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 昨晩のそんなことを思い出しながら、わたしは王立学園の中庭の、陽の当たるお気に入りのベンチで、昼食のハムとトマトのサンドイッチを食べ終えた。

 それから、昼休みの残り時間は、絵を描こうと校庭のグラウンドにある木陰に移動した。ちゃんと、お尻が汚れないように布のシートを岩に敷き、革カバンから落書き手帳と木炭を取り出して、スケッチを始める。

 しかし、その時、わたしは何も気づいていなかった。頭上に、大きなハチの巣があったなんてことなんて——。

 いつも通り、フェリスは短い栗色の髪をなびかせながら、運動場の白線をかけてゆく。

 端正な顔つきに、スラリとした体躯。男爵家でありながら、騎士の家柄であるだけあって、分厚い胸板や筋肉で膨れた腕、足が太くたくましい。

 本当なら動いてほしくない。ポーズをとって、わたしの面前に立っていてほしい。そうしたら、もっと上手に彼を描けるはずなのに。ちょっとでも、こっちを見てくれたら、顔だって……。

 そう、心の中でお願いをしていたら、いつもは前しか向いていない彼が、ふいに、わたしの方を見たのだ。

 えっ、まさか、と思って、慌てたのがいけなかった。わたしはとっさに恥ずかしさに頭に血が上ってしまい、その場から逃げてしまいたいと思ったのだ。

 そして立ち上がった時、頭にハチの巣が接触して、群がってきた蜂が眼前を覆った。



「大丈夫かい」

 暗闇の中から声がした。

 この声は、あこがれの男爵令息フェリス・オークランド様のだ。わたしは、今、彼の腕の中に抱きかかえれているのだ。

 ああ、恥ずかしい。このまま、死んでしまいたい。

 彼にのぞき見をしていたのを見つかってしまったのだから。でも、いつまでも寝ているわけにもいかない。

 おそるおそる目を開ければ、うるわしい顔が見えて、意識が飛んでいきそうになる。

 切れ長の目が素敵だ。拝んでしまいたくなる。

 「あ、あのう」

 緊張のあまり、意識が詰まってしまう。しかし、フェリスは笑うことなく、わたしが続きを言うのを待っている。

「す、すみませんでした」

 あたふたと彼の腕から抜け出すと、わたしはあわてて校舎の時計塔を見た。

「ごめんなさい。お昼時間が過ぎてしまっています。授業に遅刻してしまっています」

「そんなことないですよ。倒れたのを気づいてよかった」と、フェリスは首を振りながら微笑んで、

「きみ、隣のBクラスのメルテル様ですよね。絵がお上手です」といった。

「……なぜ、わたしの名前とクラスを?」

「きみが見てることは、きづいていたから」

 彼から手帳を差し出され、胸が苦しくなって、顔を伏せた。顔が赤くなっているのを、気づかれたくなかったから。

「本当にだいじょうぶ? 保健室の先生を呼ぼうか?」

「け、け、結構です。ありがとうございました。し、失礼します」

わたしは、一目散に校舎に向かってかけだした。
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