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0.出会い。
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出会いは、もうすぐ夏になるという頃だった。
黒いランドセルを揺らしながら古い木造アパートに戻ってきた宮森煉は部屋の鍵を開ける。母子二人暮らしだった彼を日中は仕事をしている母が出迎えてくれることは無い。
だが、その日、扉を開けた煉は、動きを止めた。
室内は狭く、玄関を開けてすぐに見える台所の奥にある六畳一間に母と向かいあって座っている白髪を綺麗に結い上げた女が座っていた。真っすぐに伸びた背が印象的だった。
「戻ってきたようだね」
ゆっくりと振り向いたその女は60から70代だと思われた。能面のような感情を感じさせない顔で煉を見つめる。その女は母の母なのだという。つまり煉の祖母だ。
突然現れた母方の祖母に連れられ、新幹線と電車とバスを乗り継いで、人里離れた山間にある驚くほど小さな町にやって来た。
小さいとはいえその町並みは、旅行で行ったことがあった京都の祇園によく似ていた。とても風情のある町だった。石畳の道の左右には店が並んでいて、細工物の店が軒を連ねていた。ふと覗いた軒先の陳列棚には、子供の目から見ても緻密(ちみつ)で美しく、高価だと感じられる金細工が飾られていた。
その中でも、時折、光の加減で僅かに赤みを帯びた艶めかしい輝きを放ち、ぞくりとする美しさを秘めたものがあった。
「あれは、不思議な色……。でも、とても綺麗だ」
「おや、見る目があるようだね」
道中ずっと無口だった祖母が煉の見ていた金の櫛を背後から目を細めて見つめていた。
「……この輝きのお陰で、この町は成り立っている。まさに、命の色だよ」
しみじみとした声だった。その言葉の意味を煉は後で知ることとなる。
観光客がいても可笑しくないほど情緒があって美しい町なのに、人通りはほとんど無かった。静かな町の中を通り抜けると、色も鮮やかな朱色の欄干が見えた。橋の向こう側には、大きなお屋敷がある。時代劇でしか見たことがないような木製の大きく荘厳な門に驚く。それ以外は白い土塀がどこまでも続いているだけだった。
「どうかしたのかい?」
橋の手前で立ち止まってしまった煉に気づいた祖母が尋ねてきた。
「あっちは、何か違う世界みたいだ」
「どうやら、感もいいよだね」
どこに喜ぶ要素があったのか、祖母は煉を見つめながら僅かに口角を上げた。微笑んだ顔はやはり母に似ていると感じた。
「さあ、立ち止まっていないでついておいで」
再び歩き出した祖母の後ろ姿を追う。出会った時も感じたが、煉の祖母は、年を取っているとは思えないほど背筋がピンと伸び、足取りもしっかりとしていた。不思議な違和感を感じつつ煉は素直に祖母の後について橋を渡っていく。欄干の間からそっと下を覗けば、川面が日差しを受けキラキラと輝いていた。水は澄んでいて、小さな魚が気持ち様さそうに泳いでいるのが見える。
大きな門の前で見上げていると、門の横にある小さな勝手口から祖母が手招きする。大人が一人やっと通れるくらいの小さな勝手口をくぐり、手入れの行き届いた美しい日本庭園を横目に進んでいく。
屋敷の大きさと庭園の美しさに心を奪われ立ち止まっている間に祖母の姿を見失っていた。
「しまった! はぐれた……」
慌てて辺りを見渡せば、近くにあった竹製の柵の開いている事に気付いた。とりあえず中へ入って行く。
「間違っていれば戻ればいい」
名も知らない木々の間の小道を抜け少し開けた場所に出た途端、思わず煉は立ち止まる。
家屋の長く続く縁側に白い着物姿の子供がぼんやりと座っていたのだ。
まだ幼く、年齢は五、六歳ぐらいに見える。肩までの長さで切りそろえられた黒髪は艶やかで、時折吹く風に絹糸のように揺れている。肌の色は驚くほど白かった。蕾のような唇、小さな鼻、柔らかそうな可愛い輪郭、動かずにじっと座っている姿はまるで日本人形のように見えた。子供心に綺麗だと思った。
だが、その美しさは儚げで、なぜか悲しいと感じる。
「だれ?」
黒目勝ちの大きな目がこちらを向いている。まさに鈴を転がすような声で煉のことを聞いてくる。
しかし、突然現れた煉を見て怖がっている様子はない。ただじっと見ているだけだ。まるで時間が止まったような感じた事のない感覚に煉の方がただ茫然と立ち尽す。
突然、幼子と煉の間に誰かが立った。見覚えのある後ろ姿。
「おばあさん……」
煉の声には答えず、祖母は幼子の前で恭しく膝を付いた。
「申し訳ございません、ご当主様。この者は私の孫でございます。今参ったばかりで礼儀も知らず、大変失礼をいたしました」
突然居なくなった俺を探しに来たであろう祖母が低く頭を垂れ謝罪している。
『ごとうしゅ……?』
