【完結】 父殺しの宿敵宰相を暗殺しようと婚約したから、チャンスありありなのにその都度、動揺させられて困ります。

第二十八章 花嫁の誓い

　王都の大聖堂は、朝日を浴びて輝いていた。
　白大理石の柱に絡む花々が、春風にそよぎ、甘い香りを漂わせている。

　扉がゆっくりと開き、騎士たちの列に先導されて入場するリディアの姿に、集まった人々は息を呑んだ。

　純白のドレスはまるで光をまとった女神のようで、長いヴェールが彼女の歩みに優雅なリズムを添えていた。

「まるで絵画の一部みたいだな……」

　隣の王太子が小声でつぶやくと、ヴァルトは少し赤くなりながらも「いや、絵画より美しいよ」と返す。

　王太子は苦笑いしつつも、耳元で囁いた。

「おい、ヴァルト。君、緊張してるのがバレバレだぞ。いつもは冷静沈着なのに、今日は手汗かいてるじゃないか」

「……気づくな」

　ヴァルトはそっと袖を拭いながら苦笑した。

　壇上で彼女を見つめる瞳は、普段の冷静さを忘れ、唯一無二の愛おしさで満ちていた。

　誓いの言葉が交わされる瞬間、リディアの瞳に一筋の涙が輝く。

「わたしは、あなたを愛し、信じ、そして、どんな時も傍にいます。……暗殺しようとした日も、今も、これからも――」

　ここで一瞬、会場が静まり返ったが、次の瞬間、どっと笑い声が広がった。

「おっと、そこは誰かツッコミを入れてくれ！」

　リディアも思わず微笑みながら顔を上げた。

「私がやったのよね？ その暗殺未遂。まあ、若気の至りということで、許してくれたら嬉しいわ」

　ヴァルトはその様子を見て、楽しげに答えた。

「その通り。だけど、君のその“若気の至り”には、毎回心臓が凍りついたものだ。もう二度とやるなと誓わせてくれ」

「わかってますって。でも、こうして誓い合えたのだから、笑い話にしましょう？」

　彼の真剣な目に、リディアはそっと頷いた。

「私は、どんな刃も恐れはしない。だが君の笑顔を失うことだけは、死より怖い」

　その言葉に、リディアの頬は紅潮し、二人の唇が重なった。

　大聖堂に歓声と拍手が鳴り響き、参列者たちは新たな夫婦の門出を祝福した。

　こうして、すべての誤解と痛みを乗り越えた二人は、最も不器用で、しかし最も強い愛の物語を刻みながら、新たな人生の一歩を踏み出したのだった。