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(4)新たな日々
セリーヌは、辺境の伯爵城での新生活を迎えた。
城というよりも、古い石造りの砦で、外壁には苔がびっしりと生え、隙間風が冷たい空気を忍び込ませていた。
何度か息を吐くと、その白い息がすぐに冷えた空間に溶け込んでいく。
部屋の窓は薄暗く曇り、日の光すら十分に差し込まない。
「私の人生もこの城と同じね…修復不可能。」
セリーヌは自嘲気味に笑みを浮かべ、そう呟かずにはいられなかった。
だが、そんな彼女の暗い心に一筋の光が差し込んだのは、思いがけないラウルの不器用な優しさだった。
初日の朝、セリーヌは疲れ果てた心を抱えながら、恐る恐る食堂へと向かった。
大きな木製の扉を開けると、そこにはすでにラウルが座っていた。
古い長テーブルの中央に一人、肩幅の広い背中を少し縮めるようにして椅子に座る彼の姿は、どこか頼りないようにも見えた。
セリーヌが姿を現すと、ラウルはぎこちなく立ち上がり、慌てたように微笑んだ。
その笑顔は、まるで久しぶりに微笑むことを思い出した人のようで、少し硬く、どこか不器用だった。
「おはよう、セリーヌ嬢。いや…セリーヌ。」
ラウルは彼女の名前を呼び直すと、ためらいがちな声で続けた。
「昨夜はよく眠れたかい?」
セリーヌは少しだけ目を伏せながら答えた。
「はい…まあ、風が少し気になりましたけど。」
その言葉を聞くと、ラウルは驚いたように目を見開き、次の瞬間には立ち上がって大声を上げた。
「それは申し訳ない!すぐに職人を呼んで修繕させる!」
「い、いえ、それほどでも…」
セリーヌは慌てて手を振り、恐縮したように答えた。
ラウルはその言葉に少し動きを止めたが、それでも納得した様子ではなく、彼の大きな体が不安げに揺れていた。
セリーヌは、そんな彼のぎこちない動きに、思わず苦笑してしまった。
大柄な姿とは裏腹に、彼の行動にはどこか幼さがあり、憎めないものがあった。
やがて朝食が運ばれてくると、セリーヌはさらに驚いた。
テーブルに並べられたのは、湯気を立てる野菜のスープ、黒パン、そして固めのチーズという簡素なものだった。
それらの質素な食事は、以前の侯爵家の豪華な食卓とは比べものにならない。
彼女は一瞬言葉を失い、しかし、すぐにスープに手を伸ばした。
スプーンで一口すくい、慎重に口に運ぶ。
素朴な味わいが広がり、予想外の温かさが体に染み渡った。
その瞬間、彼女の疲れた心が少しだけ和らいだ気がした。
「ここの料理は君の家のものよりずっと簡素だろう。」
ラウルが穏やかな声で言った。
「けど、私たちは地元の農民たちと同じものを食べる主義なんだ。」
その言葉には、彼自身の考えに対する誇りが感じられた。
セリーヌはしばらく彼を見つめてから、静かに頷き、スープをもう一口飲んだ。
その温かさは、彼の言葉と同じく、どこか不思議な安心感を与えるものだった。
「…温かいですね。このスープ。」
思わず漏れた彼女の言葉に、ラウルは少し照れたように笑った。
「このスープは農民たちの間で作られる伝統的なものなんだ。決して豪華ではないけど、みんなが力をつけるためのものだよ。」
セリーヌはその言葉を噛み締めるように聞きながら、もう一度スープをすする。
質素だが心のこもった味が、彼の言葉と相まって、少しだけ心に温かい灯をともしてくれた。
城というよりも、古い石造りの砦で、外壁には苔がびっしりと生え、隙間風が冷たい空気を忍び込ませていた。
何度か息を吐くと、その白い息がすぐに冷えた空間に溶け込んでいく。
部屋の窓は薄暗く曇り、日の光すら十分に差し込まない。
「私の人生もこの城と同じね…修復不可能。」
セリーヌは自嘲気味に笑みを浮かべ、そう呟かずにはいられなかった。
だが、そんな彼女の暗い心に一筋の光が差し込んだのは、思いがけないラウルの不器用な優しさだった。
初日の朝、セリーヌは疲れ果てた心を抱えながら、恐る恐る食堂へと向かった。
大きな木製の扉を開けると、そこにはすでにラウルが座っていた。
古い長テーブルの中央に一人、肩幅の広い背中を少し縮めるようにして椅子に座る彼の姿は、どこか頼りないようにも見えた。
セリーヌが姿を現すと、ラウルはぎこちなく立ち上がり、慌てたように微笑んだ。
その笑顔は、まるで久しぶりに微笑むことを思い出した人のようで、少し硬く、どこか不器用だった。
「おはよう、セリーヌ嬢。いや…セリーヌ。」
ラウルは彼女の名前を呼び直すと、ためらいがちな声で続けた。
「昨夜はよく眠れたかい?」
セリーヌは少しだけ目を伏せながら答えた。
「はい…まあ、風が少し気になりましたけど。」
その言葉を聞くと、ラウルは驚いたように目を見開き、次の瞬間には立ち上がって大声を上げた。
「それは申し訳ない!すぐに職人を呼んで修繕させる!」
「い、いえ、それほどでも…」
セリーヌは慌てて手を振り、恐縮したように答えた。
ラウルはその言葉に少し動きを止めたが、それでも納得した様子ではなく、彼の大きな体が不安げに揺れていた。
セリーヌは、そんな彼のぎこちない動きに、思わず苦笑してしまった。
大柄な姿とは裏腹に、彼の行動にはどこか幼さがあり、憎めないものがあった。
やがて朝食が運ばれてくると、セリーヌはさらに驚いた。
テーブルに並べられたのは、湯気を立てる野菜のスープ、黒パン、そして固めのチーズという簡素なものだった。
それらの質素な食事は、以前の侯爵家の豪華な食卓とは比べものにならない。
彼女は一瞬言葉を失い、しかし、すぐにスープに手を伸ばした。
スプーンで一口すくい、慎重に口に運ぶ。
素朴な味わいが広がり、予想外の温かさが体に染み渡った。
その瞬間、彼女の疲れた心が少しだけ和らいだ気がした。
「ここの料理は君の家のものよりずっと簡素だろう。」
ラウルが穏やかな声で言った。
「けど、私たちは地元の農民たちと同じものを食べる主義なんだ。」
その言葉には、彼自身の考えに対する誇りが感じられた。
セリーヌはしばらく彼を見つめてから、静かに頷き、スープをもう一口飲んだ。
その温かさは、彼の言葉と同じく、どこか不思議な安心感を与えるものだった。
「…温かいですね。このスープ。」
思わず漏れた彼女の言葉に、ラウルは少し照れたように笑った。
「このスープは農民たちの間で作られる伝統的なものなんだ。決して豪華ではないけど、みんなが力をつけるためのものだよ。」
セリーヌはその言葉を噛み締めるように聞きながら、もう一度スープをすする。
質素だが心のこもった味が、彼の言葉と相まって、少しだけ心に温かい灯をともしてくれた。
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