百年後、蒼月の塔で君を待つ――呪われ魔女と王族の恋物語

朝日みらい

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第十二章 忍び寄る呪いの影

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 けたたましい鐘の音は、王城に響く警鐘でした。それは、ただの侵入者を告げる音ではありません。

​「呪いの影、だって……」

​ ユリウスの背中が、一瞬にして剣のように張り詰めます。彼の腕に刻まれた赤紫の痣が、不気味な光を放ち始めたのです。

​(……わたくしのせいだ)

​ 胸が凍りつくのを感じました。呪いを解くために、互いに心を通わせる行為。それが、彼の呪いを活性化させてしまったのでしょうか。

​「大丈夫ですわ!わたくしが、結界を!」

​ 震える手で杖を構えます。けれど、ユリウスは静かに首を振りました。

「無駄だ」

​ その言葉通り、窓の外から飛び込んできたのは、漆黒のローブを纏った、闇の魔女から生み出された異形の者たちでした。彼らの瞳は、ユリウスの腕の痣と同じ、禍々しい赤紫色に光っています。

​「殿下……!」

​ わたくしは悲鳴を上げました。彼らは、ユリウスが魔王の呪いに蝕まれるのを待っていた闇の魔女の使徒。命じられた亡霊。そして、今この瞬間、その呪いが最大限に高まったことで、呼び寄せられてしまった。

 わたくしとユリウス様が惹かれ合ったことで、力が共鳴してしまった。

​ それは、まさしくわたくしがそばにいるから。

罪悪感が、嵐のようにわたくしの心を打ちました。

​「なぜ、ここへ……。なぜ、あなたが……」

​「黙れ、蒼月の魔女」

​ 彼らが放った闇の刃が、ユリウスを狙って飛んできます。

​「ユリウス!」

​ わたくしは叫び、咄嗟に光の盾を生成しました。しかし、闇の刃は盾を貫き、ユリウスの肩をかすめます。鮮血が飛び散り、わたくしの頬に熱い雫が落ちました。

​「っ……!」

​ 彼が苦痛に顔を歪ませた瞬間、わたくしの心は張り裂けそうでした。

​「離れて……!どうか、わたくしから……!」

​ その声は、震えていました。このままでは、愛しい人が、わたくしが愛した人と同じ道を辿ってしまう。再び、最愛の者を失う恐怖が、わたくしを支配していく。

​「セリーヌ」

​ そのとき、ユリウスがわたくしの手を取り、強く握り締めました。

​「俺は君を離さない。これが俺の選んだ道だから」

​ 彼は微笑んだのです。血に濡れた顔で、迷いなく。

​「心配などいらない。君は決して呪いの原因ではないんだ。この呪いは、俺が魔王から受けたもの。ただ、君と俺が惹かれ合ったことで、力が共鳴しただけなんだ」

 ​彼の言葉は、わたくしの胸に刺さった棘を、そっと抜いてくれるようでした。

​「君は──君の愛は、この呪いを打ち破る唯一の光だ」

​ その瞳に宿る、揺るぎない信頼。

 ​わたくしは、もう迷いませんでした。

​「……ありがとう、殿下」

 ​ユリウスが剣を構え、わたくしが杖を構える。​剣と魔力が交錯し、闇を切り裂く。
​ 
 魔女の勘はごまかせません。結界の目に見えぬひずみ、闇に溶けるような「呪いの波動」。

 次の瞬間、暗がりから影が弾け飛びました。

「抜刀!」

 鋭い金属音が闇を切り裂きます。ユリウスが瞬時に剣を抜き、わたくしの前へと飛び出したのです。

鞘走りした王剣の輝きが、刺客の短剣を弾き返しました。

 瞳を細めたユリウスの横顔が、月明かりに照らされて凛々しく光ります。

 わたしも杖を構え、青白く輝く魔力を展開しました。

「氷結の環……!」

 足元の大理石が瞬時に凍り、刺客の足を絡め取ります。ですが、相手はすぐさま禍々しい呪力を噴き上げ、氷を粉砕しました。

「セリーヌ、下がれ!」

「いいえ、戦います!」

 交錯する声。けれど、言葉はすぐに行動へと繋がりました。

 ユリウスが剣で影の攻撃を受け止め、その隙にわたくしが魔術で足元をすくう。まるで呼吸をするように、連携がとれるのです。

「そこだ!」

「氷槍――穿て!」

 放たれた純白の氷柱が、空気を裂いて影を貫きました。断末魔のような轟音と共に、刺客は黒い煙となってかき消えます。

 静寂が戻ったとき、わたくしは荒い息を漏らしていました。

「……っ、はぁ……」

「セリーヌ、大丈夫か!」

 ユリウスが駆け寄り、わたくしの肩をつかみます。その手は強く、でもひどく優しくて……思わず身を委ねてしまいそうでした。

「傷は? 無理していないか」

「だ、大丈夫です……少し魔力を使いすぎただけ」

「少し……? こんなに顔が赤いのにか?」

 不意に頬へ伸ばされた指先。ひんやりと触れる剣士の指が、熱を帯びたわたしの頬に触れたのです。

「ひゃっ……!」

「熱いな……」

「そ、それは魔力のせいで……決してあなたのせいではっ!」

 耳まで紅潮してしまい、思わず両手で顔を覆いました。近い。近すぎるのです。

息が触れ合う距離で、真剣そのものの瞳に見つめられるなど――。

「もう、放しなさいったら!」

「嫌だ。君を大切にしたい」

 真顔でそんなことを言われたら、魔法など暴発するに決まっています。杖の先から小さな火花が散り、彼は慌てて笑いました。

「……やっぱり君は面白い」

「笑い事ではありません!」

 戦闘が終わった安堵の中で、心臓はまだ破裂しそうでした。

(こんなに不安なのに。彼がいなくなると思った瞬間、息が止まりそうだった)

 王太子としての強さ。剣士としての頼もしさ。まっすぐな笑み。すべてが胸をかき乱します。

「……セリーヌ」

 名を呼ばれて顔を上げた瞬間。彼の両腕がわたしを包み込みました。

「っ……! な、なにを」

「怖かったのだろう? だから今だけは――俺に委ねてくれ」

 背中に回った大きな手が、震える自分を包む。じんわりと温もりが心臓にまで溶け込んでいきました。

(委ねてしまえば、呪いが……。でも、ああ、離れなきゃ……!)

 唇を噛んで俯きながら、わたしは小さくうなずいてしまったのです。

「呪いを使う刺客が宮廷に入り込むとは……」

 ユリウスは腕を離し、険しい眼差しを闇に向けました。その表情は王族の、それも戦場に立つ王太子のもの。

「必ず突き止める。闇の魔女がどこに潜んでいるのか、を」

「……わたくしも一緒に」

「無理はするな」

「あなたこそ無茶をしないでください」

 互いの言葉は心配でいっぱい。息すらかかる距離で視線を絡めた時――ようやく我に返ったわたしは、慌てて顔を背けました。
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