いずれ剣聖にいたる帝国の守銭奴

十二田 明日

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 入り組んだ裏路地の一つ。大通りからも離れ、周囲も空き家に囲まれた帝都のエアポケット。
 そんな場所に怪しげな男が二人、紫煙をくゆらせていた。身なりはボロボロに擦り切れており、腰には使い込まれた長剣を携えている。
 見るからに屈強な男たちで、街で粋がっているゴロツキなら、見ただけで逃げ出すだろう。
 そこに人影が現れた。
 男たちは人影が見知った顔であることを確認する。

「来たか……」
「待たせたようだな」 
「首尾はどうだ」
「上々。上手く俺以外の奴に注意を逸らせた。だが色々とヤバそうだったんでな、潜入もこれで終わりだ」
「そうか。それで? 衛兵団はどこまで掴んでいる?」

 人影が口を開こうとした時、

「──そこまでだ。ミンネス」
「「「⁉」」」

 裏路地にナハトの声が響いた。
 見れば男たちと人影──ミンネスの前方にはナハトが立っていた。

「ナハト副隊長⁉ いつのまに……いやどうして……⁉」

 ハッとミンネスは背後を振り返る。
 ミンネスたちの逃げ場を塞ぐように、後方にはバルダックとフェリスの二人組が立っていた。

「フェリス隊長、バルダック──」
「俺をスケープゴートにしたつもりだろうが、残念こっちの策の内ってわけさ」

 ギリッと歯噛みするミンネスに、バルダックは嫌味ったらしく笑いかける。

「ミンネス……」

 悲痛な思いを吐き出すように、呼びかけるでもなくフェリスがそっとつぶやいた。
 信じたくなかった。ナハトを慕っていたミンネスが反帝国主義者のスパイだなどと。



 ──ミンネスと別れて裏路地に入り、「こっちです」と先導するナハトに続いて走ると、すぐにバルダックは姿を表した。
 壁にもたれかかってボケっと空を見ている。すぐにナハトたちの足音に気が付いて、軽い調子で手を上げた。

「よう、早かったな」
「バルダック! 貴様‼」

 フェリスは今にも斬りかからんという勢いでバルダックに迫る。バルダックはギョッとして飛びさがる。

「うえっ⁉ 何その反応、スゲェ剣幕じゃん⁉」
「フェリスさん抑えて!」

 ナハトが慌てて止めに入る。

(結構血の気が多いんだよなフェリスさんは)
「実はバルダックは逃げた訳じゃないんだ」
「──え?」

 ナハトの一言でフェリスの動きが止まる。戸惑うフェリスにナハトは謝罪した。

「ちょっとした芝居だよ。内通者をあぶり出す為の」
「芝居?」
「そこんとこ前もって話しとけよ。危うく殺されるかと思ったぜ……」

 フェリスが落ち着いたのを見て、バルダックも軽口を叩く。

「悪かったって、話すタイミングがなかったんだ」
「死んでから謝られても遅いんだぜ? ったく」
「待て待て待ってくれ! 一体どういうことなんだ? 説明してくれなければ分からない‼」

 事態を把握しきれないフェリスが喚くので、バルダックは説明を始めた。
 前々からミンネスが怪しいと思っていたこと。
 そして尻尾を掴むために、わざと逃げ出しやすい状況をつくる芝居をしたこと。
 ミンネスが衛兵団の屯所に戻らず、近くの裏路地に向かったところ見たこと。

「つう訳で、俺たちはミンネスと伝達役の仲間をとっ捕まえに行かなきゃならない」
「そんな……」

 フェリスは呆然としていた。
 バルダックはいつもと違う、軽薄さの裏に冷酷さを滲ませた凄みのある顔で問う。

「あんま気持ちのいいもんじゃねぇがフェリス隊長、あんたも来るかい。衛兵団の裏仕事だ」


 ──それがミンネスと別れてからすぐの出来事だった。
 得意げにバルダックは続ける。

「実は俺、密偵と内偵が得意でなぁ。団長直轄で極秘で動いてたんだわ」
「あなたが団長直轄の密偵……⁉」

 驚愕するミンネスにバルダックはニヤリと笑う。

「剣も学もからっきしの俺が、衛兵団に居続けられるのはこういう汚れ仕事を請け負ってるからって訳だ。ここ数か月隊内の動きを見てミンネス、お前が怪しいと睨んでたんだが案の定だったみてぇだな。誘いをかけたらホイホイ乗ってくれてありがたかったぜ」
「……くっ!」 

