[完結]癒し系魔術師のわたしは冒険者パーティーから追放されたので、諸事情により魔王様と結婚してみることにします

朝日みらい

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15 シラスク公爵

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 シラスク公爵邸は、領地一帯を見渡せる高台にある。

 舞踏会には村の有力者はもちろん、近隣の領地からも大勢の領主たる貴族たちが、集まっていた。

 皺一つない上等な上着姿の紳士たちと、煌びやかなドレス姿の淑女たちで、宴会の大広間が一杯になるほどの盛況と熱気に、場慣れしないフローラルと手持ちのハーブを抱えたリリアは圧倒されてしまった。

 フローラルは自前のドレスは無かったので、メープルから、甘った宿の桃色のカーテン生地を貰い受け、裁縫が得意なリリアに仕立てて貰った。

 もちろん、魔王の城には上等なドレスは山ほどあるが、一介の小さな店主であるフローラルがそんな豪奢なものがあるのは違和感があった。
 そして、なにより、自分のことは自分の力でしたいという、フローラルらしい意地でもあった。

 おそろいの無地の桃色のドレスを着たフローラルとリリアは、宝石やビーズをちりばめた貴婦人たちの格好とは違いすぎて、場違いに見えた。

 けれども、フローラルのおっとりとした雰囲気と、この素朴な桃色のドレスは、彼女の控えめで温厚な雰囲気にぴったりだった。

 優に百人以上はいそうだった。それだけ、この小さな村の領主であるシラスク公爵の、気まぐれの呼びかけに応じさせる支配力が、この公爵にはあるようだ。

 騒がしい談笑や熱気に逃れて、フローラルとリリアが、窓側の隅に逃れて、手を扇代わりに仰いでいると、

「君が、息子の恩人の、フローラル嬢ですか」

と、すらりと背筋を伸びた青年に声を掛けられる。

 シラスク公爵だった。年は三十程の、灰色の髪に丸眼鏡をかけている紳士で、彼の傍らには、小さな五歳ほどの少年がいる。

 神経質そうな切れ長の、灰色の瞳が油断なく、二人の服装やマナーをチェックしている。

 慌ててフローラルは、慣れないように、ぎこちなくスカートの端をつまんでお辞儀、リリアは帽子も脱げないし、だぶだぶのロングスカートなのでめくりあげられないので、ただ帽子を押さえて一礼した。

「服装、三十点。マナー、五点。隣の侍女、両方零点。本来なら、つまみ出すレベルです。だが、今日は使用人を呼ばないでおきましょう。呼んでおいて悪いが、馬車を手配するから、さっさと帰りなさい。お金は後日、払います」

 馬鹿にしたような、上目遣いの、冷たい視線で言い放ち、クルリと背を向ける。

 けれど、さっきまで緊張した面持ちだったシラスク公爵の少年は、目の前の緑髪の少女の穏やかな笑みを見た途端、ぴょんとフローラルの腰に抱きついたのだ。

 フローラルはすぐに床に膝をつくと、小さな少年を優しく包み込む。

「おい、アルボ。すぐ低俗から離れなさい」

「嫌だ。ぼく、この人といたい」

 イラついて、シラスク公爵は額に手をやり、

「まったくですね。おい、レームス! 彼女たちを早く、つまみだしてください」

 給仕をしていた老執事を呼びつける。

「お前、なんで、このフローラルなんて低俗に、少しは貴族の礼儀作法などを教えなかったのです?」

「申し訳ありません。ですが、ご主人様。フローラル様は決して低俗などではございません。むしろ、大変、高貴なお方です」

「なんだと? この格好や礼儀をみなさい。床に膝をつくなど、不衛生極まりないですよ?」

 フローラルは、少年の震える肩を撫でながら、

「公爵様」と、公爵を見あげる。

「わたしが不快なのでしたら、退室します。ですが、ご子息様の気持ちをお慰めしたいので、一曲、奏でてもよろしいですか? このままだと、あまりにかわいそうです」

「ふん。一曲だけなら。終わったら、すぐ帰りなさい」

「ありがとうございます。リリアさん、ハーブをください」

 フローラルは、傍らに少年を座らせて、演奏を始めた。

 メロディが、爽やかな風となって、会場の中を吹き抜けていく。

 騒がしい談笑が静まり、会場の隅で静かに歌う少女に耳を傾ける。

 次第に少年の怯えたような顔が、ほっとしたような、安らかな表情へと変わっていくのが、分かる。

 フローラルは、アルボの瞳に語りかけるように、心の中に囁きかけるように、ゆっくりと、じんやりと優しく歌いかける。

 さっきまで、イライラしていた公爵の眉間の皺が、次第にほぐれていくのが、手に取るように分かる。

 会場内の貴族たちも、社交儀礼やら、見栄や体裁をひとまず忘れて、美しい音楽に聞き惚れている。

 バタバタ、バタン!

