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第七章 未来に繋がる呪いの話
第15話 体に術式を描くこと
日和が部屋を出て行った後。
碧真は、丈から「話がある」と呼び出され、壮太郎達のいる部屋を訪れた。
ドアをノックをすれば、丈が出迎える。
「突然呼び出してすまない。体は大丈夫か?」
「問題ないです。一体、何の話があるんですか?」
丈に促されて部屋に入ると、ソファに座っていた壮太郎がニコリと笑顔を浮かべた。
碧真は壮太郎を睨みつける。諸悪の根源である男の笑顔を、出来ることなら捻り潰してやりたかった。
「チビノスケ。こっちに座って、上の服を脱いでくれない?」
「は?」
自分の隣に座るように示す壮太郎を、碧真は怪訝に思って睨みつけた。
「チビノスケの背中に、穢れを防ぐ術式を仕込ませてもらおうと思ってさ。三日程で消える物で、跡も残らないし。痛みもないから安心して」
「嫌です。俺を実験台にする気ですか?」
「実験的な要素があるのも否定しないけど、何より、チビノスケを穢れから守る為だよ。呪具でもいいかと思ったけど、体に刻む方が効果的だからね」
壮太郎の言葉に、碧真は眉を寄せて不快感を露わにする。壮太郎は碧真を射抜くように見つめた。
「チビノスケが、こういう事が嫌いなのはわかっているよ。トラウマに触れるようなものだ。けど、チビノスケが穢れに飲み込まれた時、僕が側にいなかったら? そして、チビノスケの近くに、ピヨ子ちゃんがいたらどうなるかな?」
穢れに侵食された碧真を助けようと、日和が身を挺した事を思い出す。
今回は無事で済んだが、次も大丈夫だとは限らない。碧真は俯いて、震える両手を握りしめる。
「……血を……使いますか?」
自分でも驚く程に弱々しい声が出た。壮太郎は優しく微笑み、首を横に振る。
「大丈夫。媒体は、化粧品とかに使われる材料で作った物だから」
壮太郎は、プラスチックケースに入ったクリーム状の白灰色の媒体を碧真に見せた。
血を使わない事に安堵した碧真は、壮太郎の隣に背を向けて座り、着ていた黒いシャツを脱ぐ。
壮太郎は、碧真の背中に術式を描き始める。
真剣になっているのか、普段は喋りすぎている壮太郎は静かだ。丈は静かに二人を見つめる。無言の空間の中で、碧真は術式の完成を待った。
術式が完成したのか、壮太郎が碧真の背中から指先を離し、息を吐き出す。
壮太郎はベストのポケットから小さな水晶玉を取り出すと、左手で握りしめた。
壮太郎の手から山吹色の光が溢れ、術式に吸い込まれて行く。山吹色の光が収まり、壮太郎は術式を見て満足げな笑みを浮かべた。
「うん、大丈夫そうだね。終わったよ。チビノスケ」
「ちょっと待ってください。あの天翔慈のチビの力を使ったんですか?」
碧真は見覚えのある山吹色の光に嫌な予感がして、後ろを振り返って壮太郎を睨みつける。
「そうだよ。俐都君と篤那君の力、どっちでも使えるんだけどね。篤那君は、侵食された穢れに対しての祓いの力が強い。言うなれば、怪我した後の治療みたいな物の方が得意だね。俐都君も祓いの力はあるけど、穢れを寄せ付けない守りの力の方が強い。言わば、予防的な物の方が得意だ。今回の術には、俐都君の力の方が向いているんだ」
壮太郎の説明に、碧真は顔を顰める。俐都の力が背中に刻まれているなど、不愉快でしかない。
「三日は何しても消えないからね」
今すぐに落とせないかと考えていた碧真の思考を読んだのか、壮太郎がニコリと笑う。碧真はイラッとしたが、ここで何をしても無駄だと思い、不機嫌な顔のまま大人しく服を着た。
「碧真。ルームサービスでスープを頼めるが、食べられそうか?」
丈が部屋に置かれていたメニュー表を見て、声を掛けてきた。少しだけ空腹を感じた碧真は頷く。碧真の食欲が出てきた事に、丈は安堵したように笑みを浮かべた。
