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終章 王妃の伝言
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春の風が、ゆっくりと丘を渡っていきます。
老いた指に乗せた白い花弁が、ふわりと宙へ舞いました。
その花を見送りながら、わたし――エルナ・フェルディナント=リオネールは、静かにペンを取ります。
机の上には、もう長く使ってきた茶色のノート。
この国を築いてから幾十年、夜ごとに書き続けた“手紙”はもう数え切れないほどになりました。
誰かに見せるつもりはなかったのですが、どうしても一通……最後の一通だけは、残しておきたかったのです。
『もし、この国に新しい王妃が生まれるなら』
『どうか、たくさん笑ってください』
文字を書きながら、胸の奥がほんのりあたたかくなりました。
椅子に腰かけていると小さな気配がやってきます。
リリィです。長い旅を共にし、気づけば今もなお、小さな姿のままわたしの傍にあります。
「リリィ……もうすっかり年を取りましたね」
「きゅ」
ゆっくりと首を伸ばして、わたしの頬に触れるように頭を寄せてきました。
あの日、掌の上で震えていた小さな命。
わたしを笑う者ばかりだった世界の中で、それでも信じてくれた唯一の友。
「あなたがいてくれたから、わたしはずっと前を向けました。ありがとうね」
リリィはまぶたを閉じ、静かに呼吸を合わせます。
空の向こうでは風が優しく鳴り、遠くで子どもたちの笑い声が響きました。
――ああ、なんて幸せな音でしょう。
あの頃の王都では考えられなかったこの静けさ、そして人々の穏やかな暮らし。
殿下と見た夢が、今こうして形になっているのです。
「ねえ、リリィ。あの人に似ている子が、いっぱいいますよね」
「きゅ?」
「真面目で、優しくて、少し不器用な人。……アルディスさまそのままですもの」
ふと窓辺を見上げると、花咲く庭を歩く若き王――アルディスの孫にあたる青年が、
まるで昔の殿下のように力強く民に微笑んでいました。
(この国は大丈夫。きっと大丈夫。あの方の血が流れている限り)
そっとペンを置き、わたしは震える手で封をしました。
封蝋には、二人が初めて作った国の印――小さな竜と花の紋章。
それは誰かが見つけた時、希望の手紙として伝わるように。
『たとえ使い魔が小さな亀でも――その背には、空を翔ける未来があるのだから』
一行一行を読み返すたび、あの頃の笑顔が浮かびました。
召喚失敗と笑われても、図書室で声をかけてくれた少年。
王妃にならなくていいと言ってくれた青年。
そして、生涯を共に過ごした最愛の人。
「殿下……あなたと過ごした日々が、わたしの一番の宝物です」
目を閉じると、掌の中で小さなあたたかさが灯りました。
リリィが光っています。
呼びかけるように、光の粒が空へと舞い上がっていく。
――その瞬間、わたしの心は、穏やかな風に溶けてゆきました。
◇ ◇ ◇
数日後。
緑に包まれた王宮の図書室で、一通の古びた手紙が発見されました。
幼い王子と王女がそれを読んで、静かに顔を見合わせます。
「ねえ、お兄さま……“おばあさま”って、どんな方だったの?」
「きっと、やさしくて賢くて、少しおてんばだったんだよ」
少年がそう言って笑いました。
その笑顔は、どこかアルディス殿下によく似ていました。
二人の視線の先、開け放たれた窓の向こう――
ゆるやかな夕風のなかで、青い影がゆっくりと空を漂います。
「あ……お兄さま、見て。竜だよ!」
「うん。たぶん……“リリィ”だ」
誰も知らないけれど、その青い竜はずっとこの国を見守っていた。
女王が愛し、殿下が信じた未来の証。
その翼は今日も、雲と光の間を優雅に翔けていきます。
◇ ◇ ◇
――“愛おしいあなたへ”
“わたしが見上げた空の下で、どうか笑っていてください”
“たとえ時が過ぎても、
空を見上げれば、きっとあの竜があなたのそばにいますから。”
手紙の最後には、そんな言葉が添えられていました。
静かな風がページをめくり、
音もなく一枚の白い花びらを運んでいきます。
それは――まるで、王妃未満の彼女からの、最後のやさしい伝言のように。
王宮の空を、一匹の蒼い竜がゆったりと横切っていきました。
――完
老いた指に乗せた白い花弁が、ふわりと宙へ舞いました。
その花を見送りながら、わたし――エルナ・フェルディナント=リオネールは、静かにペンを取ります。
机の上には、もう長く使ってきた茶色のノート。
この国を築いてから幾十年、夜ごとに書き続けた“手紙”はもう数え切れないほどになりました。
誰かに見せるつもりはなかったのですが、どうしても一通……最後の一通だけは、残しておきたかったのです。
『もし、この国に新しい王妃が生まれるなら』
『どうか、たくさん笑ってください』
文字を書きながら、胸の奥がほんのりあたたかくなりました。
椅子に腰かけていると小さな気配がやってきます。
リリィです。長い旅を共にし、気づけば今もなお、小さな姿のままわたしの傍にあります。
「リリィ……もうすっかり年を取りましたね」
「きゅ」
ゆっくりと首を伸ばして、わたしの頬に触れるように頭を寄せてきました。
あの日、掌の上で震えていた小さな命。
わたしを笑う者ばかりだった世界の中で、それでも信じてくれた唯一の友。
「あなたがいてくれたから、わたしはずっと前を向けました。ありがとうね」
リリィはまぶたを閉じ、静かに呼吸を合わせます。
空の向こうでは風が優しく鳴り、遠くで子どもたちの笑い声が響きました。
――ああ、なんて幸せな音でしょう。
あの頃の王都では考えられなかったこの静けさ、そして人々の穏やかな暮らし。
殿下と見た夢が、今こうして形になっているのです。
「ねえ、リリィ。あの人に似ている子が、いっぱいいますよね」
「きゅ?」
「真面目で、優しくて、少し不器用な人。……アルディスさまそのままですもの」
ふと窓辺を見上げると、花咲く庭を歩く若き王――アルディスの孫にあたる青年が、
まるで昔の殿下のように力強く民に微笑んでいました。
(この国は大丈夫。きっと大丈夫。あの方の血が流れている限り)
そっとペンを置き、わたしは震える手で封をしました。
封蝋には、二人が初めて作った国の印――小さな竜と花の紋章。
それは誰かが見つけた時、希望の手紙として伝わるように。
『たとえ使い魔が小さな亀でも――その背には、空を翔ける未来があるのだから』
一行一行を読み返すたび、あの頃の笑顔が浮かびました。
召喚失敗と笑われても、図書室で声をかけてくれた少年。
王妃にならなくていいと言ってくれた青年。
そして、生涯を共に過ごした最愛の人。
「殿下……あなたと過ごした日々が、わたしの一番の宝物です」
目を閉じると、掌の中で小さなあたたかさが灯りました。
リリィが光っています。
呼びかけるように、光の粒が空へと舞い上がっていく。
――その瞬間、わたしの心は、穏やかな風に溶けてゆきました。
◇ ◇ ◇
数日後。
緑に包まれた王宮の図書室で、一通の古びた手紙が発見されました。
幼い王子と王女がそれを読んで、静かに顔を見合わせます。
「ねえ、お兄さま……“おばあさま”って、どんな方だったの?」
「きっと、やさしくて賢くて、少しおてんばだったんだよ」
少年がそう言って笑いました。
その笑顔は、どこかアルディス殿下によく似ていました。
二人の視線の先、開け放たれた窓の向こう――
ゆるやかな夕風のなかで、青い影がゆっくりと空を漂います。
「あ……お兄さま、見て。竜だよ!」
「うん。たぶん……“リリィ”だ」
誰も知らないけれど、その青い竜はずっとこの国を見守っていた。
女王が愛し、殿下が信じた未来の証。
その翼は今日も、雲と光の間を優雅に翔けていきます。
◇ ◇ ◇
――“愛おしいあなたへ”
“わたしが見上げた空の下で、どうか笑っていてください”
“たとえ時が過ぎても、
空を見上げれば、きっとあの竜があなたのそばにいますから。”
手紙の最後には、そんな言葉が添えられていました。
静かな風がページをめくり、
音もなく一枚の白い花びらを運んでいきます。
それは――まるで、王妃未満の彼女からの、最後のやさしい伝言のように。
王宮の空を、一匹の蒼い竜がゆったりと横切っていきました。
――完
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