 ミンネスは言葉がない。
 全てはバルダックの手のひらの上のことだったのだ。

「ちなみにここ最近お前に教えた衛兵団の情報は全部偽物だ──観念しな」 
「ミンネスどういう事だ!」
「どうやら俺は手のひらで転がされていたらしい。まさか……アンタがそこまで頭の切れる人だとは思ってなかったよ」

 追いつめられた男たちがミンネスに詰めより、ミンネスは悔しそうにバルダックを睨みつける。

「ケッケッケ、侮られている方が敵を欺きやすい。能ある鷹は爪を隠すってやつだ」

 それまで黙っていたナハトが静かに、しかし威圧感を込めて語りかける。

「……こうなった以上言い逃れはできまい。大人しく縛につけ──さもなくば……」

 斬る──ナハトが愛刀を抜いた。それを見てフェリスも剣を抜く。
 男たちとミンネスは顔を見合わせた。

「どうする?」
「決まっているだろう。こいつらを切り捨てるのみ‼ 後ろはあのヴァンダルムの剣姫だ、前の男を狙え!」
「はっ⁉ よせっ──!」

 評判の知れ渡ったフェリスよりも、ナハトの方が倒しやすいと踏んだのだろう。ミンネスの制止も聞かず、男たちはナハトに斬りかかった。

「ずあああぁぁぁぁーーーっ!」
「ふ……!」

 打ち下ろしの斬撃を半歩横に避けながら、ナハトは男の首めがけて横薙ぎの一刀を見舞う。

「……っ⁉」

 喉を切り裂かれた男は、悲鳴すら上げられずに首元を押さえ──そして糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

「⁉ 馬鹿な一撃で──⁉」

 二人目の男は驚愕に目を見開く──その隙をナハトは見逃さない。

「せあぁっ!」
「がはっ⁉」

 相手が仲間の死に動揺している隙をついて、ナハトは一気に勝負を決めにかかった。
 最短最速の動きで突きを放つ──と見せかけて、袈裟がけに斬り込む。
 突きを防御しようとした男の剣はあらぬ方向へ動き、がら空きになった肩口へナハトの一刀が繰り出される。
 男は肩口から心臓あたりまで深々と斬り込まれ、バタリと倒れた。
 いずれも即死であろう──もはや殺人芸術とでも呼ぶべき、見事な早業である。
 ミンネスは数秒と経たずに仲間二人を屠ったナハトに、化け物でも見るかのような視線を送った。

「くっ……」
(日々の稽古や立ち合いで強いという事は分かっていたが……実戦においてもこれ程強いのか……⁉)

 ナハトはヒュンと一度刀を振って血振りを行い、刀身の血を拭ってパチンと刀を納めた──害意がないことの表れである。
 ナハトは諭すようにミンネスに語りかける。

「もう一度言う。大人しく縛につけミンネス、お前を斬りたくはない」
「く、来るな……!」

 ミンネスは剣を抜いて切っ先をナハトに向ける。しかしナハトは納刀したまま、一歩、また一歩とゆっくりと近付いた。

「う……」

 ミンネスはナハトに気圧されたのか、下がることもできず切っ先をナハトに向け続ける。
 さらに一歩、ナハトが距離を詰めた。

「さぁ、剣を納めて縛につけ」

 ナハトの胸板がミンネスの切っ先のすぐ目の前にある。今少しでもミンネスが腕を前に伸ばせば、心臓を突ける──そんな間合いであるにもかかわらず、ナハトはまだ納刀したままだった。

