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赤い記憶が戻る時

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  富士山の麓にY湖はあって、それを見下ろす切り立った崖に屋敷は建っている。
夏の避暑地として、湖には多くの観光客が訪れている。
湖にボートを浮かべている恋人たち。
岩場で生き物に戯れる子供たち。
周辺には民宿が軒を連ねて、1つの村を形成している。
屋敷は、『カナリヤ』という近所に住む民宿の女将さんが週1回手入れをしている。
車は急な坂道をのぼり終えて停車した。
「久しぶりです、お嬢さん」
中年の女性は、若い2人を見つけて駆け寄って来た。
「急にお邪魔してすいません」
と光子は恐縮して頭を下げた。
「小学校以来ね。体調はどうですか?」
「ええ、だいぶ落ち着きました」
「よかった。ところであなたは?」
麦わら帽子を被った類子は、ぺこりと頭を下げて挨拶をした。
「さっそくですけど、おばさん!ここにピンキーあります?」
  3階客間のバルコニーからの景色は素晴らしかった。
眼下に広大な湖が一面に広がっている。
涼しい風が水辺から吹き付ける。
2人は思い切り手を広げて、大きく息をした。
「夕食は8時でよろしいかしら。うちの客も来ているから。それが終わったらすぐここに来るわね」
てきぱきとした声で女将さんは言うと、ワゴン車で村に下って行った。
時間は午後3時ごろになっている。
荷物を置いて、しばらく周りを散歩した。
湧き水を利用した庭園の池は、底が透き通るほど透明だし、そこを優雅に鯉達が悠然と泳いでいる。
葉を揺らしながら、高くそびえる木々が木陰をつくる。
そこに寝転がって目を閉じ、風の音を聴く。
「ねえ、崖の方へ行ってみようよ」
類子は屋敷の裏手の林を指差した。
木々を掻き分けて3分ほど進むと、地面は固い岩盤になる。
ゴーゴーという強い風が吹き付けてくる。
下を覗くと、ごつごつとした岩に大きな水しぶきがあがる。
長い年月をかけて、山肌をえぐり取ったのだろう。
灰色の岩肌がギザギザに傷跡を露わにしている。
「ここから、父は落ちたのかしら」
光子は立ちすくみそうになりながら言った。
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