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8 リハーサル
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魔王は婚礼の白い礼服姿で、アーゴイルと共に二階の大広間でリハーサルの最中だった。
純白のドレス姿のフローラルにふたりは気づき、アーゴイルは段取りの説明を忘れてしまい、魔王は口元を緩めながら、
「こっちへ」と、手招きをする。
フローラルは、恥じらいながら、参列席の通路を真っ直ぐに歩き、魔王の横に並んだ。
「綺麗だ」
魔王は、赤い瞳を優しく細め、フローラルを穏やかに見下ろしている。
「ありがとう」
フローラルの頬は、ステンドガラスから差し込む夕日を浴びて、淡い橙色に染め上げている。
「アーゴイル。プログラムに新郎新婦のダンスの予定はあるのか」
「え、ええと……」
アーゴイルは我に返ると、脇に挟んだプログラムを広げ、
「ございます。永遠の愛の誓いの口吻を交わしてから、その後に舞踏会になりますが」
魔王は、赤い髪をなで、
「なら、唇を貸してくれる?」
「えっ……それは」
「だめ、かな?」
フローラルは魔王を食い入るように見つめる。
燃えるような赤い瞳は、情熱の炎のようだ。その熱に焼き尽くされてしまう気がして、フローラルはおもわず、口元を手で覆う。
「……ごめんなさい。あら、もうこんな時間。宿に戻らないと」
「慣れないところで、疲れたね。わたしが送ろう。着替えたら、エントランス前に来なさい。馬車で待ってるから」
着替えを済ませて、階下に降りると、金色の羽根の模様が施された車内に魔王が乗っている。
白馬の頭部には一本の角が生えている。
アーゴイルは式の準備や、遠方から来る来賓者の接待があるため城に残っている。
ドーベルマン顔の獣人が、馬の手綱を引き、ゆっくりと馬車は、陽の落ちた暗い林の道を走り出す。
向かいあって二人は腰かけている。
改めてフローラルは魔王を見つめる。
ロングヘアの、ストレートな赤髪を肩に垂らし、目鼻立ちの整った顔立ちをしている。
初めて会った時は、恐怖心が支配していて分からなかった。けれどこうして魔王やアーゴイルをはじめとした城の面々とと接してみると、皆が親切で主おもいやりのある人々ばかりであると思う。
フローラルはわずかに視線をずらしながら、
「どうして、わたしをしもべになさったんです? 妻になどになさろうと?」
すると魔王は、さりげなく彼女の手に腕を伸ばし、
「君の手で奏でられた音楽は、わたしの心に深く響いた。あの曲は、だれのために弾いていたんだ?」
と、手を重ねられる。
思った以上に柔らかくて、温かくて、思いがけずに頬が熱したのを感じる。
「父に向けて弾いたんです」
「それでは、今日、選んだドレスもお父上のために?」
すると、フローラルは自嘲して小さく笑い、
「そ、そうです。おかしいでしょう? お笑いになってください。本来であれば、魔王様のためと言わなくてはならないところなんです」
「そんなことはない。そんな実直な人柄も素適だ」
「そんな……、おやめください。恥ずかしい」
フローラルは、魔王の添えられた手をほどき、車窓に映り込む自分の泣き出しそうな顔を見つめた。
「きみのお父上は、もう、この世にはいないのだろう?」
魔王は、彼女のうなじを見ながら、静かに言った。
「なぜ、そんなこと、おっしゃるの?」
フローラルは、首を傾けながら、かすかに唇を震わせる。
「君が弾いて歌っていたのは、愛する死者への鎮魂歌なのだと、わたしにはすぐに気づいたから」
フローラルは、激しく首を振りながら、
「嘘です。だれにも分かるわけないんです。あれはわたしと父のだけの曲なんです」
「いや、わたしの曲にもなったんだ」
