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第4章 偽りの婚約
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「セドリック様とは、順調なの?」
ティーカップを片手に微笑んだのは、ルアナと同世代の公爵令嬢、レティシアだった。
社交界では稀有な、ルアナに対して友好的な存在である。
「ええ、一応ね。表面的には」
「“一応”ってところがルアナらしいわね。あなたのそういうところ、好きよ」
「それ、褒めてます?」
「もちろん。“他の令嬢たちとは違って計算がない”って意味よ。……まあ、それで損してるのも事実だけど」
ルアナは苦笑しながらも、どこかレティシアの言葉が引っかかった。
“損をしてる”。
前世でも、計算高く生きることができなかった自分は、仕事ばかりで家庭を築けず、空気のように社会で消費されて終わった。
そして今――。
(この世界でも、似たような終わりが待ってるのかな)
そう、どこかでわかっていたのかもしれない。
セドリックの視線がどこか遠く、ルアナのことを“恋人”として見ていないことを。
そんなある朝のこと。
「ルアナ、父上から聞いた。近く、宮廷から正式な研究所支援が決まった。君の調合した薬が高く評価された。毒性の高い“黒死草”を用いた画期的な治療なのだそうだな」
セドリックは淡々とした口調で言った。
褒めているように見えて、その目は笑っていなかった。
「……はい。びっくりしました。研究所に薬草園もつけてくれるなんて」
「……だろうな。毒草も生えてらしいな」
「はい。“毒草令嬢”なんて言われてます……」
“毒草令嬢”などと、うっかり口を滑らせたルアナは、にこりとごまかす。
セドリックは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに興味を失ったように視線を逸らした。
そしてその夜――。
「……聞いたわよ」
レティシアがこっそり屋敷に訪ねてきた。
「あなたの婚約、破棄されるって」
「……え?」
手にしていた薬草の束が、パサリと床に落ちた。
「なんで……私、何かしたの……?」
「違うの。そうじゃないのよ。彼……セドリック侯爵、ずっとあなたのことを“商家の娘も同然”“使用人上がりのような女”って、そう言っていたって」
「……あは、嘘でしょ?」
笑おうとした唇は震えていた。
だってセドリックはいつも穏やかで、冷静で、優しかった。今朝だって。
無関心ではあっても、軽蔑なんて、そんな――
「でもね、ルアナ。彼の家は財政的に厳しくて、あなたの家の資金と薬師としての立場が欲しかったの。つまり、最初からあなたは“駒”だったってこと」
「……まさか」
目の前がじんわりと滲んだ。
けれど、涙はこぼさない。
ただ、ひとつだけ、静かに息を吐いた。
「ねえレティシア」
「なに?」
「私ね。やっぱり地味で、浮いてて、陰口叩かれて、恋愛にも縁がなくて……」
「そうなら、ひどい仕打ちよね」
「でも――」
ルアナはぐっと涙をこらえて笑った。
「負けたくないの。せっかくの人生、幸せになりたいと思うわ」
レティシアは目を見開き、やがて笑い出した。
「最高よルアナ。まさに毒草令嬢の誕生ね!」
「ふふ、冗談はやめてよね!」
そのとき、屋敷の窓から吹き込んだ夜風が、薬草の香りをふわりと巻き上げた。
苦く、そしてどこか清々しい香りだった。
ティーカップを片手に微笑んだのは、ルアナと同世代の公爵令嬢、レティシアだった。
社交界では稀有な、ルアナに対して友好的な存在である。
「ええ、一応ね。表面的には」
「“一応”ってところがルアナらしいわね。あなたのそういうところ、好きよ」
「それ、褒めてます?」
「もちろん。“他の令嬢たちとは違って計算がない”って意味よ。……まあ、それで損してるのも事実だけど」
ルアナは苦笑しながらも、どこかレティシアの言葉が引っかかった。
“損をしてる”。
前世でも、計算高く生きることができなかった自分は、仕事ばかりで家庭を築けず、空気のように社会で消費されて終わった。
そして今――。
(この世界でも、似たような終わりが待ってるのかな)
そう、どこかでわかっていたのかもしれない。
セドリックの視線がどこか遠く、ルアナのことを“恋人”として見ていないことを。
そんなある朝のこと。
「ルアナ、父上から聞いた。近く、宮廷から正式な研究所支援が決まった。君の調合した薬が高く評価された。毒性の高い“黒死草”を用いた画期的な治療なのだそうだな」
セドリックは淡々とした口調で言った。
褒めているように見えて、その目は笑っていなかった。
「……はい。びっくりしました。研究所に薬草園もつけてくれるなんて」
「……だろうな。毒草も生えてらしいな」
「はい。“毒草令嬢”なんて言われてます……」
“毒草令嬢”などと、うっかり口を滑らせたルアナは、にこりとごまかす。
セドリックは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに興味を失ったように視線を逸らした。
そしてその夜――。
「……聞いたわよ」
レティシアがこっそり屋敷に訪ねてきた。
「あなたの婚約、破棄されるって」
「……え?」
手にしていた薬草の束が、パサリと床に落ちた。
「なんで……私、何かしたの……?」
「違うの。そうじゃないのよ。彼……セドリック侯爵、ずっとあなたのことを“商家の娘も同然”“使用人上がりのような女”って、そう言っていたって」
「……あは、嘘でしょ?」
笑おうとした唇は震えていた。
だってセドリックはいつも穏やかで、冷静で、優しかった。今朝だって。
無関心ではあっても、軽蔑なんて、そんな――
「でもね、ルアナ。彼の家は財政的に厳しくて、あなたの家の資金と薬師としての立場が欲しかったの。つまり、最初からあなたは“駒”だったってこと」
「……まさか」
目の前がじんわりと滲んだ。
けれど、涙はこぼさない。
ただ、ひとつだけ、静かに息を吐いた。
「ねえレティシア」
「なに?」
「私ね。やっぱり地味で、浮いてて、陰口叩かれて、恋愛にも縁がなくて……」
「そうなら、ひどい仕打ちよね」
「でも――」
ルアナはぐっと涙をこらえて笑った。
「負けたくないの。せっかくの人生、幸せになりたいと思うわ」
レティシアは目を見開き、やがて笑い出した。
「最高よルアナ。まさに毒草令嬢の誕生ね!」
「ふふ、冗談はやめてよね!」
そのとき、屋敷の窓から吹き込んだ夜風が、薬草の香りをふわりと巻き上げた。
苦く、そしてどこか清々しい香りだった。
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