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終章 未来を描く二人
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その翌朝。
私は鏡の前で、長い間張りつけてきた「氷の画家」の顔を思い出していました。冷ややかで、感情を滲ませない仮面。
けれど今は――頬が少し赤らみ、心が柔らかくほどけている。
「……もう、隠せないわね」
小声で笑ったとき、控えめなノック音が響きました。
「セレナ様」
「……どうぞ」
扉を開けて現れたのは、やはり彼。
ユリウスは、その琥珀色の瞳にためらいの色を一切浮かべず、まっすぐな光を宿していました。
「昨日のお話の続きを……聞かせてもらえますか」
「……お話?」
「あなたが怖いとおっしゃったこと。僕の想いが、嬉しいと感じてしまうと」
真正面から言われ、胸の奥が熱くなりました。
もう逃げ場はない。
私はキャンバスに手を伸ばしかけたけれど、結局、筆を握ることはできませんでした。
「ユリウス……あなたの熱が、もう私の氷を溶かしてしまったのかもしれません」
私の言葉に、彼の目が驚きに揺れました。
「……じゃあ」
一歩近づいたユリウスが、迷うことなく私を抱きしめました。
「っ……!」
胸の鼓動が、彼の熱と重なる。
ただ触れ合うだけで、十年分の想いが押し寄せてくるようでした。
「ありがとう……セレナ様。やっと、やっと届いた」
背中に回された腕が震えているのを感じると、私の方こそ涙が溢れそうになってしまいました。
「これからは……弟子とか師匠とか、そういう枠を越えてほしい」
「……恋人として?」
「はい。一人の男として、あなたを隣に迎えたい」
その真摯な瞳から逃げずに、私はうなずきました。
「ええ……私も。あなたを、特別に思っているわ」
答えた瞬間、彼の顔がぱっと綻び、そして再び私を強く抱きしめてきました。
その腕に包まれながら、ようやく心から「安らぎ」という言葉を実感した気がしました。
それからの日々。
私のキャンバスには、自然とユリウスの姿が描かれるようになっていました。
椅子に腰かける姿、笑う横顔、時に嫉妬する不器用な表情さえも。
「セレナ様、僕ばかり描いて飽きませんか?」
「いいえ。あなたこそが、いま一番描きたいものだから」
照れて目を逸らす彼。その仕草すら恋しくて、筆が止まらなくなる。
二人で過ごす時間が重なっていくほど、私の絵には色が増していったのです。
夕暮れのアトリエで、ユリウスが私の手を取りました。
「十年前、離れなければならなかった時、僕は誓ったんです。もう一度必ずここに戻って、あなたの隣に立つと」
その言葉に、私は微笑みを返しました。
「なら、私も。――これからの未来を、あなたと共に描いていくと」
静かに触れる唇。
柔らかな温もりが、絵では描ききれないほど鮮やかに胸に焼きつきました。
【完】
私は鏡の前で、長い間張りつけてきた「氷の画家」の顔を思い出していました。冷ややかで、感情を滲ませない仮面。
けれど今は――頬が少し赤らみ、心が柔らかくほどけている。
「……もう、隠せないわね」
小声で笑ったとき、控えめなノック音が響きました。
「セレナ様」
「……どうぞ」
扉を開けて現れたのは、やはり彼。
ユリウスは、その琥珀色の瞳にためらいの色を一切浮かべず、まっすぐな光を宿していました。
「昨日のお話の続きを……聞かせてもらえますか」
「……お話?」
「あなたが怖いとおっしゃったこと。僕の想いが、嬉しいと感じてしまうと」
真正面から言われ、胸の奥が熱くなりました。
もう逃げ場はない。
私はキャンバスに手を伸ばしかけたけれど、結局、筆を握ることはできませんでした。
「ユリウス……あなたの熱が、もう私の氷を溶かしてしまったのかもしれません」
私の言葉に、彼の目が驚きに揺れました。
「……じゃあ」
一歩近づいたユリウスが、迷うことなく私を抱きしめました。
「っ……!」
胸の鼓動が、彼の熱と重なる。
ただ触れ合うだけで、十年分の想いが押し寄せてくるようでした。
「ありがとう……セレナ様。やっと、やっと届いた」
背中に回された腕が震えているのを感じると、私の方こそ涙が溢れそうになってしまいました。
「これからは……弟子とか師匠とか、そういう枠を越えてほしい」
「……恋人として?」
「はい。一人の男として、あなたを隣に迎えたい」
その真摯な瞳から逃げずに、私はうなずきました。
「ええ……私も。あなたを、特別に思っているわ」
答えた瞬間、彼の顔がぱっと綻び、そして再び私を強く抱きしめてきました。
その腕に包まれながら、ようやく心から「安らぎ」という言葉を実感した気がしました。
それからの日々。
私のキャンバスには、自然とユリウスの姿が描かれるようになっていました。
椅子に腰かける姿、笑う横顔、時に嫉妬する不器用な表情さえも。
「セレナ様、僕ばかり描いて飽きませんか?」
「いいえ。あなたこそが、いま一番描きたいものだから」
照れて目を逸らす彼。その仕草すら恋しくて、筆が止まらなくなる。
二人で過ごす時間が重なっていくほど、私の絵には色が増していったのです。
夕暮れのアトリエで、ユリウスが私の手を取りました。
「十年前、離れなければならなかった時、僕は誓ったんです。もう一度必ずここに戻って、あなたの隣に立つと」
その言葉に、私は微笑みを返しました。
「なら、私も。――これからの未来を、あなたと共に描いていくと」
静かに触れる唇。
柔らかな温もりが、絵では描ききれないほど鮮やかに胸に焼きつきました。
【完】
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