魔王は、フローラルの肩を自身に向けさせ、エメラルドグリーンの瞳からこぼれ落ちる雫を、指先で、払った。
「わたしは、百年前に妻を亡くしてから、ずっと他人を受け入れずに生きてきた。
城や領地は荒れ果て、それに目を付けたシラスク公爵から冒険者を派遣され、さんざん攻撃を受けたりしてきた。
わたしは、この長い時間を喪に服してきたようなものだった。
だが、きみの歌を聴いた時、走馬灯のように亡き妻との思い出がまざまざと蘇ってきたんだ。
そして、気づいたのだ。前を向いて歩めと、妻から言われた気がしたのだ」
そして、フローラルの震える肩を引き寄せ、そっと抱きしめる。
フローラルは、魔王の逞しい胸に身を委ねながら、これまで一人で貯め込んできた怒りや悲しみが、こみ上げてきて、声を上げずに涙をこぼした。
父が亡くなったのは、二年前の冬だった。
イバリアの三本首の黒竜の討伐軍に加わり、命を落としたのだ。
亡骸は竜に食われて跡形もなく、生きのびた冒険者のひとりが、形見の手持ちのハーブを持ち帰った。
父は剣と共に、いつもハーブを持ち歩き、心の慰めとしていた。
そして、今、形見のハーブは娘のフローラルに引き継がれて、いつも傍らにおいてある。
馬車は、魔王領と、村との境界の門で停車した。
「楽しい時間、ありがとうございます。後は歩いて帰ります」
フローラルの頬には涙はなく、いつもの穏やかな笑顔が戻っている。
「これをお持ちなさい。発光石だ。叩くと、数時間は明るい。消えたら、また叩けばいい」
トーチ型の小さな石を手渡され、それを近くの岩に叩いてみると、橙色のやさしい光が満ちた。
「また、朝にアーゴイルを迎えに行かせるから
待っている」
「お、お待ちください」
車内に戻ろうとする魔王のマントの端を、フローラルは掴んでいた。
「唇、お貸しいたします」
そして、振り向いた彼の頬に唇を寄せる。
すると、魔王はくるりと体をフローラルに寄せて、包み込むように、彼女の唇に接吻をした。
苺のような、とろけるクリームのような甘い香りがした。
純白のドレス姿のフローラルにふたりは気づき、アーゴイルは段取りの説明を忘れてしまい、魔王は口元を緩めながら、
「こっちへ」と、手招きをする。
フローラルは、恥じらいながら、参列席の通路を真っ直ぐに歩き、魔王の横に並んだ。
「綺麗だ」
魔王は、赤い瞳を優しく細め、フローラルを穏やかに見下ろしている。
「ありがとう」
フローラルの頬は、ステンドガラスから差し込む夕日を浴びて、淡い橙色に染め上げている。
「アーゴイル。プログラムに新郎新婦のダンスの予定はあるのか」
「え、ええと……」
アーゴイルは我に返ると、脇に挟んだプログラムを広げ、
「ございます。永遠の愛の誓いの口吻を交わしてから、その後に舞踏会になりますが」
魔王は、赤い髪をなで、
「なら、唇を貸してくれる?」
「えっ……それは」
「だめ、かな?」
フローラルは魔王を食い入るように見つめる。
燃えるような赤い瞳は、情熱の炎のようだ。その熱に焼き尽くされてしまう気がして、フローラルはおもわず、口元を手で覆う。
「……ごめんなさい。あら、もうこんな時間。宿に戻らないと」
「慣れないところで、疲れたね。わたしが送ろう。着替えたら、エントランス前に来なさい。馬車で待ってるから」
着替えを済ませて、階下に降りると、金色の羽根の模様が施された車内に魔王が乗っている。
白馬の頭部には一本の角が生えている。
アーゴイルは式の準備や、遠方から来る来賓者の接待があるため城に残っている。
ドーベルマン顔の獣人が、馬の手綱を引き、ゆっくりと馬車は、陽の落ちた暗い林の道を走り出す。
向かいあって二人は腰かけている。
改めてフローラルは魔王を見つめる。
ロングヘアの、ストレートな赤髪を肩に垂らし、目鼻立ちの整った顔立ちをしている。
初めて会った時は、恐怖心が支配していて分からなかった。けれどこうして魔王やアーゴイルをはじめとした城の面々とと接してみると、皆が親切で主おもいやりのある人々ばかりであると思う。
フローラルはわずかに視線をずらしながら、
「どうして、わたしをしもべになさったんです? 妻になどになさろうと?」
すると魔王は、さりげなく彼女の手に腕を伸ばし、
「君の手で奏でられた音楽は、わたしの心に深く響いた。あの曲は、だれのために弾いていたんだ?」
と、手を重ねられる。
思った以上に柔らかくて、温かくて、思いがけずに頬が熱したのを感じる。
「父に向けて弾いたんです」
「それでは、今日、選んだドレスもお父上のために?」
すると、フローラルは自嘲して小さく笑い、
「そ、そうです。おかしいでしょう? お笑いになってください。本来であれば、魔王様のためと言わなくてはならないところなんです」
「そんなことはない。そんな実直な人柄も素適だ」
「そんな……、おやめください。恥ずかしい」
フローラルは、魔王の添えられた手をほどき、車窓に映り込む自分の泣き出しそうな顔を見つめた。
「きみのお父上は、もう、この世にはいないのだろう?」
魔王は、彼女のうなじを見ながら、静かに言った。
「なぜ、そんなこと、おっしゃるの?」
フローラルは、首を傾けながら、かすかに唇を震わせる。
「君が弾いて歌っていたのは、愛する死者への鎮魂歌なのだと、わたしにはすぐに気づいたから」
フローラルは、激しく首を振りながら、
「嘘です。だれにも分かるわけないんです。あれはわたしと父のだけの曲なんです」
「いや、わたしの曲にもなったんだ」
魔王は、フローラルの肩を自身に向けさせ、エメラルドグリーンの瞳からこぼれ落ちる雫を、指先で、払った。
「わたしは、百年前に妻を亡くしてから、ずっと他人を受け入れずに生きてきた。
城や領地は荒れ果て、それに目を付けたシラスク公爵から冒険者を派遣され、さんざん攻撃を受けたりしてきた。
わたしは、この長い時間を喪に服してきたようなものだった。
だが、きみの歌を聴いた時、走馬灯のように亡き妻との思い出がまざまざと蘇ってきたんだ。
そして、気づいたのだ。前を向いて歩めと、妻から言われた気がしたのだ」
そして、フローラルの震える肩を引き寄せ、そっと抱きしめる。
フローラルは、魔王の逞しい胸に身を委ねながら、これまで一人で貯め込んできた怒りや悲しみが、こみ上げてきて、声を上げずに涙をこぼした。
父が亡くなったのは、二年前の冬だった。
イバリアの三本首の黒竜の討伐軍に加わり、命を落としたのだ。
亡骸は竜に食われて跡形もなく、生きのびた冒険者のひとりが、形見の手持ちのハーブを持ち帰った。
父は剣と共に、いつもハーブを持ち歩き、心の慰めとしていた。
そして、今、形見のハーブは娘のフローラルに引き継がれて、いつも傍らにおいてある。
馬車は、魔王領と、村との境界の門で停車した。
「楽しい時間、ありがとうございます。後は歩いて帰ります」
フローラルの頬には涙はなく、いつもの穏やかな笑顔が戻っている。
「これをお持ちなさい。発光石だ。叩くと、数時間は明るい。消えたら、また叩けばいい」
トーチ型の小さな石を手渡され、それを近くの岩に叩いてみると、橙色のやさしい光が満ちた。
「また、朝にアーゴイルを迎えに行かせるから
待っている」
「お、お待ちください」
車内に戻ろうとする魔王のマントの端を、フローラルは掴んでいた。
「唇、お貸しいたします」
そして、振り向いた彼の頬に唇を寄せる。
すると、魔王はくるりと体をフローラルに寄せて、包み込むように、彼女の唇に接吻をした。
苺のような、とろけるクリームのような甘い香りがした。
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