「さあ、おまえもご挨拶をなさい。この方は霧渓家のご当主、霧渓璃桜様だよ」
それが煉と、彼が生涯主としてお仕えすることとなる璃桜との出会いだった。
黒いランドセルを揺らしながら古い木造アパートに戻ってきた宮森煉は部屋の鍵を開ける。母子二人暮らしだった彼を日中は仕事をしている母が出迎えてくれることは無い。
だが、その日、扉を開けた煉は、動きを止めた。
室内は狭く、玄関を開けてすぐに見える台所の奥にある六畳一間に母と向かいあって座っている白髪を綺麗に結い上げた女が座っていた。真っすぐに伸びた背が印象的だった。
「戻ってきたようだね」
ゆっくりと振り向いたその女は60から70代だと思われた。能面のような感情を感じさせない顔で煉を見つめる。その女は母の母なのだという。つまり煉の祖母だ。
突然現れた母方の祖母に連れられ、新幹線と電車とバスを乗り継いで、人里離れた山間にある驚くほど小さな町にやって来た。
小さいとはいえその町並みは、旅行で行ったことがあった京都の祇園によく似ていた。とても風情のある町だった。石畳の道の左右には店が並んでいて、細工物の店が軒を連ねていた。ふと覗いた軒先の陳列棚には、子供の目から見ても緻密(ちみつ)で美しく、高価だと感じられる金細工が飾られていた。
その中でも、時折、光の加減で僅かに赤みを帯びた艶めかしい輝きを放ち、ぞくりとする美しさを秘めたものがあった。
「あれは、不思議な色……。でも、とても綺麗だ」
「おや、見る目があるようだね」
道中ずっと無口だった祖母が煉の見ていた金の櫛を背後から目を細めて見つめていた。
「……この輝きのお陰で、この町は成り立っている。まさに、命の色だよ」
しみじみとした声だった。その言葉の意味を煉は後で知ることとなる。
観光客がいても可笑しくないほど情緒があって美しい町なのに、人通りはほとんど無かった。静かな町の中を通り抜けると、色も鮮やかな朱色の欄干が見えた。橋の向こう側には、大きなお屋敷がある。時代劇でしか見たことがないような木製の大きく荘厳な門に驚く。それ以外は白い土塀がどこまでも続いているだけだった。
「どうかしたのかい?」
橋の手前で立ち止まってしまった煉に気づいた祖母が尋ねてきた。
「あっちは、何か違う世界みたいだ」
「どうやら、感もいいよだね」
どこに喜ぶ要素があったのか、祖母は煉を見つめながら僅かに口角を上げた。微笑んだ顔はやはり母に似ていると感じた。
「さあ、立ち止まっていないでついておいで」
再び歩き出した祖母の後ろ姿を追う。出会った時も感じたが、煉の祖母は、年を取っているとは思えないほど背筋がピンと伸び、足取りもしっかりとしていた。不思議な違和感を感じつつ煉は素直に祖母の後について橋を渡っていく。欄干の間からそっと下を覗けば、川面が日差しを受けキラキラと輝いていた。水は澄んでいて、小さな魚が気持ち様さそうに泳いでいるのが見える。
大きな門の前で見上げていると、門の横にある小さな勝手口から祖母が手招きする。大人が一人やっと通れるくらいの小さな勝手口をくぐり、手入れの行き届いた美しい日本庭園を横目に進んでいく。
屋敷の大きさと庭園の美しさに心を奪われ立ち止まっている間に祖母の姿を見失っていた。
「しまった! はぐれた……」
慌てて辺りを見渡せば、近くにあった竹製の柵の開いている事に気付いた。とりあえず中へ入って行く。
「間違っていれば戻ればいい」
名も知らない木々の間の小道を抜け少し開けた場所に出た途端、思わず煉は立ち止まる。
家屋の長く続く縁側に白い着物姿の子供がぼんやりと座っていたのだ。
まだ幼く、年齢は五、六歳ぐらいに見える。肩までの長さで切りそろえられた黒髪は艶やかで、時折吹く風に絹糸のように揺れている。肌の色は驚くほど白かった。蕾のような唇、小さな鼻、柔らかそうな可愛い輪郭、動かずにじっと座っている姿はまるで日本人形のように見えた。子供心に綺麗だと思った。
だが、その美しさは儚げで、なぜか悲しいと感じる。
「だれ?」
黒目勝ちの大きな目がこちらを向いている。まさに鈴を転がすような声で煉のことを聞いてくる。
しかし、突然現れた煉を見て怖がっている様子はない。ただじっと見ているだけだ。まるで時間が止まったような感じた事のない感覚に煉の方がただ茫然と立ち尽す。
突然、幼子と煉の間に誰かが立った。見覚えのある後ろ姿。
「おばあさん……」
煉の声には答えず、祖母は幼子の前で恭しく膝を付いた。
「申し訳ございません、ご当主様。この者は私の孫でございます。今参ったばかりで礼儀も知らず、大変失礼をいたしました」
突然居なくなった俺を探しに来たであろう祖母が低く頭を垂れ謝罪している。
『ごとうしゅ……?』
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