1 / 15
第1章:死んだ目の聖女、捕虜になる
しおりを挟む
目が覚めると、天井が黒かった。
ああ、そうだ。わたし、捕まったんでした。
「……はぁぁ」
ため息が、うっかり三回くらいループしてしまいそうになるのをどうにか抑えながら、わたしは硬い石床の上で体を起こしました。
ここは魔王軍本拠地、通称・魔王城。その奥にある、囚人のための地下牢です。
百年続いた戦争の和平の象徴として、人間側から“癒しの聖女”であるわたし、リュミエール・セレスタが婚約を破棄され魔族側へ「贈与」されました。ええ、贈与って何? って思いましたけど、言われるままです。
「使い古しの聖女って、何に使うつもりだったんでしょうね……」
ぼやきながら、鉄格子越しの壁を見つめていたそのとき。
「貴様が“癒しの聖女”か」
ゴウン、と牢の扉が開き、どこからどう見ても“ラスボス”的な風格を持った男性が現れました。身長はゆうに二メートル、全身漆黒の鎧に身を包み、銀の髪が炎のように揺れています。目つきは鋭く、まるで何もかも見透かすような……。
ああ、間違いありません。この人こそ、魔族最強にして“冷酷無比”と恐れられる将軍、カイル・ノクティスさまです。
お噂はかねがね。どうやらわたし、尋問されるようです。
「……もう戦う気力とか、ないんで。適当にどうぞ……」
「…………」
カイル将軍の顔が、引きつっているのがわかりました。あ、思ってたリアクションと違いましたか?
「……貴様、捕虜の自覚はあるのか?」
「ありますよぉ……戦争終わったし、わたしもうお役御免ですし……はい……」
うっすら笑みを浮かべたまま答えると、将軍はこめかみに青筋を浮かべてうめきました。
「お前、本当に聖女か……? 死んだ魚の目をした抜け殻みたいな顔をして……!」
「よく言われます……最近じゃ“干からびたマリネ”とか“冬を越せなかったリス”とか……あ、でもマリネはちょっと美味しそうですね……」
「……くっ……これは想定外……!!」
カイル将軍が頭を抱えました。
すみません、聖女のくせに取り扱いに困って。
でも本当に、わたしにはもう、戦う理由も希望も残っていないのです。
かつては、癒しの奇跡で前線の兵たちを救い、笑顔を届けてきたわたしですが、それも限界でした。仲間たちは次々と倒れ、和平のためだと“交換”され……。
ああ、なんだか眠くなってきました。
「聖女、お前……何か食べたか?」
「さっき、パンの耳をいただきました。乾燥気味でちょっとアゴが鍛えられました」
「……紅茶は?」
「え?」
唐突な質問に、わたしはぽかんとします。紅茶? ええと、最後に飲んだのは……三ヶ月前くらいでしょうか。上等なダージリンに蜂蜜を落として、ふうっと息を吹きかけて……。
「……飲みたいですか?」
ぽつりとそう言うと、カイル将軍の目が見開かれました。
「なぜわかる!?」
「いえ、なんとなく……あの、わたしも、飲みたいなって……思っただけで……」
自分でも驚きでした。ずっと無気力だった心が、ほんの少しだけ動いた気がしたのです。
紅茶……飲めたらいいなあ。そう思った瞬間、ぐぅ、とお腹が鳴りました。
「…………」
「…………」
「……よし、茶を用意する。すぐだ!!」
「えっ!? 尋問って紅茶つきだったんですか!? 魔族ってやさしい……」
「ちがう! これは尋問だ!! 尋問なのだ!! 断じて茶会ではない!!」
真っ赤な顔で叫ぶ将軍を見て、思わずくすっと笑ってしまいました。
あれ、わたし……今、笑った……?
