……俺の妻になればいい……」

「……妻?」

「……愛していた……から」

​ とても静かな、遺言のような声でした。

その言葉が途切れた瞬間、彼の体はわたくしの腕の中で静かに、蒼月の光に抱かれるように崩れ落ちたのです。

彼の命は、わたくしの呪いと、闇の魔女の死の呪詛によって、奪われました。


 ​王都が華やかな勝利の祝祭と厳粛な葬儀の二つの感情に包まれる中、わたくしはただ、静かに時を過ごしました。

表向き、王は戦いの激しい疲労のため、静かに息を引き取ったと発表されました。


 ​――夜。

 王の亡骸が安置された部屋で、わたくしは誰もいないのを見計らい、そっと彼のそばに座り込みました。

冷たくなったその手を握り、亡骸を抱き締めます。

​「あなたの強さは、呪いをも恐れなかった。それが、わたくしにとっての真実……誰よりも偉大な王で、最愛の人でした……」

 ​彼の冷たい胸に顔を埋め、わたくしは静かに涙を流しました。

その時、封印を施したはずの紋様が、微かに黒い光を放ったのを感じました。

​『魔王の封印は、貴方の血をもって千年と持たぬ。貴方の孫の代には、この闇は再び目覚めるだろう』

 ​闇の魔女の最後の呪詛が、わたくしの耳の奥で響きます。

​王妃さまには、この涙の理由を永遠に語ることはできません。

 幼い王子がわたくしを見つめても、わたくしはただ、魔女らしく微笑むことしかできないのです。

 共に立ち向かった時間だけが、わたくしとガンダルス殿を結んだ、偽りのない真実でした。

 ​そして翌朝、わたくしは黙って王都を離れ、元の永遠の孤塔へと旅路につきました。
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