二人の之助ー続ー

河村秀

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三章ー奉行所からの依頼ー

反乱の兆し

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それから七日間、優之助は軟禁状態から幽閉状態へとなった。
身体拘束はされていないが、常に監視がついており、理精流の敷地から出られない。

毎日毎日退屈していたが、七日目の朝、道場内へ来るように言われた。

道場に入ると五十人を超える道場生達は正座して、皆の前に一人立つ荒巻を見据えていた。

優之助も端に座る。
それを見て荒巻が声を上げた。

「皆さん、よく集まってくれました。いよいよ今日と言う日が来ました。奉行所を潰し、代わって我々が京の治安を守る日が。日頃より我々が思っている事がようやく実現するのです」

荒巻の言葉に目を輝かしている者が多いが、緊張な面持ちをした者、不安な顔をした者もいる。

一枚岩ではないのだろうか。
志は同じでも、奉行所を潰すとなるとやり過ぎだと感じている者も中にはいるかもしれない。

しかしこの状況で誰が言い出せるだろうか。

「荒巻先生、本当に大丈夫でしょうか。奉行所を潰しにかかるとなると、こぞって制圧される事になります。奉行所は嫌いですが、潰すまでの事でしょうか。今のままではいけないのでしょうか」

気丈にも、いつか共に仕事をした松本が立ち上がって言った。
荒巻の目が鋭くなる。

「松本君は私が間違えていると言いたいのかね」
「いや、そう言う訳ではないんです」
「じゃあどう言う訳なのかね。君は命懸けで集まっているここの仲間に対して何も思わないのかね」

道場生が幾人か松本を睨みつける。

「申し訳ございません。私も命を懸けて使命を果たします」

松本はそう言うと萎れるように座った。

「わかってくれればいいんだ。君の心配する事もわかる。大義も無ければ反乱と見做され制圧されるのではと心配にもなるだろう。それは大丈夫だ。今日と言う日だから明かそう。我々は奉行所を制圧できると、江戸が直轄する京の治安部隊となる。ある有力者にそのように手を回してもらっている。だが倒し切れなければそうはならん。大義を掲げられるかどうかは奉行所を潰せるかどうかにかかっているのだ」

道場内がざわついた。

江戸直轄の治安部隊と言う言葉に目を輝かせている。
こいつらほとんどが荒巻の狂気に毒されている。
とても着いていけない。

「先生、計画の方を」

一番前に座る羽田が促した。

羽田はどう思っているのだろうかと考えるが、考える間もなく、羽田は荒巻が言うと白いものでも黒くなるのだから何も考えていないだろう。

ただ何も考えず荒巻に着いて行き、荒巻の言う事を忠実に守る荒巻の犬だ。

「そうですね。では話しましょう」

荒巻は一つ頷くと話し出した。

まずは優之助と、監視兼密偵役として村井が奉行所へと駆け込む。

羽田のやり方に着いていけない事を話し、鈴味屋を襲撃する計画があると話す。
道場はもぬけの殻だと話し、鈴味屋へ奉行所の人間を出来るだけ多く向かわせ、二人も着いて行くよう交渉する。

一方、羽田を筆頭に三十人以上で鈴味屋へ詰めかける。
すでに到着済みの奉行所連中と一悶着後、島薗の方へと逃走し、決めておいた場所へと向かう。

そこで優之助と村井が隠れ場所を知っていると吹き込み、奉行所連中を誘導する。

うまく誘導した後は、奉行所連中を一網打尽にし、その勢いで人が少なくなった奉行所を、荒巻率いる理精流の中でも上位者を集めた十数名の少数精鋭部隊が襲撃し、占拠する。

いつも正面突破の伝之助にも聞かせてやりたい程練った計画であった。

外部に事の次第を伝えるならこの時だろうと思っていたが、村井が監視につくとなると難しい。
優之助が少しでも怪しい素振りを見せると村井は躊躇なく斬るだろう。

村井も羽田と同じく荒巻の言う事に対して右へ倣えだ。

命を顧みず告発してみてはと考えるが、考えるだけでとても実行する気になれない。
それに何かを言う前に斬られ、村井に優之助は密偵だったとされるともうどうしようもない。

それなら自然に振る舞ってここぞと言う時を探す方がいい。


優之助と村井は昼過ぎに出た。

村井には「少しでも怪しいと思ったら迷いなく斬る」と釘を刺される。

「村井さんは一番危険な役柄になりますけど怖くないんですか」

村井はうまく引き込んだとしても、誰よりも敵中にいる事になる。
つまり無事で済まない。

「覚悟は出来ている。お前が心配する事は無い」

村井の声は僅かに震えていたが、命を捨てるつもりなのはわかった。
優之助の事を敵と見做してか、村井もだが殆どの者が横柄な物言いとなった。

それ以降は何も話さず歩く。

間も無く奉行所が見えてきた。

村井は一度深呼吸し、「行くぞ」と言うと駆け出す。
優之助も後に続いた。

「すみません、助けて下さい」

村井がそれらしく駆け込む。

優之助は村井に任せようと思い、それらしくする村井の横で突っ立っていたが、激しく睨む村井に恐怖し、村井に倣って慌てて来た様子を作った。

「どないした」

門番が聞く。

「我々は理精流の者です。理精流の羽田が恐ろしい計画を立てています。私はもう着いていけないと、同じ思いを持っていた優之助さんと抜け出して来ました。早くしないと取り返しのつかない事になります」