もしかしたらこの牢屋、そんなに悪くないのかもしれません。
そんな風に思った瞬間でした。
ああ、そうだ。わたし、捕まったんでした。
「……はぁぁ」
ため息が、うっかり三回くらいループしてしまいそうになるのをどうにか抑えながら、わたしは硬い石床の上で体を起こしました。
ここは魔王軍本拠地、通称・魔王城。その奥にある、囚人のための地下牢です。
百年続いた戦争の和平の象徴として、人間側から“癒しの聖女”であるわたし、リュミエール・セレスタが婚約を破棄され魔族側へ「贈与」されました。ええ、贈与って何? って思いましたけど、言われるままです。
「使い古しの聖女って、何に使うつもりだったんでしょうね……」
ぼやきながら、鉄格子越しの壁を見つめていたそのとき。
「貴様が“癒しの聖女”か」
ゴウン、と牢の扉が開き、どこからどう見ても“ラスボス”的な風格を持った男性が現れました。身長はゆうに二メートル、全身漆黒の鎧に身を包み、銀の髪が炎のように揺れています。目つきは鋭く、まるで何もかも見透かすような……。
ああ、間違いありません。この人こそ、魔族最強にして“冷酷無比”と恐れられる将軍、カイル・ノクティスさまです。
お噂はかねがね。どうやらわたし、尋問されるようです。
「……もう戦う気力とか、ないんで。適当にどうぞ……」
「…………」
カイル将軍の顔が、引きつっているのがわかりました。あ、思ってたリアクションと違いましたか?
「……貴様、捕虜の自覚はあるのか?」
「ありますよぉ……戦争終わったし、わたしもうお役御免ですし……はい……」
うっすら笑みを浮かべたまま答えると、将軍はこめかみに青筋を浮かべてうめきました。
「お前、本当に聖女か……? 死んだ魚の目をした抜け殻みたいな顔をして……!」
「よく言われます……最近じゃ“干からびたマリネ”とか“冬を越せなかったリス”とか……あ、でもマリネはちょっと美味しそうですね……」
「……くっ……これは想定外……!!」
カイル将軍が頭を抱えました。
すみません、聖女のくせに取り扱いに困って。
でも本当に、わたしにはもう、戦う理由も希望も残っていないのです。
かつては、癒しの奇跡で前線の兵たちを救い、笑顔を届けてきたわたしですが、それも限界でした。仲間たちは次々と倒れ、和平のためだと“交換”され……。
ああ、なんだか眠くなってきました。
「聖女、お前……何か食べたか?」
「さっき、パンの耳をいただきました。乾燥気味でちょっとアゴが鍛えられました」
「……紅茶は?」
「え?」
唐突な質問に、わたしはぽかんとします。紅茶? ええと、最後に飲んだのは……三ヶ月前くらいでしょうか。上等なダージリンに蜂蜜を落として、ふうっと息を吹きかけて……。
「……飲みたいですか?」
ぽつりとそう言うと、カイル将軍の目が見開かれました。
「なぜわかる!?」
「いえ、なんとなく……あの、わたしも、飲みたいなって……思っただけで……」
自分でも驚きでした。ずっと無気力だった心が、ほんの少しだけ動いた気がしたのです。
紅茶……飲めたらいいなあ。そう思った瞬間、ぐぅ、とお腹が鳴りました。
「…………」
「…………」
「……よし、茶を用意する。すぐだ!!」
「えっ!? 尋問って紅茶つきだったんですか!? 魔族ってやさしい……」
「ちがう! これは尋問だ!! 尋問なのだ!! 断じて茶会ではない!!」
真っ赤な顔で叫ぶ将軍を見て、思わずくすっと笑ってしまいました。
あれ、わたし……今、笑った……?
もしかしたらこの牢屋、そんなに悪くないのかもしれません。
そんな風に思った瞬間でした。
21
あなたにおすすめの小説
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
うっかり結婚を承諾したら……。
翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」
なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。
相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。
白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。
実際は思った感じではなくて──?
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる