[完結]婚約破棄されたけど、わたし、あきらめきれません

朝日みらい

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 三日後の、二時限の魔術武術の授業の後だった。この授業は、違う二組が同時に受けるもので、リリアナは、アンドレに思い切って歩み寄り、

「放課後、予定空いてますか?」と尋ねた。

 アンドレは、一瞬、戸惑ったようだったが、

「もちろん、いいですよ」と、こたえた。

 下校時、正門前にアンドレと合流して 向かいの馬車を帰して、川沿いの小道を並んで歩く。

「お花をありがとう。お陰で、花壇も元通りになりました。植えるのも手伝ってくださるし、毎朝の手伝いもしてくれて」

「そんなの、たいしたことない。それに、またエリエルの取り巻きにいたずらされるのは見過ごせないからね」

「ありがとう」

 リリアナは笑顔でお礼を述べた後に、足を止めて、

「わたしの生家に行かれたのでしょ? あの草木の匂いは、都の花屋には無いものだし」

「うん。行ってきたよ」

「どう思いました?」

 牛や豚を飼っている貧しい農家で、畑の休作時に贈答用の花を栽培しているのだった。

 購入時に対応した、真っ黒に日焼けしたリリアナの母親は、教養とは無縁の粗雑な者だった。

 無骨な牛飼いの夫がおり、女手一つで、六人の子どもを抱えている。そんな貧農には教養よりも実務で役立つ男子が欲しかったのだろう。
 女子であるリリアナを金銭で手放したとしても、おかしな話ではない。

