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奇妙な劇団

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「何をご覧になっているのです?」   
   
 視線を上げると、バックミラーに塩崎の不思議そうな瞳が映っている。

 木曜日の午後、精神科の診療に向かう車の後部座席で、光子は台本を膝に置いたまま、すやすや眠っていたのだった。

 稽古は、楽しかった。

 まずは筋肉トレーニングと近所でランニング。それをみっちり1時間こなした後、発生練習をする。

「喉からでは駄目です。胸から声を出すように意識して。そうしないとせっかくの声が潰れてしまうからね」

 登はそう光子に言うと、何度でも同じことを繰り返させた。

 そんな基礎練習が一通り終わると、台本の読み合わせが始まる。

 魔女の役をあてがわれた麗子は、ムッとした表情を、あからさまにした。

 それは彼にも、十分予想された反応だったのだろう。

 「これは主役級の重要な役なんだよ」
笑いながら、妹の肩を叩いてみせた。

 しかし、なにより光子が何より驚いたのは、演出家に対する団員の従順さだった。

 登から厳しいことを言われても、麗子以外は一切、愚痴をこぼす者がいない。

 それと、もう一つ不思議な事がある。

 途中で登が役者を呼びつけ、「トレーニング室!」というと、稽古中にも関わらず、奥の部屋に駆け込んでいくのだ。
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