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第1章:地味侍女、婚約者候補にされる
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王宮の空気は、今日もきらびやかで、ちょっぴり窮屈です。
わたし――リリィ・エンフィールドは、王女セラフィナ様にお仕えする侍女のひとり。
といっても、取り立てて目立つような存在ではなく、文字通り「影のように」振る舞うのがわたしの日常でございました。
華麗なる王宮の一角、王女様の私室にて、ふんわりと広がるドレスの裾を整えている最中、ふと呼ばれたのは昨日のこと。
「……リリィ。舞踏会には、あなたが代理で出席してちょうだい」
えっ、と心臓が跳ねました。
「え、ええっと……それは、どういうことでしょうか、姫様」
「少し体調を崩したの。でも欠席はできないのよ。だから、“それらしい侍女”に代理で行ってもらうしかないでしょう?」
それらしい侍女。いや、それらしくないのでは……。
そんな動揺を押し隠す間もなく、わたしは強引に押し出され、急ぎの仕立てで誂えられたドレスに包まれて、王宮最大の舞踏会へと放り込まれたのでした。
なんということでしょうか。
王女付き侍女が、お姫様の代理として舞踏会に出席するなど――前代未聞、というか冷や汗の連続です。
しかもわたしは、いわゆる「地味侍女」。
装飾過多な貴族令嬢たちの中にいると、完全に空気。
そう、どこまでいっても空気。
実に快適です……いや、快適でなければ困るのですけれど。
なのに、事件は起きました。
「……あの方は、どちらのお嬢様ですかな?」
その声が、あまりに端正だったもので、思わず身体がぴくりと反応しました。
え……えぇえええええ!?
ちょっと待って……目の前に立っているのって、もしかして、王太子ユリウス殿下!?
王国一の美貌と知性を併せ持ち、未来の王として多くの期待を背負う方。
そんな殿下が、なぜこの方向に?
なぜ視線が……いや、絶対こちらじゃないでしょう。
後ろの絢爛な令嬢でしょう?
しかし――
「君と、もう一度話したいと思っていた」
話したこと、一度もありませんけれどーーーーーーーーーーっ!?
心の中がカオスと化しながら、思考をフル回転させるわたし。
冷静に振る舞おうとするものの、顔の筋肉が完全に言うことを聞いてくれません。
そんな中、王太子殿下は微笑みながら、わたしの名前を聞いてきました。
「……リリィ・エンフィールドでございます」
「リリィ。いい名前だ。君は……どこか、他の方とは違う雰囲気がある」
雰囲気って、侍女の雰囲気ですけど!?
周囲にいた令嬢たちの視線が、みるみるうちに棘だらけに変わっていきます。
まるで、王太子殿下の「お気に入り」に認定されたかのような空気――って、待って! 認定してないでください!
わたし侍女ですから!
しかも、その場にいた宰相様が、勘違いを拍車をかける、ふざけた発言をされたのです。
「これはまた……なかなか興味深い。王女セラフィナ殿下の侍女とはいえ、殿下のお気に召すのであれば、婚約者候補としての調査も視野に入れねばなりますまい?」
はいぃぃぃぃぃぃ!?
わたし、今、聞こえました!?
婚約者候補!? どこをどう間違えて、そんな展開になったんですか!?
絶対何かの手違いです!
手違いというか、これは陰謀なのでは!?
でも、ユリウス殿下はなぜか、すっとわたしの手を取ると、再び柔らかな微笑みを向けて――
「安心して。僕は、本気で言っている」
本気ぃぃぃぃぃぃぃっ!?!?
もう無理です!
誰かタイムスリップの魔法とか使ってこの舞踏会を始まる前に戻してくれませんか!?
わたしはただの侍女! 地味侍女! 影のように働くのが取り柄なんです!
でも――
頭の中に、ふわりと一枚の肖像画が浮かび上がりました。
そこに描かれていたのは――事故死に見せかけて暗殺されたらしい正妃と、腕の中で笑っている幼い少女。首から銀のペンダントが揺れている。
その顔はなぜかぼやけていて……?
あの微笑みに、心の奥に閉まっていた記憶が、くしゃっと音を立てるように溢れてき、あぶくみたいに消えました。
――あれは何?
