187 / 362
第七章 未来に繋がる呪いの話
第16話 抱きしめて生まれた感情と欲
しおりを挟む「お風呂、めちゃくちゃ良かったな~」
つい長湯をしてしまう程に良い湯だったと、日和はフニャリと笑う。
少し道に迷ったが、親切な人が道を教えてくれたので、無事に泊まる部屋へ戻る事ができた。
(碧真君は、今お風呂に入っているのかな)
部屋の電気が点いていた事や靴がある事から、そう判断する。
日和は荷物の整理を終えた後、眼鏡を外し、一休みしようとベッドに近づく。手前側のベッドの上に碧真の携帯が置かれていたので、日和は奥側のベッドの上に寝転がって伸びをした。
森を歩き回った事で、思っていたより疲れていたのか、自然と瞼が下りてくる。
(碧真君に、明日何時に起きるのか聞いてから寝ないと。……でも、眠……)
フカフカのベッドと心地よい眠気に呆気なく陥落し、日和は眠りの世界へと落ちた。
***
風呂から上がった碧真は、家から持ってきていた黒のスウェットに着替えた後、ペットボトルの水を飲みながらベッドのある方へ戻る。ペットボトルから口を離し、ベッドの上に視線を向けた碧真は、自分の目を疑った。
(……本当に馬鹿じゃないのか? 男と同室で、ここまで無警戒とか有り得ないだろう?)
警戒心ゼロを体現するように、ベッドの上で平和な顔して眠りこける日和に、碧真は苦い顔をする。
日和は、碧真から手を出されるなど微塵も思っていないのだろう。その事実に苛立ちを感じて、碧真は手に持っていたペットボトルを無意識に握り潰す。
(もういい。こいつは女じゃなくて、ただの馬鹿で残念な生き物だ)
無視して寝ようとした碧真は、ベッドの前で立ち止まって日和を見下ろす。日和は寝るつもりはなかったのか、掛け布団の上に丸まって眠っていた。日和の身に着けている服は、ホテル側が用意した薄い生地の館内着。上は長袖だが、下は七分丈しかないので、このままでは寒いだろう。
(……流石に、十一月で布団を被らずに寝たら、馬鹿とはいえ風邪を引くかもしれない)
碧真は、日和を起こす為に声を掛けようとして、開きかけた口を閉じる。起こすのも憚られる程に、穏やかな寝顔だった。碧真は溜め息を吐く。
(持ち上げて、布団の中に押し込むか)
掛け布団を被せる為には、日和の体を布団の上から持ち上げなければならない。
碧真は日和の背中と膝裏に腕を回して、横抱きにしようとする。
抱え上げる前に、密着した日和の体から花と果物の香りがふわりと漂い、肌の柔らかさや体温が布越しに伝わってきた。
心音が、少し早くなるのを感じる。
早く日和を持ち上げて布団の中に寝かせようという考えとは反対に、碧真の体は動かなかった。
日和が身じろぎをする。離れそうになる日和の体を、碧真は無意識に自分の方へ引き寄せる。日和は目を覚ます事なく、再び碧真の腕の中に収まった。
日和が自分の腕の中にいる事に、穏やかな安堵感が胸に広がっていく。
(何だこれ……)
自分の中に広がる感情に戸惑いながらも、手放したくないという欲が思考を制御する。自分の中に生まれた感情と欲に抗えず、碧真は日和を抱きしめて目を閉じた。
(もう少しだけ、このまま……)
『やーい』
突如、背後から聞こえた声に、碧真はハッと目を開ける。碧真が勢いよく振り返ると、左頬に何かが高速でぶつかってきた。
碧真の首が反対方向に曲がり、首筋がビキッと嫌な音が立てて鋭い痛みを上げる。続いて左腕の皮膚を摘まれるような痛みを感じた。碧真は痛みに耐えながらも、日和をゆっくりと布団の上に寝かせる。
「っ! 一体、何が……」
痛む腕に目を向けると、何かがぶら下がっていた。碧真は顔を引き攣らせる。
『やーい。ムッツリ・ガッツリスケベー』
(壮太郎さんが作った呪いの人形!?)
