呪いの一族と一般人

守明香織

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第七章 未来に繋がる呪いの話

第16話 抱きしめて生まれた感情と欲

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「お風呂、めちゃくちゃ良かったな~」
 
 つい長湯をしてしまう程に良い湯だったと、日和ひよりはフニャリと笑う。
 少し道に迷ったが、親切な人が道を教えてくれたので、無事に泊まる部屋へ戻る事ができた。

碧真あおし君は、今お風呂に入っているのかな)

 部屋の電気が点いていた事や靴がある事から、そう判断する。
 日和は荷物の整理を終えた後、眼鏡を外し、一休みしようとベッドに近づく。手前側のベッドの上に碧真の携帯が置かれていたので、日和は奥側のベッドの上に寝転がって伸びをした。

 森を歩き回った事で、思っていたより疲れていたのか、自然と瞼が下りてくる。

(碧真君に、明日何時に起きるのか聞いてから寝ないと。……でも、眠……)

 フカフカのベッドと心地よい眠気に呆気なく陥落し、日和は眠りの世界へと落ちた。


***
 

 風呂から上がった碧真は、家から持ってきていた黒のスウェットに着替えた後、ペットボトルの水を飲みながらベッドのある方へ戻る。ペットボトルから口を離し、ベッドの上に視線を向けた碧真は、自分の目を疑った。
 
(……本当に馬鹿じゃないのか? 男と同室で、ここまで無警戒とか有り得ないだろう?)

 警戒心ゼロを体現するように、ベッドの上で平和な顔して眠りこける日和に、碧真は苦い顔をする。
 日和は、碧真から手を出されるなど微塵も思っていないのだろう。その事実に苛立ちを感じて、碧真は手に持っていたペットボトルを無意識に握り潰す。

(もういい。こいつは女じゃなくて、ただの馬鹿で残念な生き物だ)

 無視して寝ようとした碧真は、ベッドの前で立ち止まって日和を見下ろす。日和は寝るつもりはなかったのか、掛け布団の上に丸まって眠っていた。日和の身に着けている服は、ホテル側が用意した薄い生地の館内着。上は長袖だが、下は七分丈しかないので、このままでは寒いだろう。

(……流石に、十一月で布団を被らずに寝たら、馬鹿とはいえ風邪を引くかもしれない)
 
 碧真は、日和を起こす為に声を掛けようとして、開きかけた口を閉じる。起こすのもはばかられる程に、穏やかな寝顔だった。碧真は溜め息を吐く。

(持ち上げて、布団の中に押し込むか)
 掛け布団を被せる為には、日和の体を布団の上から持ち上げなければならない。

 碧真は日和の背中と膝裏に腕を回して、横抱きにしようとする。
 抱え上げる前に、密着した日和の体から花と果物の香りがふわりと漂い、肌の柔らかさや体温が布越しに伝わってきた。

 心音が、少し早くなるのを感じる。

 早く日和を持ち上げて布団の中に寝かせようという考えとは反対に、碧真の体は動かなかった。
 日和が身じろぎをする。離れそうになる日和の体を、碧真は無意識に自分の方へ引き寄せる。日和は目を覚ます事なく、再び碧真の腕の中に収まった。
 
 日和が自分の腕の中にいる事に、穏やかな安堵感が胸に広がっていく。

(何だこれ……)
 自分の中に広がる感情に戸惑いながらも、手放したくないという欲が思考を制御する。自分の中に生まれた感情と欲に抗えず、碧真は日和を抱きしめて目を閉じた。

(もう少しだけ、このまま……)

『やーい』

 突如、背後から聞こえた声に、碧真はハッと目を開ける。碧真が勢いよく振り返ると、左頬に何かが高速でぶつかってきた。

 碧真の首が反対方向に曲がり、首筋がビキッと嫌な音が立てて鋭い痛みを上げる。続いて左腕の皮膚をつままれるような痛みを感じた。碧真は痛みに耐えながらも、日和をゆっくりと布団の上に寝かせる。

「っ! 一体、何が……」
 痛む腕に目を向けると、何かがぶら下がっていた。碧真は顔を引き攣らせる。

『やーい。ムッツリ・ガッツリスケベー』

壮太郎そうたろうさんが作った呪いの人形!?)
 熊の形をした呪いの人形は、華麗に回転しながら日和が寝ているベッドの上に着地をする。

 呪いの人形は、首に着けているリボンの間に丸めて差し込んでいたメモ紙を引き抜き、両手で碧真に差し出す。碧真は怪訝な顔をしてメモ紙を受け取った後、並んでいる文章を読んだ。


