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わたしは、 侯爵令嬢のメルテル・アーセル。王立学園高等科の三年生になってしまった。
卒業まであと半年で、わたしは誰かと婚約しなくてはいけない。
たいていのこの国の貴族たちは、一部の学者を目指す者はともかく、高等科を卒業する18歳になったら、それぞれの家どうしが結婚するのが通例なのだ。
それに、社会の最高位である王族から公爵、侯爵、男爵家までに至る身分制度は、学生の身分であれば対等で接することができる風土があった。
つまり、学生だったら、王族の王子様であっても、男爵令嬢でも恋愛結婚する機会はあるっていうことになる。
それなのに、わたしは生来の人見知りで、絵ばかり描いていたから、これまで異性と声をかけることすらできなかった。声かけもできないなら、付き合うことなんて、できるはずはない。
だから、お父様の祖母からの言葉がいつもこうなのだ。
昨夜の夕食のときだって、お父様とお母さまがいらっしゃる手前で、
「アーセル侯爵家の娘が、いまだに婚約者がいまだ婚約者がいないなんて。お前にはわたしが縁談をもってきてあげるわよ。それもお嫌なの」
と、おっしゃるのだ。
「嫌だというのではなくて……、その」
「はっきり言いなさい。毎日、部活にも入らず、お友だちと遊びにも行かず、自分の部屋で絵ばかり描いて、恋愛結婚なんてできないでしょう? もっと何か外に出て行かないと」
「す、すみません」
おどおどするわたしの姿が、祖母の気に障ったのだろう。わかってはいるのだけれど、どうすればいいのか、わからない。だから、反射的にうなずく癖がついた。
いつもその会話に、お父様はだまっている。お父様がだまっていれば、お母さまも何も言わない。お父様は実のお母さまには盾突けないのは、おばあさんがもってきた縁談でお母さまと結婚したからだ。
お母さまは、公爵家のご令嬢で、王族とのつながりも深い家柄で、家の格式も上がった。つまり、家の家族は、祖母にはだれも盾突けないわけだ。
「いいかい、メルテル。結婚は、家と家との縁談が一番いいのよ。そこからたがいの愛をはぐくめばいいのよ。わたしも、そのようにして、このアーセル家に嫁いできたの。恋愛結婚なんて夢みてはだめよ。結婚してから恋愛をすればいいのですからね」
「……は、はあ」
「わたしはね、あなたのことを思って言っているのですよ」
「……は、はい。わかっています」
「そう? あのね、わたしもあなたのように人見知りだったのよ。そんなわたしにも、あなた頃の年頃に好きな人ができたの」
「え?」
思わず頭をあげると、祖母はなつかしそうに、どこか遠くを見つめる。
「でも、ダメだった。彼は親に決められた女性と結婚した。確かに、一目ぼれだったけれど、わたしも恋愛経験が少なすぎたから、本当に彼を愛していたかさえ、確証が持てなかった。そして、彼が結婚してから、ハッとして泣いたわ。それだけよ。恋愛なんて、そんな夢幻みたいなものよ」
「……夢幻、ですか」
わたしの脳裏に、同学年の男爵令息フェリス・オークランドの顔が浮かんだ。
彼は毎日、昼休みにグラウンドで騎士団に入るために、走り込みをしている。そんな彼の姿がまぶしくて、わたしはいつもお弁当を食べてから、運動場の外の花壇の物陰から、紙にスケッチをしていた。
そんなことを、もう2年も続けている。もちろん、家族にも、友達にも、だれにも内緒だ。
「いいこと、メルテル。卒業式前までに、自分で婚約者を見つけられなければ、わたしがあなたにふさわしい人を決めますから。そのおつもりでね」
「は、はい」
わたしは、かしこまって、うなずいた。
卒業まであと半年で、わたしは誰かと婚約しなくてはいけない。
たいていのこの国の貴族たちは、一部の学者を目指す者はともかく、高等科を卒業する18歳になったら、それぞれの家どうしが結婚するのが通例なのだ。
それに、社会の最高位である王族から公爵、侯爵、男爵家までに至る身分制度は、学生の身分であれば対等で接することができる風土があった。
つまり、学生だったら、王族の王子様であっても、男爵令嬢でも恋愛結婚する機会はあるっていうことになる。
それなのに、わたしは生来の人見知りで、絵ばかり描いていたから、これまで異性と声をかけることすらできなかった。声かけもできないなら、付き合うことなんて、できるはずはない。
だから、お父様の祖母からの言葉がいつもこうなのだ。
昨夜の夕食のときだって、お父様とお母さまがいらっしゃる手前で、
「アーセル侯爵家の娘が、いまだに婚約者がいまだ婚約者がいないなんて。お前にはわたしが縁談をもってきてあげるわよ。それもお嫌なの」
と、おっしゃるのだ。
「嫌だというのではなくて……、その」
「はっきり言いなさい。毎日、部活にも入らず、お友だちと遊びにも行かず、自分の部屋で絵ばかり描いて、恋愛結婚なんてできないでしょう? もっと何か外に出て行かないと」
「す、すみません」
おどおどするわたしの姿が、祖母の気に障ったのだろう。わかってはいるのだけれど、どうすればいいのか、わからない。だから、反射的にうなずく癖がついた。
いつもその会話に、お父様はだまっている。お父様がだまっていれば、お母さまも何も言わない。お父様は実のお母さまには盾突けないのは、おばあさんがもってきた縁談でお母さまと結婚したからだ。
お母さまは、公爵家のご令嬢で、王族とのつながりも深い家柄で、家の格式も上がった。つまり、家の家族は、祖母にはだれも盾突けないわけだ。
「いいかい、メルテル。結婚は、家と家との縁談が一番いいのよ。そこからたがいの愛をはぐくめばいいのよ。わたしも、そのようにして、このアーセル家に嫁いできたの。恋愛結婚なんて夢みてはだめよ。結婚してから恋愛をすればいいのですからね」
「……は、はあ」
「わたしはね、あなたのことを思って言っているのですよ」
「……は、はい。わかっています」
「そう? あのね、わたしもあなたのように人見知りだったのよ。そんなわたしにも、あなた頃の年頃に好きな人ができたの」
「え?」
思わず頭をあげると、祖母はなつかしそうに、どこか遠くを見つめる。
「でも、ダメだった。彼は親に決められた女性と結婚した。確かに、一目ぼれだったけれど、わたしも恋愛経験が少なすぎたから、本当に彼を愛していたかさえ、確証が持てなかった。そして、彼が結婚してから、ハッとして泣いたわ。それだけよ。恋愛なんて、そんな夢幻みたいなものよ」
「……夢幻、ですか」
わたしの脳裏に、同学年の男爵令息フェリス・オークランドの顔が浮かんだ。
彼は毎日、昼休みにグラウンドで騎士団に入るために、走り込みをしている。そんな彼の姿がまぶしくて、わたしはいつもお弁当を食べてから、運動場の外の花壇の物陰から、紙にスケッチをしていた。
そんなことを、もう2年も続けている。もちろん、家族にも、友達にも、だれにも内緒だ。
「いいこと、メルテル。卒業式前までに、自分で婚約者を見つけられなければ、わたしがあなたにふさわしい人を決めますから。そのおつもりでね」
「は、はい」
わたしは、かしこまって、うなずいた。
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