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赤い記憶が戻る時

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「一体、何言っているのよ」
「崖から転落したら、事故死になる」
「できないわよ。そんなこと…」
「映画で見たことがあるんだ。崖までおびき寄せてから、背中を押す。どうせ脚も悪いし、お酒だって飲んでいるんだ。足を踏み外すことぐらい、普通に有り得る」
「できるわけない…」
「僕がやる。茂みに隠れてね。喧嘩してすぐに崖へ走れ。後は任せておけばいい」
「もう、いい加減にして…。映画の観すぎよ…」
守の目が怖くなって、光子は早歩きでのぼり始めた。
そのまま地下1階の使用人用の部屋に入ると、彼の部屋で演劇や映画の雑誌を読んだ。
まだ彼の父親も帰っていなかったから、ビデオカセットで映画を見た。
「一体、何時だと思っているんだ!」
夜8時すぎになって光子が戻ると、杖をついた源治が怒鳴りつけた。もう片方にはブランデーのグラスがある。
「ごめん。ちょっと守と遊んでて…」
「使用人のガキとまだ付き合っているのか」
アルコールの臭いがぷんぷんただよっている。急いで子供部屋に入ろうとしたが、ぎゅっと腕を掴まれた。
「痛い…」
父親は乱暴に服を脱がせた。
裸体になった光子は思わず胸と陰部を隠した。
「やめてパパ…」
父親は強引に光子をソファーに連れ込むと、両腕を剥がして胸を撫でまわした。
「まだ成熟してないな」
そう吐き捨てると、震えている少女を置き去りにして離れた。
そして向かいの肘掛け椅子に腰かけて、テレビをつけた。
光子は、ひどく惨めな面持ちで、くしゃくしゃになった服を拾い集めた。
「食堂で飯食ってこい。私のはここに持って来い」
盆ごとテーブルに置くと、光子は風呂に入った。
肌が赤くなるほど、胸をスポンジで洗った。
戻ると、父が待っていた。
すでに10時を回っている。
「おい、ピアノはどうした?」
「今日は、弾きたくない」
リビングに立派なグランドピアノがある。
特注で、イタリアの職人に作らせたものだ。
だが、光子にはその黒光りする物体が恐ろしい怪物のように見えた。
「お前のために用意したんじゃないか。さあ、やれ」
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