『チビノスケへ

 ピヨ子ちゃんに手を出すのは流石にアウトなので、呪いの人形をガードマンとして送り込みます。

 今回は、力の設定も四段階仕様に改良し、チビノスケがピヨ子ちゃんに手を出したら、容赦なく殴るように設定しています。

 第一段階はアザが出来るくらいのものですが、最大レベルは岩をも粉砕できます。

 どうか命を大事に。平和な夜を過ごしてください。それでは、おやすみなさい。 
 
 結人間ゆいひとまの大天才、壮太郎より

 追伸、永遠のおやすみなさいにならない事を祈ります。』


 絶妙に腹の立つ文章を読み終えた後、碧真は手紙を握り潰す。
 呪いの人形へ目を向けると、碧真を攻撃する意思が剥き出しの状態で、シャドウボクシングのように高速で拳を何度も前へ突き出していた。

 呪いの人形は、『碧真が日和に手を出した』と認識しているのだろう。完全に誤解だと否定しきれない状況に、碧真は顔を歪める。

「俺は別に、まだ何もしてない……ただ」
『ムッツリ・ガッツリスケベ撲滅! かかってこいやああ!』

 呪いの人形は重低音の声で吠えながら、碧真に飛びかかる。
 碧真は反射的に攻撃を避ける。呪いの人形は着地した壁を踏み台にして跳び、碧真の背中を殴りつける。成人男性に殴られたような痛みに、碧真は顔をしかめた。

「お前、中身綿わただろう!? 何だよ、その重たいパンチは!」
『我が拳は、ガッツリスケベの欲を砕く為に有り。鋼の志あらば、綿も鋼になるものだ』
「いや、おかしいだろう! つうか、お前、会話のボキャブラリー増やしすぎだろうが!」
  
 碧真の声で目を覚したのか、日和が上体を起こす。碧真も呪いの人形も動きを止めて、日和を見る。日和は半分だけ開いた目で布団を見下ろすと、掛け布団を持ち上げ、もぞもぞと中に潜り込み、再び静かな寝息を立てて眠り始めた。

(寝ぼけていただけか)
 ホッと息を吐いた碧真に、呪いの人形が飛び蹴りを喰らわせる。

 呪いの人形は宙を回転して、日和の眠るベッドの上に着地した。蹴られた左頬を押さえて碧真が痛みに耐えている間に、呪いの人形は横向きに眠る日和の胸の間に潜り込んで顔だけ外に出した。

『婦女子の笑顔をおびやかす、ムッツリ・ガッツリスケベよ。諦めて一人寂しく眠るがいい』
「……なんでそこに潜り込んだ?」
『とある娘に、三日三晩かけて胸の素晴らしさを教わった。故に、鉄壁のガーディアンである自分は、この尊き聖域を守る義務がある』

(胸の素晴らしさを教えた娘って……もしかして、あいつか?)

 碧真の頭の中に、咲良子さくらこの姿が思い浮かぶ。
 壮太郎の姪なので、呪いの人形と接する機会はあったのだろうが、人形相手に何を語っているのだと、咲良子の正気を疑った。

『んふふふふ』
 日和の胸に顔をうずめ、呪いの人形は幸せそうに笑う。

 呪いの人形へ怒りと殺意を抱いた碧真は、加護のへびを顕現する。
 巳が呪いの人形の頭部を噛んで、日和の胸の間から引き抜く。油断していた呪いの人形が暴れるが、巳が雁字がんじがらめに締め上げていた。

 碧真は巳ごと呪いの人形を右手で掴み上げた後、窓へと近づく。窓が開かれる音が静かに響いた。

『な、何を!』 

 碧真は思い切り振りかぶり、呪いの人形を窓の外へと勢いよく投げ捨てる。
 巳が『何故、自分まで?』と訴えるような目で見ていたが、無視して窓を閉めた。

「……疲れた」
 碧真は溜め息を吐き、日和を見下ろす。

 日和は呑気な顔で眠っていた。呪いの人形を捕まえる際に捲れてしまった掛け布団を直してやり、碧真は日和に背を向ける。

 碧真は部屋の電気を消し、自分のベッドに潜り込む。
 どっと押し寄せた疲れのせいか、碧真もすぐに眠りに落ちた。

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