村井が息せき切って言う。
門番は困っている。

「吉沢さんを呼んで下さい。今まで相談していたので、話が伝わると思います」

優之助が言うと、門番は一度中へ引っ込んだ。
と思うとすぐに戻ってきて入るよう促される。

そのまま門番の案内で一つの部屋へ通され、待つように言われた。

吉沢は程なくして現れ、「優之助、どないした」と入室するなり言った。

「羽田さんを止められませんでした。羽田さんが道場生を引き連れて、鈴味屋へ襲撃を掛けようとしてます。俺はこの村井さんの手引きで道場を抜け出し、同じくやり方に着いていけなくなった村井さんと共に逃げてきました」

頼む、何かに気付いてくれ――そう願いながら言った。

吉沢の奉行所としての勘に賭けるしかない。
きっと吉沢なら異変に気付く。
吉沢は優秀な奉行なのだ。

「荒巻はどうした」
「荒巻さんは……」

どうした事にすればいいのだろう。

「荒巻先生は道場を追いやられました」

村井が引き継いで言った。

本当は、荒巻はここを攻め込む後発部隊で控えている。

吉沢は探るように見る。

――そうや、その目や。もっと探ってくれ。

「荒巻は追いやられたんか」
「はい」

村井が俯いて答えた。

「荒巻はここ最近奉行所に相談に来てた。羽田を筆頭に道場生の歯止めが利かんとな。それがついに暴発した言う事やな」

「そうです。それで今日の夕刻、鈴味屋に襲撃を掛けると言うてました。俺と村井さんは何とか知らせなあかんと、奉行所に駆け込んだわけです。そう、何とか知らせようと」

何とか知らせるを強調した。
村井がちらっと見てきたが、あまり気にも留めていない様子だ。

「そうか。ご苦労やった。それじゃあ然るべき措置を取る」

吉沢も特に気にも留めていない様子で、疑う素振りもない。

ちくしょう、気付いてくれ。

「今頃理精流の道場はもぬけの殻です。早く鈴味屋へ人員を送って下さい。取り返しのつかない事になります。我々は命懸けで逃げてきたのです」

「気持ちはわかるけど、奉行所としてはほんまの事かどうか裏を取らなあかん」
「そんな時間はありません。奴らは今日の夕刻に攻め込むと言っていました。もう今は昼過ぎ、夕刻まで一刻(二時間)程です」

村井は必死だ。
何とか奉行所の人間を多数鈴味屋へ送り込まなければいけない。

「わかったわかった。夕刻には必ず間に合うようにする。ただ人が駆け込んだから言うて大量の人員は割かれへん。裏を取ってからやないと人は集められん。わかってくれ」

そりゃそうだろう。
でないと嘘の情報に振り回される。

「村井さん、吉沢さんの言う通りです。ここは任せましょう」

村井は訝しむ目を向ける。

優之助の行動一つ一つを疑っているのだろう。
だが疑われる程の事は残念ながら何も出来ていない。

「わかりました」

村井は折れた。
ここは問題ないと判断したのだろう。

「よし、まだ話を聞くからここにおれ。部下に指示を出すからちょっと外す。すぐ戻る」

吉沢は言うなり一度席を外す。
村井は耳元に口を近づけてきた。

「何も企んでいないだろうな」
「何を企む言うんですか。俺に何が出来る言うんです」

村井はしばし考え、「出来るだけ多く鈴味屋へ送れ。でないとお前を斬らねばならん」と言った。

話が違うやんけ――
「怪しい行動を取るな」から一つ注文が追加した。

村井だけではうまく誘導できないと感じているかもしれない。
確かに村井はあまり頭が良さそうでない。

「やれるだけやってみます」

そう言うしかない。
とは言っても、奉行自ら出向くわけはないし、奉行の補佐役である与力も出向く事は無い。

与力の部下である同心と、同心に雇われている岡っ引き、下っ引きをいくら引っ張れるかだが、岡っ引き達は奉行所に常駐している訳ではないから、奉行所内にいる同心をいくら引っ張れるかと言う事になるのだろうか。

