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アステリオン衛兵団の活動範囲である帝国北西部街区は、皇城を中心とした帝都中央区とは違って治安が悪い。
流れ込む難民や出稼ぎ労働者の全てを把握することの出来ない帝都では、中央区のみを貴族や代々帝都に住まう商人のみの街区とし、それ以外の周辺街区に人が溜まっているというのが社会的構造としてあるからだろう。
その日も繫華街では酔漢ふたりがケンカをしていた。
「っの野郎!」
「クソがぁっ‼」
肉体労働者だろうか、ケンカしている男たちはどちらも筋肉質で身体も大きい。そんな男たちが周囲の迷惑も考えず、取っ組み合いのケンカをしているのだ。
たちまちケンカに巻き込まれた道端の露店が被害にあう。道の脇に並べられたテーブルをひっくり返し、看板をなぎ倒している。
迷惑この上ないが、被害を恐れて誰も割って入ることができない。
その時、
「──そこの者たち、何をしている!」
「ああん?」
風鈴のような凛とした声が響き渡り、ケンカしていた男たちも思わず動きを止める。
男たちの視線の先には、アステリオン衛兵団の外套を羽織り、幅広の長剣を腰に下げた麗しい少女──フェリスが仁王立ちで立っていた。
その可憐な容姿と堂々すぎる立ち姿が、何とも不釣り合いで微笑ましさすら感じられた。
「真っ昼間から酒に酔ってケンカか。見苦しいにも程があるぞ。周りの者たちも迷惑している。金を払ってサッサと帰れ」
素人目には華奢な女の子にしか見えないフェリスを、男たちは舐めているようだった。
「んだとコラ」
「金を置いて大人しく帰らないのなら、詰め所にしょっ引くぞ」
「よく見りゃ衛兵隊の隊服じゃねぇか。最近じゃこんなお嬢ちゃんも衛兵隊に入れんのか?」
「しょっ引けるもんならしょっ引いてみろよバーカ」
ピキッ──フェリスが額に青筋を立てる。
「ではそうしよう」
言うなりフェリスは近くにいた方の男の腕を掴んで捻り上げた。
「いでででででっ⁉」
男は振りほどこうとするのだが、フェリスの力が強くて振りほどけない。まるで大蛇に噛みつかれたようだった。
さらにフェリスはそのまま男を片腕で釣り上げた──細腕からは信じらない剛力だ。
男も周囲の野次馬も、信じられないものを見るように目を見開いていた。
「貴様、さきほど私をバカと言ったが──ケンカを売る相手を間違えたバカはどちらかな」
「ぐえっ……!」
フェリスは釣り上げた男の足を払いながら、そのまま地面に叩きつけた。潰された蛙のような悲鳴を上げて、男は意識を失う。
「ひっ、ひぃ~~! バケモンだこの女‼」
もう一人の男の方はフェリスに恐れをなして、尻尾を巻いて逃げ出す。
「化け物とは失敬な──そいつもしょっ引く、逃がすなナハト」
「──承知」
「ぐっ⁉」
フェリスが指示を飛ばすと、逃げ出した男の横合いからスッとナハトが現れ、男の足を引っ掛けた。
盛大にコケた男をナハトは手早く取り押さえる。
「は、離せっ……‼」
「逃げない方が身のためですよ。下手に逃げるとアンタもあんな風になる」
そう言って伸びている男を顎でしゃくると、逃げ出した男は観念したように抵抗を止めた。
途端にワッと周囲から歓声が上がった。
「うおぉぉぉっ! スッゲェ⁉」
「いいぞいいぞ七番隊! いつもありがとうな!」
「キャー! フェリス様、強くて可憐で今日も素敵ねぇ!」
一部始終を固唾を飲んで見守っていた周囲の店や通行人の人々が、フェリスとナハトに喝采を送っている。
「──なんかもう俺ら要らなくね?」
「そッスね……」
同行していたバルダックと新人隊士のミンネスが、ボソリと呟いた。
衛兵団の任務は主には街の巡回であり、その時は隊士四人組で回ることが通例である。
この日はナハト、フェリス、バルダックに、最近入隊したばかりのミンネスという新人隊士──隊長のフェリスに合わせているのか七番隊の隊士は若い者が多く編成されている──という編成だった
巡回中に何らかのトラブルがあった際は、迅速に対応することが求められるのだが。
「何かあるとすぐにフェリスちゃんがカッ飛んで行くし、大体ひとりで片づけちまうからな……俺としては楽できてありがたいけどよ」
道を歩くバルダックはそんな風にうそぶく。
それにしても──とナハトは軽く首を捻った。
「なんだかフェリスさん、街のアイドルになってないか?」
「そりゃお前、美人で名門出の貴族な上に正義感が強くて、悪漢を見逃さずに街の治安を守ってるんだ──そりゃ人気も出るだろうよ」
「当然のことをしていただけなのだが、なんだか面映ゆいな」
照れくさそうにフェリスは頬をポリポリと掻く──普段大人びているだけに、こういう所は年相応の少女に見えた。
いや、むしろこのギャップが彼女の魅力の一つなのだろう。
「フェリスちゃんの活躍のお陰で、俺たち七番隊の評判もうなぎ上りだ──七番隊に配属になって良かったぜ」
「バルダックが仕事のことで嬉しがるなんて珍しいな」
「最近、酒場でアステリオンの七番隊だって明かすとモテるんだよ」
「喜び方が不純すぎた……」
ナハトは呆れ顔だが、バルダックはまったく気にした様子を見せない。
「さて、そろそろ巡回も終わりだ──屯所に戻ったらナハト、また稽古を頼む」
「本当に練習熱心ですね」
「──これさえなければ、マジで七番隊サイコーなんだけどな……」
