【完結】微笑み令嬢は毒を抱く ~辺境の冷血公と腹黒婚姻譚~

朝日みらい

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第5章:初めての恋心

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 冷血公ことダリウス様が、隣国との小競り合いで城を離れられたのは、ある朝の突然のことでした。

「しばらく戻れん。無事にしていろ」

 そうだけ言って、馬に乗られた背中はどこか寂しげで───その姿が城門に吸い込まれていくまで、わたくしはなぜか言葉を発せずに見送っておりました。

 

 あら、なぜかしら。

 

 その日から、静かな日々が始まりました。

 屋敷の中では誰も騒がず、執務室も閉ざされたまま。わたくしの趣味である毒草の手入れや、呪物の整理など、“自由”な時間はたくさんあるのに……なぜか、物足りないのです。

 

 ダリウス様の書斎に足を踏み入れてしまったのは、そんな退屈が募った頃でした。

 彼が出陣前に読んでいた詩集───それが机の上に残されていたのです。

 

 指先でページをめくれば、そこに現れたのは、花や祈り、そして「誰かを想う気持ち」が綴られた繊細な言葉の数々。

 

 冷血公と呼ばれる方が、こんなにも優しく、温かな言葉を知っているだなんて───思いがけない発見に、胸がぎゅうっと締め付けられました。

 

「愛とは、ひとつの祈り。  
 相手の痛みを、自分の傷として抱ける覚悟───」

 

 その一節に目を留めた瞬間、なぜか呼吸が浅くなりました。

 

 誰かの傷を、自分のものとして。

 そんなふうに誰かを想うなんて───わたくしには、遠い世界の感情だと思っていたはずなのに。

 

 書斎を出た後、食堂の椅子に腰を下ろしてみたものの、彼の不在がやけに広く感じてしまいます。

 誰も口を挟んでこない静寂。

 誰にも睨まれない空気。

 ───そんなはずなのに、どうして胸が少し、苦しいのかしら。

 

「……旦那様、次にお会いできたら、何を話しましょうか」

 

 ぽつりと漏らした言葉に、自分自身が驚きました。

 

 これは、なんなのでしょう。

 恋───でしょうか?

 いえ、わたくしは恋など、これまで一度も本気でしたことがないはずです。

 顔に笑みを貼りつけ、心には毒を抱えたまま、人と距離を取り続けてきたわたくしに、そんな甘い感情が生まれるはずが───

 

 けれど確かに胸の奥で、彼の名前を思うたびに小さく疼く感情があるのです。

 

 会いたい。声が聞きたい。もう一度、あの不器用な表情を見たい。

 

 ……あぁ、これは。

 

 わたくし、きっともう、恋の始まりに立っているのですわ。

 

 気づかぬまま咲き始めた、毒の花のように。
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