「とても良いご両親かと」

 リリアナは、軽く首を傾げながら、

「まさか……。物心ついた時から、畑仕事ばかりさせられて、女の子は産まなければ良かったと、言われていたんですよ」
 
 それから、さらにアンドレの顔をのぞき、

「クリストフ様には、絶対に話さないと、約束してください」

と、詰め寄る。

「なら、ぼくにも条件があるんだけど」

「……何です?」

「ちょっと、これからぼくについてきてほしい」

「無理ですよ今日は。午後六時からクリストフ様と、王宮の別邸で夕食会だから」

「そんなに遠くまで行くつもりはないんだ。ただ、どうしても今日、君に見せたくて。それとも、これから王子様のところに行ってきて、おしゃべりしてもいいんだけど」

「アンドレ、あなた、私を脅してる?」

 リリアナは、思わず眉をひそめて、彼の真意を探ろうとするが、彼の瞼は緩んでいるだけだった。

 やっぱり、今、話されたら、まずいわね……。

 リリアナは、根負けして、肩をすくめ、

「二時間で戻れるなら、いいわ。でも、約束を破ったら、二度とあなたを信じない」

「分かった。なら、急ごう」

 そう言うなり、アンドレは彼女の腕をつかみ、小走りに都の中央広場で、馬車乗り場から馬を一頭、借り受けた。

 学生鞄は乗り場に預け、背中にリリアナを乗せて、郊外の浜辺へと疾走する。

 アンドレの理知的な佇まいとは違い、手綱を引く彼は野性的だった。

 確かにクリストフ王子からは、王族としての威厳と優しさが感じられた。平民では立ち入り出来ないような宮殿や宝物館、王族用の図書室にも何度もなく遊びに行っている。

 第三王太子だとしても、彼と結婚が叶えば、将来の生活も地位も保証される。育ての親、カリストル男爵の約束も果たせる。

 なのに、なぜなのだろう。後、もう一息なのに、アンドレの腰に腕を回していると、妙な胸の高鳴りを感じる。

 彼は「平民組」の隣のクラスで、美男子で賢くて、それでいて何を考えているか分からない謎めいたところがあって、以前から興味はあった。

 でも、エミエル公爵令嬢の実の親、フェレス公爵と、アンドレのファイナス男爵とは蜜月の関係だし、二人だって緊密な関係であることに変わりない。
 
 リリアナは、気を引き締める。

 油断しないで、リリアナ。彼は、クリストフ様との仲を引き裂こうとしているだけなんだから。
 胸の高鳴りは、ただの気紛れに過ぎないのだから。

 城門を抜け出して、平民街の、建物がひしめく、狭い石畳の道を駆け抜けていった先に、湖が見えてきた。

 リシュリュー湖は、王都の貴族ならよく舟遊びをしに訪れる、名の知れた休息地で、デートスポットとしても有名だ。

 リリアナも、何度もクリストフ王子と出かけていたし、特に目新しさは感じない。
 
 桟橋には数隻の小舟が停泊していて、アンドレは舟守から小舟を借りて、水面へと出る。

 せっせと彼がオールを漕ぐのを、リリアナはつまらなそうに、顎に手をやっている。

 対岸の一目がつかないところに小さなあばら屋があった。物置が何かにしか見えないのだが、アンドレは岸に舟を留め、リリアナに入るよう、手招きする。

 彼は、こんな一目がつかないところにわたしを連れ込んで、何をするつもりなのかしら。

 リリアナはたじろいだが、アンドレが乱暴を働くようなタイプでないことは知っている。

「分かったわよ」

 アンドレが無言で頬笑んで、彼女を小屋の中に引き入れると、中は椅子とテーブル、古ぼけた棚しかない素っ気ない部屋だった。

 何よ、これ! ただの湿気臭い部屋じゃない。

「もう、帰ります」

 リリアナは呆れ顔で、出口へ背を向けた時だった。

「ちょっと待ってて」

 アンドレは、棚から白いチョークを取り出して、床に四角を描くと、床からまばゆい光が放たれた。

 リリアナは唖然とした。

 確かに授業で魔法術は学ぶが、それはあくまで教養に過ぎない。古典にすぎず、実際にこうして魔法を見るのは初めてだった。

「さあ、下に来て。見せたいものがあるんだ」

 光が放たれた空間には、下へ続く階段がある。リリアナが手を引かれて下りていくと、一面にこれまで見たこともない草木が生いしげる空間が広がっていた。

 現実には見たこともない、虹色の花々や歌を歌う黄色の花々、踊り出す草木。

「なんて、素適なのかしら……!」

 リリアナは素直に、胸の中の気持ちを吐露していた。

「ここは、思い描いたものを自由に想像できる魔法の空間なんだよ」

「すごい。これ、全部、あなたが生み出したの?」

「正確には、亡くなった実の父親が、この場所に強い魔力の結界を見つけた。それを隠すために、こんな小屋を建てている、というところだ」

 リリアナは、まじまじとアンドレの顔を見つめた。

「なぜ、こんな大切な秘密、教えてくれたの? 魔法使いだっていうこと、かなりの秘密だって思うよ。人によっては、危険人物だって思われるし」

「いいんだ。ぼくはきみの秘密を知っている。きみだってぼくの秘密を知っているから、やっと対等になった。当たり前のことじゃないかな」

「ふふふふっ!」

 いつもはおしとやかなリリアナが、声をあげて笑った。さらには、おなかを抱えて笑い続けるので、アンドレもなんだかおかしな気分になって、つられて笑いだした。

「そういえばそうね。アンドレのこと、誤解していたわ。ここでは全然、顔つきが違うね、わたしたち。その、生き生きしているっていうのかしら。わたしたち、平民出身で、わたしは貧乏農家で、あなたは毛嫌いされる魔法使い。ここ以外に出たら、わたしたち、えらい貴族たちの下僕みたいになるのよ。本当にストレスがたまるのよ。ねえ、その魔法のチョークを貸してくれない? 描きたいものがあるのよ」

 そう言うと、チョークで、お金の入った布袋をかついだ狸顔の人間を描き始める。すると、狸顔の人はよちよちと歩き出すと、へんてこな踊りを始める。

「……これ、何?」

「これは、わたしの義理のお父さん、カリストル男爵様よ。ずるがしこい狸おやじよ。わたし、大嫌いなの。でも、仕方ないわ。実家の両親が男爵からお金を借りて、その返済のために、わたしを売り飛ばしたのだもの。みじめね。ずっと背中を丸めて、クリストフ様と付き合っていかなくてはいけないのだから」

「ぼくだってそうだよ。ぼくの義理の父とエミエル嬢の父は商売の付き合いがあるから、ぼくらの関係も主従の関係みたいなものなんだ。悪い子じゃないけど、対等な関係ではないんだ」

 わたし、はじめて、本当に笑いあえる相手と巡り合った気がする。対等に、肩ひじはらず、ありのままの自分でいいって言ってくれる相手に……。

 リリアナは、チョークをアンドレに握らせて、

「また、遊びに来ていい?」と言って、心から笑った。
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