食事が運ばれるまでの間に、丈と壮太郎と今日の出来事について話をしながら、日和の説明では足りていなかった情報を補足していく。
「それにしても、どうしてチビノスケは穢れを受けたの? 怨霊達に触ったりした?」
壮太郎の問いに、碧真は首を横に振る。
「あんなヤバそうなモノに手を出すなんて、馬鹿な真似はしませんよ。結界も張っていましたし、あの場所には術も仕掛けられていなかった」
「何か変わった事はなかったのか?」
丈の問いに、碧真は眉を寄せて考える。
碧真と日和は一緒に行動をしていた。結界で防いでいた為、碧真も日和も直接的な攻撃は受けてはいない。穢れを受けた碧真と、穢れを受けなかった日和の違いは何だったのか。
(そういえば……)
関係ないように思えるが、何か引っ掛かり、碧真は口を開く。
「体に穢れが回る時に、俺には黒いムカデのように見えたんです」
碧真は日和と共に転移した後、黒いムカデが首の上を這っていた事も話す。
「ムカデか……」
壮太郎は口元に手を当てて考え込むような仕草をする。
何かあるのかと、碧真が問いかけようとした時、話を遮るように部屋のドアがノックされた。
頼んでいたルームサービスが到着したようだ。
「仕事の話は、また明日にしよう」
スープが冷めてしまわないようにと、丈が話を終わらせる。丈に渡されたコンソメスープを飲むと、温まった体がじんわりとほぐれていく。自分が思っていた以上に、体が強張っていたようだ。
「卵焼きがないのは残念だったね」
揶揄う壮太郎を、碧真は睨みつける。碧真の反応を面白がるように、壮太郎はニヤニヤと笑った。
「チビノスケの好物が卵焼きなのは知らなかったな。ピヨ子ちゃんも、よく気づいたよね」
「そうだな。俺も知らなかった」
丈も壮太郎に同調して頷く。碧真は溜め息を吐いた。
「別に。他の物よりマシなだけで、好きじゃないです」
「その割には、貰った時、ちょっと嬉しそうだったよ? ねえ、何で卵焼きが好きなの?」
壮太郎の言葉を無視し、碧真は早く部屋を出る為に無言でスープを完食する。
「部屋に戻ります」
「ああ。しっかりと休むんだぞ」
ソファから立ち上がった碧真を、丈が送り出す。
「チビノスケ。ピヨ子ちゃんに手を出しちゃダメだからねー」
楽しんでいる壮太郎を、碧真は振り返って睨みつける。
「そう思うなら、一緒の部屋にするとか、無責任な事をしないでくださいよ」
碧真は吐き捨てると、丈達の部屋を出た。
***
部屋を出て行く間際の碧真の言葉に、壮太郎は固まる。
「あー……。丈君。もしかして、僕、かなりやらかしてる……のかな?」
ようやく不味い事をしたのだと悟った壮太郎に、丈は呆れて溜め息を吐く。
「だから言っただろう」
八月の時点では、碧真は絶対に日和に手を出さないと断言できる程に、他人に興味がなかった。だから、丈は渋りながらも、護衛を兼ねて碧真と日和が同室で泊まる事に強く反対はしなかったのだ。
今の二人は、以前より距離が近い。
全く警戒心を持っていないことから考えて、日和は碧真に対して恋愛感情は無いようだ。しかし、碧真の中では、日和の存在は少し特別なものになっているだろう。
今までの碧真ならば、「手を出しちゃダメだよ」という壮太郎の言葉に、「出す訳がない」と否定の言葉を返した筈だ。
しかし、返ってきた碧真の言葉は、手を出す事を否定するものでは無かった。
つまり、「出す可能性が無い訳じゃないから、一緒の部屋にするな」という事だろう。
「うわ~。久々にやらかした感があるよ、僕。流石に、これは読めてなかった。ちょっと揶揄うつもりなだけだったのに、シャレになんないじゃん。アレ持ってきてたっけ? この前、咲良子に一回貸しちゃったんだよね」
壮太郎は部屋の隅に置いていた自分の荷物を探る。
少し慌てる親友の様子を、丈は呆れた目で見ていた。
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