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 こうした日々が続いていた休日の午後、祖母に呼ばれた。

 彼女の部屋は、屋敷の一階の、日当たりのよい場所にある、落ち着いた淡いグリーンの内装だった。

 ソファーをすすめられながら、

「どう? 婚約できそうな方はいらっしゃるの?」

と、祖母にきかれる。

「気になっている人はいますが……」

「もう話はついているのかしら」

「今はまだ」

 フェリス様のことは異性としてずっと意識しているけれど、はっきりと自分の気持ちを告げられない。

「やはり卒業まで待たずに決めた方がよろしいわね」

「……まだ、待っていただけないでしょうか」

「アスタルテ公爵家から縁談のお話が舞い込んでいるの。あの家とは縁があるから、ぜひ受けようと思うのよ」

「おばあさま……」

「あなたより1歳年上なの。ご卒業して、王家の法務局で安定したお仕事をされているの。とてもまじめで誠実な方らしいわ。一度、会ってみなさいよ。安定した生活が約束されているわ」

「でも、わたし、まだ……」

「自覚なさい。あなたは、アーセル家の格式ある家の娘なのよ。お相手だって、それ相応の格式ある家に嫁ぐ必要があるの。そのような高貴な方が、引っ込み思案で絵ばっかり描いているお前を求めているの。もう卒業まであまり時間はありませんし」

「……それはそうですけれど」

 ぎゅっと、息をひそめる。探したいというより、目の前にフェリス様がいる。でも、婚約は自分の意志だけで決まるものでもない……。

「あなたが、一度恋愛をしてみたいという気持ちはわかるつもりですよ。けれどね、結局は幻想にすぎないの。若いあなたには、何もわからない。経験がある親の言う通りにすれば、なにも悩むことも失敗することなく、平安に生きていけるものなの」

 祖母の心遣いは理解できた。けれど、まだ心の中は受け入れられなかった。

「まだ気持ちが整理できません。できればお断りなさって……」

「断るですって? それはできません。二週間後の休日、メイン湖畔のレミングズ・ホテルでお会いすることに決めていますからね。会うだけでも会いなさい。わかりましたね」

「……は、はい」

 わたしは、会釈して、退室した。

 会うだけで、済みそうにはどう考えてもむずかしいそうだった。
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