だが同心をいくら引っ張っても、奉行所がもぬけの殻と言う事にはならない。
村井はその辺りの事はわかっているのだろうか。

「やってみますじゃない。命懸けでやれ。それと必ず俺達が着いて行くよう運べ」

注文がまた一つ追加された。
まあいい。どうせ断れないのだ。

「やれるだけやってみます」
「お前舐めているのか。だからやってみますじゃなくてやれといってるんだ」

村井が苛立たしげに言った所で吉沢が戻ってきた。
何事も無かったかのように姿勢を正す。

「理精流の道場と鈴味屋に偵察を向かわせた。追ってすぐ知らせが入るやろ。その間にもう少し話を聞こ」

吉沢は言いながら胡坐をかいて座った。

「で、荒巻はどう言う過程で失踪したんや」

優之助は村井の方を見た。
村井の目は「お前が話せ」と言っている。

お前が言うたくせに考えてなかったんかい……

仕方なく話し出す。

「あれはつい先日です。鈴味屋襲撃計画を知った荒巻さんが道場に皆を集めました。そこで羽田さんに詰め寄ったんです。けど味方してくれると思ってた道場生の皆は羽田さんに付きました。逆に追い詰められた荒巻さんは窮地に立たされ、今にも皆に斬り殺される勢いでした。俺と村井さんは呆然としました。あれだけ皆荒巻さんを慕ってたのに、今や暴走して荒巻さんでさえも排除しようとしてる。けど逸早く村井さんが我に返り、皆を止めました。ここまで皆を見てくれた義理がある。我々は侍やと。恩に報いる言う事で命だけは見逃す。ただし二度と京の土を踏むなと言う事にしてはどうかと言うたんです。皆考えた後に納得し、荒巻さんは道場を追われたんです」

我ながら弁が立つ。

いや、今は立たない方が良かったのか。

村井を横目で見ると満足気である。

ちくしょう、こいつを満足させる内容で喋ってもうた。

吉沢を見ると何やら考えている様子だ。

「そうか、そう言う事があったんやな。ところで優之助、お前は荒巻が追いやられるまでは荒巻と会ってたんか」
「そりゃあ理精流の道場で寝泊まりしてましたからね。毎日会ってましたよ」

厳密に言うと荒巻に会っていたのは幽閉されていた七日間で、それ以前は夜だけ顔を合わせたりとまばらであったが、そんな事は今どうでもいい。

「そちらさんは荒巻とはどのような経緯で?」

吉沢が村井に目を向ける。

村井は先程までの困った演技を忘れ、ぱっと顔を輝かせ胸を張る。

「私は荒巻先生が江戸にいた頃からの弟子で、共に江戸より参りました。荒巻先生の事は誰よりも慕っている自信があります」

自慢話をするかのようだ。

演技をするなら最後まできっちりしろと思うが、吉沢は鷹揚に頷いたのみで大して気にも留めていない。
逆に今はこの村井の粗相が有り難いが、吉沢に怪しむ気配はない。

「よっしゃわかった。俺らに任せとけ。鈴味屋に人を送ろ」
「吉沢さん、一つお願いがあるんです」

優之助はおずおずと言う。
自身のやるべき事をやらなければいけない。

「なんや」
「俺達も同行させて下さい」
「なんでや。危ないぞ」

吉沢が眉をひそめて返すと、村井が引き継いだ。

「こうなった責任の一端は私達にもあります。かつて仲間だった者達です。例え斬る事になっても私も彼らを止めたい」

勝手に優之助も含められ「私達」と言う。

村井は正座した膝を拳で叩いて俯くと嗚咽する。
ここぞとばかりの名演技だ。

「優之助も行くんか」
「俺は……」

断りたい。

村井を横目で見ると、俯いた顔から物凄い形相でこちらを見ていた。

「俺も行きます。行かせて下さい」

まだ死にたくない。

吉沢は一度目を瞑り、ぱっと開いた。

「わかった。準備が整ったら呼ぶから待機しとけ」

気まずいながらも村井と同室で待たされる。

半刻程で遣いが来て出る事となった。


外に出ると二十人程の男達がいた。

男達の中の多くは、岡っ引きと下っ引きである。
それに加え、本来奉行所が出るまでの事でもない事案を解決する時は町の自治に任されており、鈴味屋を守りたいとの事から普段町の自治を任されている男達も混じっているようだ。

奉行所に勤める同心達は人数に限りもあり、業務も多岐に渡るので人員を多数割けない。

やはり思った通りである。

しかし村井はこの人数を見て満足そうだ。
どうやらあまり奉行所内の事をわかっていない。

そこで見知った顔があった。
伝之助だ。

「伝之助さん」

呼びかけると伝之助が振り向く。

「おう優之助。お前も行くち聞いたど。いつも逃げ腰のお前が珍しかの」

さすが伝之助だ。中々鋭い事を言う。

普段なら腹の立つところだが、今回に至っては良い所に目を付けたと褒めてやりたい。

何か言いたいが、ぴったりと横につく村井の目線が痛い。

「ええ。俺も鈴味屋を救いたくてね」

気付いてくれと願う。

「そうか。ま、十分に気ぃつけっとじゃ」

伝之助は言うなり背を向ける。

おい、待て。行くな。
――優之助の願い虚しく、伝之助は吉沢を探しに行った。

ちくしょうあの阿保、肝心な時にいつもの疑り深さも中途半端かい。

優之助は心の中で悪態付いた。
行動に出すと村井に何をされるかわからない。

村井は優之助の一挙手一投足を見逃すまいと見ている。
気を抜けない。

「皆忙しいとこ悪いな。ほんなら鈴味屋に向かおか」

吉沢の一言で皆ぞろぞろと動き出す。

優之助は結局何も伝えられないまま鈴味屋へ向かう事となった。
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