2 / 29
2
しおりを挟む
屯所の奥にある幹部隊舎、そのさらに奥が団長の事務室になっている。
それなりに高価で格式のある調度品でしつらえられた事務室に、ナハトは先ほどの少女と並んで立っていた。
二人の向かいには焼けた肌の壮年の男性──アステリオン衛兵団の団長が、事務机に手を組んで座っている。
団長は上背はないが鍛えられた体をしており、いかにも歴戦の勇士とでも言うべき貫禄があった。
しかしそんな貫禄など感じさせないような気さくな態度で団長は口を開く。
「色々と手違いがあったようで申し訳ない。紹介しよう、この度我らがアステリオン衛兵隊に入隊するフェリス・ヴァンダルム殿だ──フェリス嬢、こちららの男は三番隊所属のナハトという」
「……」
ブロンドの美少女──フェリスは仏頂面のままナハトを睨み続けていた。人の悪意に疎いナハトでも、ここまであからさまな態度を取られたら分かる。
「……なんか滅茶苦茶怒ってません?」
「当たり前だ!」
弾けるようにフェリスの声が木霊する。至近距離で怒鳴られたナハトの鼓膜に、多少の痛みが走った。
頬を赤らめながら刃物のような鋭い眼光でナハトに食ってかかる。
「貴様分かっているのか不埒者め! 貴族の娘が肌を見られたのだぞ!」
「あ~……えっと……」
「生涯、伴侶にしか見せぬはずのものを見られたのだ。それがどれだけ大事か分かっていないのだろう!」
正直貴族ではなく、まともな教育を受けていないナハトに、フェリスの言っている感覚は全く分からない。
返事に窮するナハトの脇から、団長が口をはさむ。
「それならこの男を伴侶にしては如何か」
「は……?」
団長からの唐突な言葉に、フェリスはさらに顔を赤くしてまた固まってしまう。ナハトと違って目上の人物である団長には、ツッコミづらいのだろう。
「団長、冗談が過ぎますよ」
「はっはっはっ、すまん。どうやら私にユーモアのセンスはないらしい」
団長としては助け船を出したつもりだったようだ──突拍子もない会話でフェリスの怒気が削がれたのは、結果的に功を奏したと言えるかもしれない。
……よりフェリスを怒らせたかもしれないが。
「まったく! どうしてこのような無教養な男が衛兵団にいるのですか⁉」
「衛兵団だから──という返答になってしまうな。その問いには」
アステリオン衛兵団は、拡大する帝国の領土と比例して流れ込んでくる難民により悪化した帝都の治安を守るために発足された組織の一つである。
そして一定以上の技量さえあれば身分を問わない。さらには本来平民であった者でも騎士として扱われるというのが、衛兵団の特徴なのだ。
これにより治安維持に必要な人員を確保できたが、本来騎士や貴族でない者が立身出世を夢見て集った関係上、無教養な者も多いというのが実情であった。
団長は苦笑して続ける。
「フェリス嬢の入隊は幹部しか知らない状態だったからな。今日の集会で周知するつもりだったのだが、それが裏目に出たようだ。誠に申し訳ない」
それを聞いてナハトはポンと手を打つ。
「あれっ? という事は、俺の落ち度ではないのでは?」
「──もう我慢ならん! その男、私が叩き切ってやる‼」
ナハトの態度がフェリスの神経を逆なでするのだろう。フェリスは一瞬で腰の長剣を抜き放った。
(あんな長剣を軽々と──)
などと関心している場合ではない。
「ちょっと裸を見られたくらいで乱暴だな」
「ちょっとだと⁉ 貴様……!」
ギリギリと奥歯を噛みしめ、フェリスはいままさに剣を振り下ろさんと大上段に振りかぶる。
どうやらナハトが口をきくと、ことごとくフェリスを怒らせてしまうらしい。団長は頭を抱えた。
「ナハト、お前は少し黙ってろ」
「はい……」
「叩き切るとは穏やかではありませんなフェリス嬢。どうかそれは勘弁していただきたい、その男は貴方の補佐につけようと思っていた男でして」
「こんな男をですか?」
フェリスは大きく目を見開いて団長とナハトを何度も見やる。
「ええ。こんな男をです」
「(……失礼な)」
思わずぼそぼそと抗議の声を出すナハト。
そんなナハトには構わず、今度は団長に食ってかかるフェリス。
「嫌です。こんな男を私の補佐につけるなど、悪い冗談にも程がある!」
「この男では不服ですか」
「もちろんです! 私は騎士としてここに入隊します。このような見るからに弱そうな男をそばに置きたくはありません‼」
(この人の方が失礼じゃないのか?)
