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14 ふたりの店
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フローラルの小さな癒しのお店は、たちまち村で評判になった。
最初は廃屋同然の、埃だらけの空き家を、仕事の合間をぬって、メープルとオーブスが手伝ってくれた。
メープルは掃除と、内装の花柄の可愛らしい壁紙や小物を譲ってくれ、オーブスは傷んだ壁や屋根を補修し、大工仕事で丸太から手作りの商品棚や机をこしらえてくれる。
そしてリリアの活躍は頼もしいもので、いつもフローラルのそばにいて、お願いや困ったことには献身的に尽くしてくれる。
香料を包む小袋や小瓶が足りないと知るや、二人で早朝の定期便の馬車に飛び乗り、市場の買い付けを手伝ってくれる。
原材料が足りなくて困ると、一人では危なそうな深い森に分け入ったり、迷ったりして、何とか貴重な香草を手に入れた時は抱き合って喜んだり。
突然来た帽子とズボン姿のリリアに、最初はオーブスや他の村人たちも不思議がっていたが、マープルは一目で彼女を気に入ってくれた。
リリアにフローラルの向かいの宿部屋一室を提供してくれたばかりか、食事も彼女の使用人ということでサービスしてくれる。
「お店が繁盛したら、売り上げから貰うから。平気よ、絶対に人気になるから」
メープルの気立てが良くて、それでいて気遣いをしてくれる。そんな強力な女将のバックアップもあり、準備に一ヶ月で開店して、売り上げもうなぎ登り。
また、魔界でも、夫の魔王の理解もあり、領内に香草の畑を、なんとひと山全てをあてがってもらう。
畑の管理は、フローラルから育て方を教えてもらったアーゴイルが、領内の魔人たちを指導して育ててくれている。
その甲斐あって、わざわざ市場まで買い付けに行かなくても、近いうちに生産ができるようになるはずだ。
ひっきりなしに出入りして、お客がほしがるのが、やすらぎの匂い袋。これを懐に持ち歩けば、半年の間、心安らぐ気分になる。
不満や嫌なことがあって、腹を立ててしまっても、この袋を鼻先に近づければ、幸せだった出来事を思い出して、前に進める気分になる。
それに、香料を液体に煮詰め、エキスにして閉じ込めた小瓶なら、必要な時に、必要な分を掌にのせたりして嗅いだり、時には口に入れても元気になる優れものだ。
そして、午後三時になると、フローラルは店先で、手持ちのハーブで音楽を奏でる。料金は無料だった。
それは青空コンサートと呼ばれて、お金がない村人たちもその時間になる仕事を中断して、大勢の人々が集まってくる。
その聴衆に混じって、コートに身を包んだ紳士然とした魔王が、新妻の演奏を熱心に聴いていることがよくある。
そんな時は、必ず、あの鎮魂歌をしっとりと奏でながら、美声を聴かせる。
演奏会が終わると、さりげなく魔王はフローラルに近づいて、
「良かったよ」
と耳元で、甘い声でつぶやき、店の奥で二人だけの濃密な口づけを交わす。
フローラルと城で過ごせるのは、週一回の店の定休日しかない。
きっと、彼だって寂しいはずだと、フローラルは思う。
なぜなら、自身が寝る時、これまで感じてこなかった空虚感を感じるから。
何か、玩具のパズルのピースが抜け落ちているような、片足で立っているような、抜け落ちている気分に囚われる。
それでも、魔王は一度も仕事を辞めるように告げたことはない。
むしろ、フローラルの仕事をさりげなく応援してくれる。それがどれほど、ありがたいことだろう。
「愛してるわ」
「分かってるよ」
二人は決まって、この言葉で別れる。
魔王は、フローラルだけに最高の笑顔を向けると、帽子を被り、コートを翻して人混みに消えていく。
次第に、フローラルの奏でるその音色は噂になり、領主シラスク公爵の耳にすることになった。
公爵は直ちに老執事を呼びつけ、
「城に来て、演奏させるように」
と、指示を出した。
いつもの昼下がり、フローラルとリリアが店内で忙しそうに接客をしていると、
「フローラル様、お久しぶりです。ご主人の坊ちゃまを助けてくださり、ありがとうございました」
外套姿の老執事が、頭を下げた。
「そんな。ご子息様はお元気ですか?」
「ええ。大変、お元気です。実は折り入って、お願いがありまして」
公爵邸での舞踏会の演奏を依頼され、フローラルは笑顔で、
「承知しました。喜んでお引き受けします。それで、折り入って、こちらからもお願いがありまして」
「それは、何でしょう?」
「ねえ、リリア。こっちに来て」
接客を終えたリリアに手招きすると、彼女は縮こまって、老執事の前に立った。
「この子は、リリアさんです。わたしの大切なお店のパートナーです。リリアさんがいなかったら、このお店は運営できていません。演奏会には、ぜひ、リリアさんにも来て、わたしの補佐をしてもらいたいのです。いいよね、リリアさん?」
「わたしを、パートナーだなんて。もったいないお言葉です。わたしは、フローラル様の夢を追いかけていただけです」
リリアは、振り向いて、黒目を潤ませつつ、フローラルに頭を垂れる。
老執事も、頷きながら、
「ご主人に伝えておきます。では、十日後の夕刻に馬車でお迎えに参ります」
と、一礼して店を後にした。
最初は廃屋同然の、埃だらけの空き家を、仕事の合間をぬって、メープルとオーブスが手伝ってくれた。
メープルは掃除と、内装の花柄の可愛らしい壁紙や小物を譲ってくれ、オーブスは傷んだ壁や屋根を補修し、大工仕事で丸太から手作りの商品棚や机をこしらえてくれる。
そしてリリアの活躍は頼もしいもので、いつもフローラルのそばにいて、お願いや困ったことには献身的に尽くしてくれる。
香料を包む小袋や小瓶が足りないと知るや、二人で早朝の定期便の馬車に飛び乗り、市場の買い付けを手伝ってくれる。
原材料が足りなくて困ると、一人では危なそうな深い森に分け入ったり、迷ったりして、何とか貴重な香草を手に入れた時は抱き合って喜んだり。
突然来た帽子とズボン姿のリリアに、最初はオーブスや他の村人たちも不思議がっていたが、マープルは一目で彼女を気に入ってくれた。
リリアにフローラルの向かいの宿部屋一室を提供してくれたばかりか、食事も彼女の使用人ということでサービスしてくれる。
「お店が繁盛したら、売り上げから貰うから。平気よ、絶対に人気になるから」
メープルの気立てが良くて、それでいて気遣いをしてくれる。そんな強力な女将のバックアップもあり、準備に一ヶ月で開店して、売り上げもうなぎ登り。
また、魔界でも、夫の魔王の理解もあり、領内に香草の畑を、なんとひと山全てをあてがってもらう。
畑の管理は、フローラルから育て方を教えてもらったアーゴイルが、領内の魔人たちを指導して育ててくれている。
その甲斐あって、わざわざ市場まで買い付けに行かなくても、近いうちに生産ができるようになるはずだ。
ひっきりなしに出入りして、お客がほしがるのが、やすらぎの匂い袋。これを懐に持ち歩けば、半年の間、心安らぐ気分になる。
不満や嫌なことがあって、腹を立ててしまっても、この袋を鼻先に近づければ、幸せだった出来事を思い出して、前に進める気分になる。
それに、香料を液体に煮詰め、エキスにして閉じ込めた小瓶なら、必要な時に、必要な分を掌にのせたりして嗅いだり、時には口に入れても元気になる優れものだ。
そして、午後三時になると、フローラルは店先で、手持ちのハーブで音楽を奏でる。料金は無料だった。
それは青空コンサートと呼ばれて、お金がない村人たちもその時間になる仕事を中断して、大勢の人々が集まってくる。
その聴衆に混じって、コートに身を包んだ紳士然とした魔王が、新妻の演奏を熱心に聴いていることがよくある。
そんな時は、必ず、あの鎮魂歌をしっとりと奏でながら、美声を聴かせる。
演奏会が終わると、さりげなく魔王はフローラルに近づいて、
「良かったよ」
と耳元で、甘い声でつぶやき、店の奥で二人だけの濃密な口づけを交わす。
フローラルと城で過ごせるのは、週一回の店の定休日しかない。
きっと、彼だって寂しいはずだと、フローラルは思う。
なぜなら、自身が寝る時、これまで感じてこなかった空虚感を感じるから。
何か、玩具のパズルのピースが抜け落ちているような、片足で立っているような、抜け落ちている気分に囚われる。
それでも、魔王は一度も仕事を辞めるように告げたことはない。
むしろ、フローラルの仕事をさりげなく応援してくれる。それがどれほど、ありがたいことだろう。
「愛してるわ」
「分かってるよ」
二人は決まって、この言葉で別れる。
魔王は、フローラルだけに最高の笑顔を向けると、帽子を被り、コートを翻して人混みに消えていく。
次第に、フローラルの奏でるその音色は噂になり、領主シラスク公爵の耳にすることになった。
公爵は直ちに老執事を呼びつけ、
「城に来て、演奏させるように」
と、指示を出した。
いつもの昼下がり、フローラルとリリアが店内で忙しそうに接客をしていると、
「フローラル様、お久しぶりです。ご主人の坊ちゃまを助けてくださり、ありがとうございました」
外套姿の老執事が、頭を下げた。
「そんな。ご子息様はお元気ですか?」
「ええ。大変、お元気です。実は折り入って、お願いがありまして」
公爵邸での舞踏会の演奏を依頼され、フローラルは笑顔で、
「承知しました。喜んでお引き受けします。それで、折り入って、こちらからもお願いがありまして」
「それは、何でしょう?」
「ねえ、リリア。こっちに来て」
接客を終えたリリアに手招きすると、彼女は縮こまって、老執事の前に立った。
「この子は、リリアさんです。わたしの大切なお店のパートナーです。リリアさんがいなかったら、このお店は運営できていません。演奏会には、ぜひ、リリアさんにも来て、わたしの補佐をしてもらいたいのです。いいよね、リリアさん?」
「わたしを、パートナーだなんて。もったいないお言葉です。わたしは、フローラル様の夢を追いかけていただけです」
リリアは、振り向いて、黒目を潤ませつつ、フローラルに頭を垂れる。
老執事も、頷きながら、
「ご主人に伝えておきます。では、十日後の夕刻に馬車でお迎えに参ります」
と、一礼して店を後にした。
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