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第1章:偽りの笑顔と婚約破棄
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わたくし、セリーヌ・エルバージュは社交界では“天使”と呼ばれております。
ええ、もちろん自覚はありますの。微笑みを絶やさず、声色は柔らかく、所作は常に優雅に。人前では決して取り乱さず、完璧な令嬢でい続けること。それは、わたくしが生きる上での戦術でした。
けれどそれが心からの笑顔だったかと問われれば……ふふ、どうかしら。
他人の視線と評価ばかりを気にして笑顔を貼りつけ、仮面をかぶって生きる日々。口元は微笑んでいても、心の中では常に毒の棘を刺しているような、そんな生活に慣れてしまいました。
わたくしにとって愛想は武器。皮肉は盾。そして心は冷却装置です。
そんな仮面令嬢が、婚約破棄されるなんて───まぁ、皮肉もここまでくると芸術ですわね。
季節は春、学園最大の社交イベント“春の舞踏会”の夜。桜色のドレスに身を包み、飾りすぎない控えめな宝石を散らして現れたわたくしは、完璧な演出のもとで舞踏会の主役となっておりました。
……ええ、演出よ。自然ではなく、計算ですもの。
そしてその夜、婚約者であるルイス・グランヴィル公爵家の御子息が、信じられない台詞を吐いたのです。
「君のような女は愛せない」
……は?
不思議と動揺はありませんでした。
むしろ、「あら、よくもまぁそんな陳腐な罵倒を堂々と言えますこと」と心の中で拍手してしまったくらいです。
彼はわたくしの前に立ち、声を張り上げるように告げました。周囲の令嬢たちがざわめき、視線が一斉に集まるのがわかりました。
あらあら、見世物になるにはちょうどいい場所ですわね。
「……まぁ」
わたくしは小さく笑って見せました。微笑みの角度は完璧に。
「今さら何をおっしゃるのかと思えば、そんな当たり障りない台詞。わたくしとしては、むしろ安心いたしましたわ」
「な、なんだと……?」
ルイスの顔が引きつりました。ええ、わたくしの反応が予想外だったのでしょう。
そして、軽く視線を周囲に流して確認。……よし、皆様しっかり聞いてくださっておりますわね。
「それに……」
わたくしはあえてルイスの耳元へと顔を寄せて、小声で囁きました。
「あなたがこっそり集めていらっしゃる絵画コレクション、相当珍奇な嗜好でしたものね。ご趣味は、共有なさらない方がよろしいかと……」
彼の顔がみるみる青ざめていくのを、わたくしは優雅に眺めながら、歩を後ろに引きました。
あぁ、なんて愉快なんでしょう。
「婚約破棄、承知いたしましたわ。あなたの“ご趣味”を知られぬうちに終えられて、光栄です」
最後まで笑顔を忘れず、深々と一礼して舞踏会の会場を後にしました。
拍手でも起きそうな勢いで周囲は静まり返っていましたが───その沈黙こそが最高の演出です。
わたくしは、完璧に“毒令嬢”の名にふさわしい幕引きを演じきったのです。
───でも。
帰宅して屋敷に足を踏み入れた途端、父の怒声が雷のように降り注ぎました。
「何をした!恥をかかせおって!」
母は泣きながら「誰に顔向けできるというの……!」と嘆き、わたくしの腕を掴んで引きずるように家の奥へと連れていきます。
目的地は、わたくしの“秘密の部屋”――屋根裏部屋でした。
そこは、誰にも知られていないわたくしの聖域。呪物や拷問具、毒草の標本が整然と並ぶ空間。
わたくしが幼い頃、屋敷内の居場所を奪われたときに唯一与えられた“隠れ部屋”。
そして、わたくしの本当の“顔”を仕舞っている場所。
「……やっぱり、戻ってしまいましたわね」
その夜、屋根裏の窓から空を見上げながら、ふとそんな独り言を漏らしました。
どこか、胸の奥がちくりと痛みました。
わたくしの演技は完璧でした。それでも、誰にも受け入れてもらえなかった。
この世界に、仮面を外せる相手なんて、いらっしゃるのかしら。