ナハトが首を捻り、団長はフッと頬を緩めた──いたずらっ子のようにニヤリと笑う。
「ふむ。それでは決闘で決めるというのは?」
どことなく煽るような、挑戦的な目で団長はフェリスに問いかける。
「古来より騎士の揉め事は決闘で決めるのが慣わし──そこのナハトと木剣で立ち合い、敗れたら今回の件は不問にして補佐につける──如何ですかな?」
フェリスはもう一度ナハトをチラリと見てから頷いた。
「いいでしょう。騎士として生きると決めた以上、我が道は剣にて拓きます」
このような男に負けるはずがないとでも思っているのだろう、その目は烈火のごとく燃えていた。
「それと──」
燃え盛る瞳とは裏腹な冷たい声色で、フェリスは念を押す。
「木剣とはいえ決闘するのですから、骨の一つや二つ、へし折っても文句はありませんね」
かくしてフェリスとナハトは木剣での決闘を行うことになったのである。
それなりに高価で格式のある調度品でしつらえられた事務室に、ナハトは先ほどの少女と並んで立っていた。
二人の向かいには焼けた肌の壮年の男性──アステリオン衛兵団の団長が、事務机に手を組んで座っている。
団長は上背はないが鍛えられた体をしており、いかにも歴戦の勇士とでも言うべき貫禄があった。
しかしそんな貫禄など感じさせないような気さくな態度で団長は口を開く。
「色々と手違いがあったようで申し訳ない。紹介しよう、この度我らがアステリオン衛兵隊に入隊するフェリス・ヴァンダルム殿だ──フェリス嬢、こちららの男は三番隊所属のナハトという」
「……」
ブロンドの美少女──フェリスは仏頂面のままナハトを睨み続けていた。人の悪意に疎いナハトでも、ここまであからさまな態度を取られたら分かる。
「……なんか滅茶苦茶怒ってません?」
「当たり前だ!」
弾けるようにフェリスの声が木霊する。至近距離で怒鳴られたナハトの鼓膜に、多少の痛みが走った。
頬を赤らめながら刃物のような鋭い眼光でナハトに食ってかかる。
「貴様分かっているのか不埒者め! 貴族の娘が肌を見られたのだぞ!」
「あ~……えっと……」
「生涯、伴侶にしか見せぬはずのものを見られたのだ。それがどれだけ大事か分かっていないのだろう!」
正直貴族ではなく、まともな教育を受けていないナハトに、フェリスの言っている感覚は全く分からない。
返事に窮するナハトの脇から、団長が口をはさむ。
「それならこの男を伴侶にしては如何か」
「は……?」
団長からの唐突な言葉に、フェリスはさらに顔を赤くしてまた固まってしまう。ナハトと違って目上の人物である団長には、ツッコミづらいのだろう。
「団長、冗談が過ぎますよ」
「はっはっはっ、すまん。どうやら私にユーモアのセンスはないらしい」
団長としては助け船を出したつもりだったようだ──突拍子もない会話でフェリスの怒気が削がれたのは、結果的に功を奏したと言えるかもしれない。
……よりフェリスを怒らせたかもしれないが。
「まったく! どうしてこのような無教養な男が衛兵団にいるのですか⁉」
「衛兵団だから──という返答になってしまうな。その問いには」
アステリオン衛兵団は、拡大する帝国の領土と比例して流れ込んでくる難民により悪化した帝都の治安を守るために発足された組織の一つである。
そして一定以上の技量さえあれば身分を問わない。さらには本来平民であった者でも騎士として扱われるというのが、衛兵団の特徴なのだ。
これにより治安維持に必要な人員を確保できたが、本来騎士や貴族でない者が立身出世を夢見て集った関係上、無教養な者も多いというのが実情であった。
団長は苦笑して続ける。
「フェリス嬢の入隊は幹部しか知らない状態だったからな。今日の集会で周知するつもりだったのだが、それが裏目に出たようだ。誠に申し訳ない」
それを聞いてナハトはポンと手を打つ。
「あれっ? という事は、俺の落ち度ではないのでは?」
「──もう我慢ならん! その男、私が叩き切ってやる‼」
ナハトの態度がフェリスの神経を逆なでするのだろう。フェリスは一瞬で腰の長剣を抜き放った。
(あんな長剣を軽々と──)
などと関心している場合ではない。
「ちょっと裸を見られたくらいで乱暴だな」
「ちょっとだと⁉ 貴様……!」
ギリギリと奥歯を噛みしめ、フェリスはいままさに剣を振り下ろさんと大上段に振りかぶる。
どうやらナハトが口をきくと、ことごとくフェリスを怒らせてしまうらしい。団長は頭を抱えた。
「ナハト、お前は少し黙ってろ」
「はい……」
「叩き切るとは穏やかではありませんなフェリス嬢。どうかそれは勘弁していただきたい、その男は貴方の補佐につけようと思っていた男でして」
「こんな男をですか?」
フェリスは大きく目を見開いて団長とナハトを何度も見やる。
「ええ。こんな男をです」
「(……失礼な)」
思わずぼそぼそと抗議の声を出すナハト。
そんなナハトには構わず、今度は団長に食ってかかるフェリス。
「嫌です。こんな男を私の補佐につけるなど、悪い冗談にも程がある!」
「この男では不服ですか」
「もちろんです! 私は騎士としてここに入隊します。このような見るからに弱そうな男をそばに置きたくはありません‼」
(この人の方が失礼じゃないのか?)
ナハトが首を捻り、団長はフッと頬を緩めた──いたずらっ子のようにニヤリと笑う。
「ふむ。それでは決闘で決めるというのは?」
どことなく煽るような、挑戦的な目で団長はフェリスに問いかける。
「古来より騎士の揉め事は決闘で決めるのが慣わし──そこのナハトと木剣で立ち合い、敗れたら今回の件は不問にして補佐につける──如何ですかな?」
フェリスはもう一度ナハトをチラリと見てから頷いた。
「いいでしょう。騎士として生きると決めた以上、我が道は剣にて拓きます」
このような男に負けるはずがないとでも思っているのだろう、その目は烈火のごとく燃えていた。
「それと──」
燃え盛る瞳とは裏腹な冷たい声色で、フェリスは念を押す。
「木剣とはいえ決闘するのですから、骨の一つや二つ、へし折っても文句はありませんね」
かくしてフェリスとナハトは木剣での決闘を行うことになったのである。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる