【完結】神の花嫁はもう我慢しない~婚約破棄された令嬢、真実の愛と自由を手に入れるまで~

朝日みらい

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第7章:王都に舞う白の奇跡

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 リースティア王都――

 わたしが王宮を去ってから、数週間が過ぎていた。
 その間、王宮の空気はいつもと変わらぬ日々が流れ、わたしもまた、その中で静かに過ごしていた。
 ところが、数週間ぶりに届いた王宮からの報せは、予想もしていなかった形で戻ってきた。

「リースフェルト領の温室で、ミューゼリアが……開花したと?」

 その報告を受け取ったのは、宰相エグゼル・ライグレイ閣下だった。
 厳格で冷徹な表情を崩さず、しかしその言葉に込められた驚きは隠しきれずに、間違いなく伝わってきた。

「枯れたはずの祝福の花が、再び咲いた……そう庭師より緊急伝令が届きまして」

 国王エルマー三世がその言葉を聞き、玉座の間の空気が一瞬で凍りつくような静けさに包まれた。
 臣下たちが息を呑む中、国王の顔が一瞬、厳しく歪んだことをわたしは感じた。

「それが本当であれば、セシリア嬢の祝福は……“消えてなどいなかった”ということか?」

 国王のその問いかけが、広間の空気を一層冷徹にした。
 それは、ただの花が咲いただけの事実ではなく、王国の行く末を左右しかねない大きな問題がここに存在することを意味していた。

 一方、わたしの知らぬところで、王宮では殿下とミレーネ嬢との婚約を進めようとしていた手続きが、報せを受けて一時停止となったという。
 当たり前だ、と思った。
 もしも、祝福を失った花嫁を廃して、新たな“加護の芽”を育てようとしている最中に、旧花嫁の祝福が突然花開いたとなれば、それは王宮にとっては大変に面倒な話であったに違いない。

 

 それでも――

 その晩、クラリスに問われた一言が心に残る。

「ジークハルト殿下は、驚かれましたか?」

 わたしは少し首を傾げた。
「……いえ、殿下って、わたしの人生の途中で感情を出したこと、ほとんどないもの」

 わたし自身も、彼のことをよく知っているわけではなかった。
 彼は、いつも冷徹で、感情をむき出しにすることがほとんどない人物だった。

「それでも、今回ばかりは……」

 クラリスがその言葉を続けると同時に、王宮からの使者が静かに訪ねてきた。

「セシリア・リースフェルト嬢に、王室より正式な召喚の書状が届きました」

 その使者が差し出したのは、きちんと折られた紙で、封蝋には王家の紋章が押されていた。
 手紙の内容は、簡潔でありながらも重々しく、まるで裁定を下されるかのような雰囲気を漂わせていた。

 そこには、“王宮への招致、および祝福確認の儀式準備に関する通知”とあり、わたしは少し眉をひそめた。

(儀式……祝福の、確認)

 まるで、わたしの存在が一つの“検査”の対象になったような、そんな気がした。
 けれど、わたしはそのすべてを受け入れる覚悟を決めていた。

「……行きましょう。わたしの花が咲いたことを、否定されないために」

 その言葉を、わたしは心の中で静かに呟いた。
 これが、わたしにとっての新たな証明であり、歩みを止めるわけにはいかないのだと。

 

 そして、王宮へ戻るその日。
 わたしはかつての花嫁装束ではなく、温室に似た白と緑のドレスを選んだ。
 自分らしく、祝福らしく、そして誰かのためでなく“自分のために咲く”ための服装で。

 王宮に入場すると、周囲の人々がざわめき、驚きの視線を投げかけた。
 殿下の顔に変化はなかった。
 けれど、目の前でそのまま黙っている彼の姿からも、彼が感じている何かを、わたしは読み取らずにはいられなかった。

 そして、その瞬間――

「……ならば今度は、“王家に仇なす裏切り者”として追い詰めるだけです」

 その声が、遠くからひときわ冷徹に響いた。
 わたしはその言葉を、はっきりと耳にした。

(祝福を失ったわたしに、王妃の座を譲っておいて。今度は、“危険な希望”として扱うのね)

 彼の冷たい言葉が、心に深く突き刺さった。
 それでも、わたしはもう、誰かの期待に応えようとすることはない。

 ――わたしは、わたし自身のために咲く。
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