心なしかウキウキした様子のフェリスに、ナハトは苦笑し、バルダックはややウンザリしたように呻いた。
流れ込む難民や出稼ぎ労働者の全てを把握することの出来ない帝都では、中央区のみを貴族や代々帝都に住まう商人のみの街区とし、それ以外の周辺街区に人が溜まっているというのが社会的構造としてあるからだろう。
その日も繫華街では酔漢ふたりがケンカをしていた。
「っの野郎!」
「クソがぁっ‼」
肉体労働者だろうか、ケンカしている男たちはどちらも筋肉質で身体も大きい。そんな男たちが周囲の迷惑も考えず、取っ組み合いのケンカをしているのだ。
たちまちケンカに巻き込まれた道端の露店が被害にあう。道の脇に並べられたテーブルをひっくり返し、看板をなぎ倒している。
迷惑この上ないが、被害を恐れて誰も割って入ることができない。
その時、
「──そこの者たち、何をしている!」
「ああん?」
風鈴のような凛とした声が響き渡り、ケンカしていた男たちも思わず動きを止める。
男たちの視線の先には、アステリオン衛兵団の外套を羽織り、幅広の長剣を腰に下げた麗しい少女──フェリスが仁王立ちで立っていた。
その可憐な容姿と堂々すぎる立ち姿が、何とも不釣り合いで微笑ましさすら感じられた。
「真っ昼間から酒に酔ってケンカか。見苦しいにも程があるぞ。周りの者たちも迷惑している。金を払ってサッサと帰れ」
素人目には華奢な女の子にしか見えないフェリスを、男たちは舐めているようだった。
「んだとコラ」
「金を置いて大人しく帰らないのなら、詰め所にしょっ引くぞ」
「よく見りゃ衛兵隊の隊服じゃねぇか。最近じゃこんなお嬢ちゃんも衛兵隊に入れんのか?」
「しょっ引けるもんならしょっ引いてみろよバーカ」
ピキッ──フェリスが額に青筋を立てる。
「ではそうしよう」
言うなりフェリスは近くにいた方の男の腕を掴んで捻り上げた。
「いでででででっ⁉」
男は振りほどこうとするのだが、フェリスの力が強くて振りほどけない。まるで大蛇に噛みつかれたようだった。
さらにフェリスはそのまま男を片腕で釣り上げた──細腕からは信じらない剛力だ。
男も周囲の野次馬も、信じられないものを見るように目を見開いていた。
「貴様、さきほど私をバカと言ったが──ケンカを売る相手を間違えたバカはどちらかな」
「ぐえっ……!」
フェリスは釣り上げた男の足を払いながら、そのまま地面に叩きつけた。潰された蛙のような悲鳴を上げて、男は意識を失う。
「ひっ、ひぃ~~! バケモンだこの女‼」
もう一人の男の方はフェリスに恐れをなして、尻尾を巻いて逃げ出す。
「化け物とは失敬な──そいつもしょっ引く、逃がすなナハト」
「──承知」
「ぐっ⁉」
フェリスが指示を飛ばすと、逃げ出した男の横合いからスッとナハトが現れ、男の足を引っ掛けた。
盛大にコケた男をナハトは手早く取り押さえる。
「は、離せっ……‼」
「逃げない方が身のためですよ。下手に逃げるとアンタもあんな風になる」
そう言って伸びている男を顎でしゃくると、逃げ出した男は観念したように抵抗を止めた。
途端にワッと周囲から歓声が上がった。
「うおぉぉぉっ! スッゲェ⁉」
「いいぞいいぞ七番隊! いつもありがとうな!」
「キャー! フェリス様、強くて可憐で今日も素敵ねぇ!」
一部始終を固唾を飲んで見守っていた周囲の店や通行人の人々が、フェリスとナハトに喝采を送っている。
「──なんかもう俺ら要らなくね?」
「そッスね……」
同行していたバルダックと新人隊士のミンネスが、ボソリと呟いた。
衛兵団の任務は主には街の巡回であり、その時は隊士四人組で回ることが通例である。
この日はナハト、フェリス、バルダックに、最近入隊したばかりのミンネスという新人隊士──隊長のフェリスに合わせているのか七番隊の隊士は若い者が多く編成されている──という編成だった
巡回中に何らかのトラブルがあった際は、迅速に対応することが求められるのだが。
「何かあるとすぐにフェリスちゃんがカッ飛んで行くし、大体ひとりで片づけちまうからな……俺としては楽できてありがたいけどよ」
道を歩くバルダックはそんな風にうそぶく。
それにしても──とナハトは軽く首を捻った。
「なんだかフェリスさん、街のアイドルになってないか?」
「そりゃお前、美人で名門出の貴族な上に正義感が強くて、悪漢を見逃さずに街の治安を守ってるんだ──そりゃ人気も出るだろうよ」
「当然のことをしていただけなのだが、なんだか面映ゆいな」
照れくさそうにフェリスは頬をポリポリと掻く──普段大人びているだけに、こういう所は年相応の少女に見えた。
いや、むしろこのギャップが彼女の魅力の一つなのだろう。
「フェリスちゃんの活躍のお陰で、俺たち七番隊の評判もうなぎ上りだ──七番隊に配属になって良かったぜ」
「バルダックが仕事のことで嬉しがるなんて珍しいな」
「最近、酒場でアステリオンの七番隊だって明かすとモテるんだよ」
「喜び方が不純すぎた……」
ナハトは呆れ顔だが、バルダックはまったく気にした様子を見せない。
「さて、そろそろ巡回も終わりだ──屯所に戻ったらナハト、また稽古を頼む」
「本当に練習熱心ですね」
「──これさえなければ、マジで七番隊サイコーなんだけどな……」
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