 突然だった。
 階段を降りる音とともに、会場のドアが開き、白いレースの寝間着姿の女性が現れた。

 会場内が、どよめいた。

 長らく、シラスク公爵夫人は亡くなったとばかり
公爵から言われていたからだった。

「クレマンチーヌ……!」

 シラスク公爵は、長年、塔に引きこもりだった妻の、まさかの出現に、あたふたするばかりだ。

 自分が何とか体裁を整えてきた嘘が、完全に世間に暴露された瞬間だった。

 クレマンチーヌは、ボサボサの髪に裸足のまま、フローラルの元に歩み寄る。

 けれどフローラルは、恐れるどころか、彼女を見あげて、優しく微笑み、隣に座るように手招きする。

「お母様っ!」

 アルボは、三年ぶりに会う母親に、ギュッと抱きついた。

「ごめんね、アルボ……」

 クレマンチーヌは、膝をついて、息子の髪を優しく撫でている。

 しばらくして、ハーブの弦から指を放すと、聞き惚れていた会場から、あふれ出すような拍手が鳴り響いた。

 フローラルは立ち上がり、笑顔で一礼して、リリアと共に会場を出ようとする。

「フローラル嬢。待ってください」

 シラスク公爵は、フローラルとリリアに声を掛けた。
 それは、さっきまで見せていた、失敬な態度とはうって違っていた。

 公爵は深々と、二人に頭を下げた。

「先ほどの無礼を許して欲しい。だから、どうか、もう少しだけ、演奏をしてもらえないでしょうか」

「でしたら、わたしからも、一つ、お願いがありまして」

「何でも言ってほしい。何がほしい? 報酬から倍払う」

 フローラルは苦笑しながら首を振り、隣のリリアの肩を押して、公爵の前にそっと出し、

「領内で魔王領内の人々が立ち入れないように、禁止のお触れを出していますよね」

「あ、ああ。だから、何ですか?」

「リリアさんは、黒耳族の魔人です。さあ、リリアさん、帽子を抜いでみて」

「でも、わたし……」

「そのままずっと、我慢して生きていく?」

 戸惑うリリアに、フローラルは励ますように、背中を押す。

 リリアは意を決して、帽子を取り、尖った黒耳を出した。

 伯爵は、またしても、唐突に起きたことに、頭が回らずに、唖然としている。

 会場はざわめいたが、クレマンチーヌはゆっくりと立ち上がり、恥ずかしそうに顔を背ける獣の少女を見詰めた。

「ああ……なんて、可愛いのかしらね……」

「えっ?」

 リリアは、伏せた瞳を持ち上げて、顔白い公爵夫人を見あげた。

「わたしのこれまでの人生は、全て間違っていたのかもしれない……。
生まれてから、シラスク公爵家に嫁ぐことを決められて、晴れて結婚したら、今度は夫から毎日、しきたりや礼儀を指導されて、それでもわたしなりに頑張ってきた。
世継ぎを産めと言われて子供を産んだ時、嬉しいと同時にほっとした。
シラスクはわたしを愛していたし、わたしだってそうよ。だけど、同時にあなたに見切られてしまうのも怖かったの。
でも、ある日、わたしは自分を見失ってしまったの。壊れてしまった。塔に引きこもったけど、夫は来なかった……。
夫は、わたしより家の伝統や格式を選んで、わたしは捨てられたの」

 クレマンチーヌは、リリアの下顎をそっと、持ち上げて、
 
「あなたは、そんなわたしにはならないで。胸を張って、生きなさい。あなたは、あなた自身のままで美しいのだから……」

 そう、言い残すと、クルマンチーヌは、裸足のままで、会場内の群衆の中をスタスタと歩いていく。

「ま、待ってくれ、クルマンチーヌっ!」

 シラスク公爵は駆け出すと、クルマンチーヌに追いすがった。

「許されないんだと、分かってる。言い訳なんて言わない。
だが、あえて言わせてほしい。あの演奏の中、思い出したのは、一番幸福だった思い出ばかりだった。それは君といっしょにいた時間ばかりだった。そんなことも忘れて自分の都合ばかりで、君を不幸にしたのは、わたしの責任だ。
愛してる、クレマンチーヌ……」

「……フローラル様とリリア様? いっしょに来てください」

 クレマンチーヌは夫にはふり向かずに、フローラルの方に顔を向けた。

「は、はいっ!」

 フローラルとリリアの手を掴んだアルボも加わり、大慌てて駆けつけると、

「わたしは、しばらく、フローラル様たちと暮らします」
 
 そう、言い残して、邸宅を後にしたのだった。
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