熊の形をした呪いの人形は、華麗に回転しながら日和が寝ているベッドの上に着地をする。
呪いの人形は、首に着けているリボンの間に丸めて差し込んでいたメモ紙を引き抜き、両手で碧真に差し出す。碧真は怪訝な顔をしてメモ紙を受け取った後、並んでいる文章を読んだ。
『チビノスケへ
ピヨ子ちゃんに手を出すのは流石にアウトなので、呪いの人形をガードマンとして送り込みます。
今回は、力の設定も四段階仕様に改良し、チビノスケがピヨ子ちゃんに手を出したら、容赦なく殴るように設定しています。
第一段階はアザが出来るくらいのものですが、最大レベルは岩をも粉砕できます。
どうか命を大事に。平和な夜を過ごしてください。それでは、おやすみなさい。
結人間の大天才、壮太郎より
追伸、永遠のおやすみなさいにならない事を祈ります。』
絶妙に腹の立つ文章を読み終えた後、碧真は手紙を握り潰す。
呪いの人形へ目を向けると、碧真を攻撃する意思が剥き出しの状態で、シャドウボクシングのように高速で拳を何度も前へ突き出していた。
呪いの人形は、『碧真が日和に手を出した』と認識しているのだろう。完全に誤解だと否定しきれない状況に、碧真は顔を歪める。
「俺は別に、まだ何もしてない……ただ」
『ムッツリ・ガッツリスケベ撲滅! かかってこいやああ!』
呪いの人形は重低音の声で吠えながら、碧真に飛びかかる。
碧真は反射的に攻撃を避ける。呪いの人形は着地した壁を踏み台にして跳び、碧真の背中を殴りつける。成人男性に殴られたような痛みに、碧真は顔を顰めた。
「お前、中身綿だろう!? 何だよ、その重たいパンチは!」
『我が拳は、ガッツリスケベの欲を砕く為に有り。鋼の志あらば、綿も鋼になるものだ』
「いや、おかしいだろう! つうか、お前、会話のボキャブラリー増やしすぎだろうが!」
碧真の声で目を覚したのか、日和が上体を起こす。碧真も呪いの人形も動きを止めて、日和を見る。日和は半分だけ開いた目で布団を見下ろすと、掛け布団を持ち上げ、もぞもぞと中に潜り込み、再び静かな寝息を立てて眠り始めた。
(寝ぼけていただけか)
ホッと息を吐いた碧真に、呪いの人形が飛び蹴りを喰らわせる。
呪いの人形は宙を回転して、日和の眠るベッドの上に着地した。蹴られた左頬を押さえて碧真が痛みに耐えている間に、呪いの人形は横向きに眠る日和の胸の間に潜り込んで顔だけ外に出した。
『婦女子の笑顔を脅かす、ムッツリ・ガッツリスケベよ。諦めて一人寂しく眠るがいい』
「……なんで胸に潜り込んだ?」
『とある娘に、三日三晩かけて胸の素晴らしさを教わった。故に、鉄壁のガーディアンである自分は、この尊き聖域を守る義務がある』
(胸の素晴らしさを教えた娘って……もしかして、あいつか?)
碧真の頭の中に、咲良子の姿が思い浮かぶ。
壮太郎の姪なので、呪いの人形と接する機会はあったのだろうが、人形相手に何を語っているのだと、咲良子の正気を疑った。
『んふふふふ』
日和の胸に顔を埋め、呪いの人形は幸せそうに笑う。
呪いの人形へ怒りと殺意を抱いた碧真は、加護の巳を顕現する。
巳が呪いの人形の頭部を噛んで、日和の胸の間から引き抜く。油断していた呪いの人形が暴れるが、巳が雁字搦めに締め上げていた。
碧真は巳ごと呪いの人形を右手で掴み上げた後、窓へと近づく。窓が開かれる音が静かに響いた。
『な、何を!』
碧真は思い切り振りかぶり、呪いの人形を窓の外へと勢いよく投げ捨てる。
巳が『何故、自分まで?』と訴えるような目で見ていたが、無視して窓を閉めた。
「……疲れた」
碧真は溜め息を吐き、日和を見下ろす。
日和は呑気な顔で眠っていた。呪いの人形を捕まえる際に捲れてしまった掛け布団を直してやり、碧真は日和に背を向ける。
碧真は部屋の電気を消し、自分のベッドに潜り込む。
どっと押し寄せた疲れのせいか、碧真もすぐに眠りに落ちた。
0
あなたにおすすめの小説
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
1人生活なので自由な生き方を謳歌する
さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。
出来損ないと家族から追い出された。
唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。
これからはひとりで生きていかなくては。
そんな少女も実は、、、
1人の方が気楽に出来るしラッキー
これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません
ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。
文化が違う? 慣れてます。
命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。
NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。
いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。
スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。
今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。
「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」
ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。
そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる