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第3章 社交界での異物
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「……うん、やっぱり、これは拷問だわ」
シャンデリアが天井に光を投げ、華やかなドレスの群れが社交サロンを彩っていた。
ルアナ・メイフィールド――薬師名門メイフィールド家の一人娘は、今日も静かに、壁際の椅子に座って紅茶を啜っていた。
「ほら、あの子よ。毒草の匂いがするって有名な」
「宮廷薬師のお嬢様なんて言っても、ちょっと……地味すぎない?」
「セドリック様には、やっぱりもっと……華のある方が似合うわよねぇ」
(はいはい。聞こえてるわよ)
紅茶を飲む手は優雅に保ちつつ、耳ではしっかり陰口をキャッチするルアナ。
前世での“職場の飲み会”スキルが、こういうときに役立つとは思わなかった。
(……まあ、いいけどさ)
ルアナは、鏡のように磨かれた床に視線を落とす。
きらびやかなドレス、くるくると笑う貴族令嬢たち――そんな中で、自分の姿はどうしても「浮いている」としか思えなかった。
実際、彼女のドレスは控えめなラベンダー色。
装飾も最低限で、香りは自然由来の薬草香。
派手さは一切ないが、肌に合っていて落ち着く。
(……まるで前世の通勤服と同じだな。着てて安心だけど、パーティーでは浮くのよね)
それでも彼女がこの場にいるのは、名目上“セドリック・グレイモンド侯爵家との婚約者”だからだった。
「ルアナ。お疲れではないか?」
低く、端正な声が背後から降りてくる。
振り返ると、氷の彫刻のように整った顔立ちの青年――セドリックがいた。
「ありがとう。大丈夫、気絶しそうなのは心だけだから」
「……それは大丈夫とは言わないのでは?」
「でも、倒れたりして恥をかくよりマシでしょ?」
ルアナの皮肉に、セドリックは口元だけをわずかに緩めた。
彼はいつだって“完璧な婚約者”として彼女を支えてくれるが、その表情の奥にある本心は、いまだに読めなかった。
(表向きは穏やかだけど、距離感がずっとある。きっと“本気で好き”ってわけじゃないんだろうな)
彼女は苦笑を浮かべ、そっと紅茶を飲み干した。
「ねえ、セドリック様。わたしって、やっぱり“薬草くさい地味女”って思われてるようですね」
「そんな表現は下品だ」
「つまり否定なさらない?」
「……君は、他の令嬢と同じではない。それは誇るべきことだと思う」
それが、彼なりの慰めなのかどうかはわからない。
でも、言葉の奥に微かに“誠実さ”があった。
(誠実かあ……優しいけど、心までは見せてくれないのよね)
ルアナはふっと視線を下げた。
前世でも、こうして周囲から浮いて、空気のように扱われていた自分。
今度の人生も、やっぱり“同じ道”を歩いてしまうのだろうか?
――と、そのとき。
「うわっ!?」
目の前で転んだ給仕の少年が、トレイごとパイをぶちまけた。
飛んできたクリームがルアナのドレスの袖に見事命中する。
「なっ……ルアナお嬢様!? し、ししし、失礼しました!!」
顔面蒼白になる少年を見て、ルアナは咄嗟に笑った。
「あー、びっくりした……けど、大丈夫。これは薬草で落とせるよ。洗浄力抜群のやつ、配合済みだから」
「えっ、えっ……!?」
「それより、手を怪我してない? どれどれ、ちょっと見せてね」
ルアナはさっとポーチを取り出し、持ち歩き用の薬膏を少年の手に塗った。
まわりにいた貴族たちが「まあ」と声を漏らす。
「薬師って……あんなに即座に対応できるのね……」
「令嬢らしくないけど……あれはあれで、なんだか素敵かも」
(ふふ……ざまあみなさい)
どうだ、地味で無口で浮いてる令嬢でも、こういうときに“本業”は役に立つんだから。
「君はやはり、私の知る誰よりも強い」
いつの間にか横に立っていたセドリックが、ぽつりとつぶやいた。
「え、強いっていうか、ただ薬師なだけですよ?」
「いや……誇るべきことだ」
彼の声には、先ほどよりもずっと温度があった。
表情は変わらず冷静でも、その目がわずかに揺れていた。
(……ちょっとだけ、心の距離が近づいた?)
浮いた存在、異物、社交界の異端児。
だけどその中でも、自分にできることがある――ルアナは、ほんの少しだけ、胸を張った。
シャンデリアが天井に光を投げ、華やかなドレスの群れが社交サロンを彩っていた。
ルアナ・メイフィールド――薬師名門メイフィールド家の一人娘は、今日も静かに、壁際の椅子に座って紅茶を啜っていた。
「ほら、あの子よ。毒草の匂いがするって有名な」
「宮廷薬師のお嬢様なんて言っても、ちょっと……地味すぎない?」
「セドリック様には、やっぱりもっと……華のある方が似合うわよねぇ」
(はいはい。聞こえてるわよ)
紅茶を飲む手は優雅に保ちつつ、耳ではしっかり陰口をキャッチするルアナ。
前世での“職場の飲み会”スキルが、こういうときに役立つとは思わなかった。
(……まあ、いいけどさ)
ルアナは、鏡のように磨かれた床に視線を落とす。
きらびやかなドレス、くるくると笑う貴族令嬢たち――そんな中で、自分の姿はどうしても「浮いている」としか思えなかった。
実際、彼女のドレスは控えめなラベンダー色。
装飾も最低限で、香りは自然由来の薬草香。
派手さは一切ないが、肌に合っていて落ち着く。
(……まるで前世の通勤服と同じだな。着てて安心だけど、パーティーでは浮くのよね)
それでも彼女がこの場にいるのは、名目上“セドリック・グレイモンド侯爵家との婚約者”だからだった。
「ルアナ。お疲れではないか?」
低く、端正な声が背後から降りてくる。
振り返ると、氷の彫刻のように整った顔立ちの青年――セドリックがいた。
「ありがとう。大丈夫、気絶しそうなのは心だけだから」
「……それは大丈夫とは言わないのでは?」
「でも、倒れたりして恥をかくよりマシでしょ?」
ルアナの皮肉に、セドリックは口元だけをわずかに緩めた。
彼はいつだって“完璧な婚約者”として彼女を支えてくれるが、その表情の奥にある本心は、いまだに読めなかった。
(表向きは穏やかだけど、距離感がずっとある。きっと“本気で好き”ってわけじゃないんだろうな)
彼女は苦笑を浮かべ、そっと紅茶を飲み干した。
「ねえ、セドリック様。わたしって、やっぱり“薬草くさい地味女”って思われてるようですね」
「そんな表現は下品だ」
「つまり否定なさらない?」
「……君は、他の令嬢と同じではない。それは誇るべきことだと思う」
それが、彼なりの慰めなのかどうかはわからない。
でも、言葉の奥に微かに“誠実さ”があった。
(誠実かあ……優しいけど、心までは見せてくれないのよね)
ルアナはふっと視線を下げた。
前世でも、こうして周囲から浮いて、空気のように扱われていた自分。
今度の人生も、やっぱり“同じ道”を歩いてしまうのだろうか?
――と、そのとき。
「うわっ!?」
目の前で転んだ給仕の少年が、トレイごとパイをぶちまけた。
飛んできたクリームがルアナのドレスの袖に見事命中する。
「なっ……ルアナお嬢様!? し、ししし、失礼しました!!」
顔面蒼白になる少年を見て、ルアナは咄嗟に笑った。
「あー、びっくりした……けど、大丈夫。これは薬草で落とせるよ。洗浄力抜群のやつ、配合済みだから」
「えっ、えっ……!?」
「それより、手を怪我してない? どれどれ、ちょっと見せてね」
ルアナはさっとポーチを取り出し、持ち歩き用の薬膏を少年の手に塗った。
まわりにいた貴族たちが「まあ」と声を漏らす。
「薬師って……あんなに即座に対応できるのね……」
「令嬢らしくないけど……あれはあれで、なんだか素敵かも」
(ふふ……ざまあみなさい)
どうだ、地味で無口で浮いてる令嬢でも、こういうときに“本業”は役に立つんだから。
「君はやはり、私の知る誰よりも強い」
いつの間にか横に立っていたセドリックが、ぽつりとつぶやいた。
「え、強いっていうか、ただ薬師なだけですよ?」
「いや……誇るべきことだ」
彼の声には、先ほどよりもずっと温度があった。
表情は変わらず冷静でも、その目がわずかに揺れていた。
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