……いいえ、たとえいなくとも、わたくしはわたくしで在り続けるだけです。
ただ、少しだけ。ほんの少しだけ、孤独が沁みる夜でした。
ええ、もちろん自覚はありますの。微笑みを絶やさず、声色は柔らかく、所作は常に優雅に。人前では決して取り乱さず、完璧な令嬢でい続けること。それは、わたくしが生きる上での戦術でした。
けれどそれが心からの笑顔だったかと問われれば……ふふ、どうかしら。
他人の視線と評価ばかりを気にして笑顔を貼りつけ、仮面をかぶって生きる日々。口元は微笑んでいても、心の中では常に毒の棘を刺しているような、そんな生活に慣れてしまいました。
わたくしにとって愛想は武器。皮肉は盾。そして心は冷却装置です。
そんな仮面令嬢が、婚約破棄されるなんて───まぁ、皮肉もここまでくると芸術ですわね。
季節は春、学園最大の社交イベント“春の舞踏会”の夜。桜色のドレスに身を包み、飾りすぎない控えめな宝石を散らして現れたわたくしは、完璧な演出のもとで舞踏会の主役となっておりました。
……ええ、演出よ。自然ではなく、計算ですもの。
そしてその夜、婚約者であるルイス・グランヴィル公爵家の御子息が、信じられない台詞を吐いたのです。
「君のような女は愛せない」
……は?
不思議と動揺はありませんでした。
むしろ、「あら、よくもまぁそんな陳腐な罵倒を堂々と言えますこと」と心の中で拍手してしまったくらいです。
彼はわたくしの前に立ち、声を張り上げるように告げました。周囲の令嬢たちがざわめき、視線が一斉に集まるのがわかりました。
あらあら、見世物になるにはちょうどいい場所ですわね。
「……まぁ」
わたくしは小さく笑って見せました。微笑みの角度は完璧に。
「今さら何をおっしゃるのかと思えば、そんな当たり障りない台詞。わたくしとしては、むしろ安心いたしましたわ」
「な、なんだと……?」
ルイスの顔が引きつりました。ええ、わたくしの反応が予想外だったのでしょう。
そして、軽く視線を周囲に流して確認。……よし、皆様しっかり聞いてくださっておりますわね。
「それに……」
わたくしはあえてルイスの耳元へと顔を寄せて、小声で囁きました。
「あなたがこっそり集めていらっしゃる絵画コレクション、相当珍奇な嗜好でしたものね。ご趣味は、共有なさらない方がよろしいかと……」
彼の顔がみるみる青ざめていくのを、わたくしは優雅に眺めながら、歩を後ろに引きました。
あぁ、なんて愉快なんでしょう。
「婚約破棄、承知いたしましたわ。あなたの“ご趣味”を知られぬうちに終えられて、光栄です」
最後まで笑顔を忘れず、深々と一礼して舞踏会の会場を後にしました。
拍手でも起きそうな勢いで周囲は静まり返っていましたが───その沈黙こそが最高の演出です。
わたくしは、完璧に“毒令嬢”の名にふさわしい幕引きを演じきったのです。
───でも。
帰宅して屋敷に足を踏み入れた途端、父の怒声が雷のように降り注ぎました。
「何をした!恥をかかせおって!」
母は泣きながら「誰に顔向けできるというの……!」と嘆き、わたくしの腕を掴んで引きずるように家の奥へと連れていきます。
目的地は、わたくしの“秘密の部屋”――屋根裏部屋でした。
そこは、誰にも知られていないわたくしの聖域。呪物や拷問具、毒草の標本が整然と並ぶ空間。
わたくしが幼い頃、屋敷内の居場所を奪われたときに唯一与えられた“隠れ部屋”。
そして、わたくしの本当の“顔”を仕舞っている場所。
「……やっぱり、戻ってしまいましたわね」
その夜、屋根裏の窓から空を見上げながら、ふとそんな独り言を漏らしました。
どこか、胸の奥がちくりと痛みました。
わたくしの演技は完璧でした。それでも、誰にも受け入れてもらえなかった。
この世界に、仮面を外せる相手なんて、いらっしゃるのかしら。
……いいえ、たとえいなくとも、わたくしはわたくしで在り続けるだけです。
ただ、少しだけ。ほんの少しだけ、孤独が沁みる夜でした。
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