わたし――リリィ・エンフィールドは、王女セラフィナ様にお仕えする侍女のひとり。
といっても、取り立てて目立つような存在ではなく、文字通り「影のように」振る舞うのがわたしの日常でございました。
華麗なる王宮の一角、王女様の私室にて、ふんわりと広がるドレスの裾を整えている最中、ふと呼ばれたのは昨日のこと。
「……リリィ。舞踏会には、あなたが代理で出席してちょうだい」
えっ、と心臓が跳ねました。
「え、ええっと……それは、どういうことでしょうか、姫様」
「少し体調を崩したの。でも欠席はできないのよ。だから、“それらしい侍女”に代理で行ってもらうしかないでしょう?」
それらしい侍女。いや、それらしくないのでは……。
そんな動揺を押し隠す間もなく、わたしは強引に押し出され、急ぎの仕立てで誂えられたドレスに包まれて、王宮最大の舞踏会へと放り込まれたのでした。
なんということでしょうか。
王女付き侍女が、お姫様の代理として舞踏会に出席するなど――前代未聞、というか冷や汗の連続です。
しかもわたしは、いわゆる「地味侍女」。
装飾過多な貴族令嬢たちの中にいると、完全に空気。
そう、どこまでいっても空気。
実に快適です……いや、快適でなければ困るのですけれど。
なのに、事件は起きました。
「……あの方は、どちらのお嬢様ですかな?」
その声が、あまりに端正だったもので、思わず身体がぴくりと反応しました。
え……えぇえええええ!?
ちょっと待って……目の前に立っているのって、もしかして、王太子ユリウス殿下!?
王国一の美貌と知性を併せ持ち、未来の王として多くの期待を背負う方。
そんな殿下が、なぜこの方向に?
なぜ視線が……いや、絶対こちらじゃないでしょう。
後ろの絢爛な令嬢でしょう?
しかし――
「君と、もう一度話したいと思っていた」
話したこと、一度もありませんけれどーーーーーーーーーーっ!?
心の中がカオスと化しながら、思考をフル回転させるわたし。
冷静に振る舞おうとするものの、顔の筋肉が完全に言うことを聞いてくれません。
そんな中、王太子殿下は微笑みながら、わたしの名前を聞いてきました。
「……リリィ・エンフィールドでございます」
「リリィ。いい名前だ。君は……どこか、他の方とは違う雰囲気がある」
雰囲気って、侍女の雰囲気ですけど!?
周囲にいた令嬢たちの視線が、みるみるうちに棘だらけに変わっていきます。
まるで、王太子殿下の「お気に入り」に認定されたかのような空気――って、待って! 認定してないでください!
わたし侍女ですから!
しかも、その場にいた宰相様が、勘違いを拍車をかける、ふざけた発言をされたのです。
「これはまた……なかなか興味深い。王女セラフィナ殿下の侍女とはいえ、殿下のお気に召すのであれば、婚約者候補としての調査も視野に入れねばなりますまい?」
はいぃぃぃぃぃぃ!?
わたし、今、聞こえました!?
婚約者候補!? どこをどう間違えて、そんな展開になったんですか!?
絶対何かの手違いです!
手違いというか、これは陰謀なのでは!?
でも、ユリウス殿下はなぜか、すっとわたしの手を取ると、再び柔らかな微笑みを向けて――
「安心して。僕は、本気で言っている」
本気ぃぃぃぃぃぃぃっ!?!?
もう無理です!
誰かタイムスリップの魔法とか使ってこの舞踏会を始まる前に戻してくれませんか!?
わたしはただの侍女! 地味侍女! 影のように働くのが取り柄なんです!
でも――
頭の中に、ふわりと一枚の肖像画が浮かび上がりました。
そこに描かれていたのは――事故死に見せかけて暗殺されたらしい正妃と、腕の中で笑っている幼い少女。首から銀のペンダントが揺れている。
その顔はなぜかぼやけていて……?
あの微笑みに、心の奥に閉まっていた記憶が、くしゃっと音を立てるように溢れてき、あぶくみたいに消えました。
――あれは何?
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