【完結】香りの令嬢は追放されたけど、王子に溺愛されています ~元婚約者に無能と罵られた私、香りの魔法で国を救いました~

朝日みらい

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第3章:白き香花の少女

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 王都の夜は、静かで寒かったです。

 舞踏会に呼ばれなくなってから、季節がひとつ過ぎました。

 リシェル・アーデン――“香りに敗れた令嬢”と呼ばれるようになっていたわたしは、屋敷の庭にある温室で香の研究を続けていました。

 誰かに評価されるためでもなく、伯爵家の名誉のためでもなく。

 ただ、わたし自身が香りと向き合いたかったから。

「香りだけは、わたしの心を裏切らない……」

 摘みたての“月の花”を小瓶に詰めながら、思わずそう呟きました。

 “月の花”――白い薄花びらが夜にだけそっと開き、甘く静かな香りを放つ小さな花。光にも影にもなりきれない、孤独な香り。

 でも、どこか自分に似ているようで……好きなのです。



「ごめんなさい! それ……触らないほうが……!」

 市場の花屋で、わたしは思わず声をあげてしまいました。

 花の棚に手を伸ばそうとしていたのは、か細く背の低い、ひとりの少女でした。よく見れば、息も浅く、顔色も青白い……病弱そうな雰囲気です。

「あ……ごめんなさい。きれいだったから、つい……」

 彼女は慌てて手を引っ込め、胸元で咲きかけの花をそっと抱えました。

 わたしはふと、カバンから香袋を取り出して差し出しました。

「よろしければ、これを。お守り代わりに使ってみてください」

 少女は目を丸くして、香袋を受け取ってくれました。

「……すごい。甘くて、あったかくて、なんだか落ち着きます」

「それ、“月の花”から作った香りなんです。きっと、よく眠れると思いますよ」

 その場面が、なぜか胸に残りました。
 香りを受け取った人が、こんなに素直に“好き”って言ってくれたのは、初めてだったのです。



 その夜遅く。

 わたしの屋敷を、ひとりの婦人が訪ねてきました。

 開けた扉の向こうで、彼女は涙ぐんで言いました。

「娘が、数か月ぶりに穏やかに眠れたのです……あなたの香りのおかげです」

 聞けば、あの少女――カティアちゃんは長く病気を患い、夜は夢でうなされ、眠れない日々が続いていたのだそうです。

 香袋を枕元に置いたその晩だけは、カティアちゃんは静かに、すやすやと息をしながら眠っていたと。

「……これは、ただの香りではないわ。癒しの力があるのだと、私は思います」

 その言葉を聞いた瞬間。

 胸の奥に、小さな光が灯った気がしました。

 (わたしの香りが……誰かの心に届いた)

 それは、誰かを“癒す”のではなく、自分自身が“癒された”瞬間でした。



 それから数日。

 カティアちゃんはわたしの温室に遊びに来るようになりました。

「この花、もっと咲いてくれるといいなぁ」

「そうですね。じゃあ、花に話しかけましょうか。『綺麗に咲いてね』って」

 花の世話を手伝ってくれたり、小瓶にラベルを貼ってくれたり。彼女の無邪気な笑顔に、温室の空気は少し明るくなりました。

 香りは、見えないけれど確かな手触りで、人と人をつないでくれる――

 カティアちゃんとの時間が、そう教えてくれたのです。



 ある日、彼女がふと尋ねてきました。

「リシェルさんは、どうして香りを作るんですか?」

 わたしは少し悩んでから答えました。

「誰かの心に寄り添いたくて……でしょうか。香りは、言葉にできない想いも伝えてくれると思うんです」

「うん……わかる。わたしも、この香りがあると、お母さんにギュッと抱きしめられたみたいな気持ちになるから」

 その瞬間、涙がにじみました。
 誰かと“同じ気持ち”を分かち合えること――それがこんなに温かいなんて、知りませんでした。

(香りは、孤独なものじゃなかった)

 その気づきが、わたしの香りに、ほんの少しだけ“希望”の成分を加えてくれた気がします。
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