 本気でミンネスを斬りたくないと思い、それを示すために無防備な状態を晒している。
 しかしそれが返って仇となった。
 まともに戦っても勝てないが、今ならナハトを倒せるかもしれない──そんな考えがミンネスの脳裏を掠める。
 ミンネスの変化にフェリスが気付いて叫ぶ。

「ナハト──!」
「う……うああああぁぁぁーーーーっ!」

 フェリスの声とミンネスの絶叫が響いたのはほぼ同時。
 ミンネスは及び腰の状態から全力で前に踏み込み、渾身の諸手突きを繰り出す。
 白刃が閃いた。

「──突いて来なければ、斬られずに済んだものを」

 ポツリとナハトがつぶやいた。
 金属音──ミンネスの剣が虚しく地面を転がる。

「う……ぃがあああぁぁぁーーっ⁉」

 ぶしゅう──という嫌な音がして真っ赤な血が滴る。
 地に転がっているのは剣だけではない。見れば剣を握ったままのミンネスの前腕も、血を噴き出して転がっていた。
 そしてナハトの右手には血染めの愛刀が握られている。

 ミンネスが諸手突きを放つ一瞬の内に、抜き打ちざまにナハトがミンネスの腕を斬り落としたのだ。
 ミンネスはがっくりと膝をつき、一瞬でなくなってしまった両腕を見やる。

「うぐぅ……い、今のは……確かに剣を納めた無防備なところを狙ったのに……?」
「俺の習得した東方剣術では抜刀術ばっとうじゅつ居合いあいと言ってな。剣を納めた状態から『抜く』と『斬る』を一挙動で行う、不意打ちに対応するための技術や型が存在する。納刀──剣を納めた状態とて、東方剣術の使い手にとっては臨戦態勢。隙などない」
「くっ……」

 仲間と腕を失い、もはや開き直るしかないのか──ミンネスは力なく笑う。

「まさか副隊長、アンタまでこんな食わせ者だったとは……さっきの投降の呼びかけ、思わず騙されましたよ」
「騙すつもりなんてなかった。本当にお前を斬りたくはないと思っていた。ただお前が突いてきたから俺も剣を抜いた──それだけだよ」
「それが出来てしまうのだから、やはりアンタは剣の鬼だよ」
「……否定はしない」

 本当にミンネスを斬りたくはないと思っていた。だがいざ斬りかかってくるとあれば、ナハトは容赦しない。
 自分には守らなくてはならない存在がいる。誰かの為に死んでやる選択肢などない。 
 もし自分を殺しにくる存在があれば、ナハトは一切の躊躇なくそれを斬る──斬れてしまう。
 ならばそれを剣の鬼と言われても否定はできない。
 ミンネスが少しだけ余裕を取り戻す。自分の言った皮肉がナハトに多少なりとも効いたのが嬉しかったのかもしれない。

「一つお願いがあるんですがね……」
「なんだ図々しい奴だな」
「待てバルダック──言ってみろ」

 バルダックを制しつつ、ナハトはミンネスに発言を促す。ミンネスは首筋を差し出すようにして言った。

「両腕がこうなっちゃ、もはやまともに生きてはいけない。このまま生き永らえても、最後はボロくずのように捨てられるのがオチでしょう。ならばせめて、ここで斬ってくれませんか」

 ミンネスが望んだのは介錯だった。
 フェリスは固唾を飲んでナハトを見守る。ナハトはしばらく瞑目した後、深くうなずいた。

「……いいだろう」

 ナハトはミンネスの側に立ち、愛刀をゆっくりと振りかぶった。

「さらばだミンネス」
「……帝国に呪いあれ……」

 それが最後の言葉だった。
 ナハトの刀が振り下ろされ、ミンネスの首がポトリと落ちた。一撃で綺麗にミンネスの首を切断する様は、ナハトの技量が優れている証左である。
 ボソリとまるで言い訳でもするかのようにナハトがつぶやいた。

「やはり……あまり気分の良いものではないな」
「ああ全くだ」
「……」

 バルダックはうなずき、フェリスは何も言わなかった。
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