シャロン・ホームズの助手

十二田 明日

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第3章 人造人間 Ⅲ

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「やぁ」

 そう言って青年は手を上げる。端正ながらも頬がこけており、美しさよりも儚げな印象が先に立つ。肌も色白というより青白い、血の気の通っていない感じだった。髪も色素が薄く、全体的に生命力が希薄な印象を受ける。

 やや小柄で痩せ気味の普通の青年にしか見えないが、しかしこの青年がフリードマン男爵の子息、ジェイコブ・フリードマンであり──切り裂きジャックであるのは間違いないだろう。

「昨夜ぶりだね。一日と経たずにここに──いや僕にたどり着くなんて、やはり君は大した探偵のようだ」

 青年の口調はまるで親しい人間と話すようで、とても殺人鬼が自分を追いかけてきた探偵にかけるものとは思えなかった。しかしその余裕が、かえって昨夜の切り裂きジャックを思い起こさせる。
 部屋の異常さと外見の普通さのギャップに戸惑いながらも、ワトソンはゆっくりと口を開いた。

「一応確認しておこうか──君が切り裂きジャックか?」
「その通り」

 分かり切ったことを聞くなと言わんばかりに青年──ジェイコブ・フリードマンは答える。
 あまりにもあっけない自白に、ワトソンは拍子抜けする。そんなワトソンの反応をジェイコブはつまらなそうに見ていた。

「探偵の助手だったか、お前はどうも凡庸だな。そこの探偵ほど、察しの良さはないらしい」
「……随分と余裕だな。自分の正体が露見したっていうのに」

 ムッとしてワトソンは答えるが、ジェイコブは動じない。

「どうでもいい。これまでの事件は私の発明品が完成するまでに必要だっただけの事だ」
「私の発明品だと……?」
「……」

 ワトソンは訝しみ、ホームズは真剣な顔でジェイコブを睨んでいる。

「そこの探偵は何なのか察しがついているようだね」

 ジェイコブが酷薄な笑みを浮かべると、ホームズの目が鋭さを増す。

「……考えつく限り、最低最悪のものだが……どうやら当たってほしくない推理が当たってしまったようだ……」

 苦々しく独白するホームズ。ワトソンには何がなんだか分からない。

「察しの悪い探偵助手にも分かるように、実物を見せてやろう」

 ジェイコブがそう言って指をパチンと鳴らす、するとそれは出てきた。

「な……」

 ワトソンは言葉を失う。この部屋の死体の浮かんだケースを見た時以上の衝撃をワトソンは受けた。
 部屋の奥からしずしずと出てきたそれは、人間ではなかった。変色した肌、濁った瞳、所々抜け落ちた髪、明らかに生者のものではない。

 死体だ。紛うことなき死体だ。
 だというのにそれが動いている──ワトソンにはそれが信じられない。思わず目を疑う。

「これは死霊術ネクロマンシーなのか……?」
「そんなおとぎ話ファンタジーと一緒にするな。これは死霊術なんかじゃない、科学の粋を集めた結晶──人造人間フランケンシュタインだ」

 急にテンションを上げて語り出すジェイコブ。まるで自分の描いた絵を自慢する子供のようだ。

「人の筋肉を薬品で樹脂化させ、骨と関節を機械で補強。さらに脳と電算機コンピュータを組み合わせることで、自律的に行動できるようにしてある。しかもエネルギー効率もよくて、わずかな熱エネルギーで長時間持続的に活動可能──素晴らしいだろう?」
(……何を言っているんだこの男は……)

 ジェイコブが勢い込んで語るが、ワトソンには何一つとして理解できなかった。
 死体が生きた人間のように動き、振舞っている──それがまるで生者と死者の境を曖昧にしてしまうようで、ワトソンには不気味に思えて仕方ない。
 無言のワトソンに代わって、ホームズが口を開く。

「確かにすごい発明だね──倫理的に盛大なアウトだという事を除けば」
「倫理? そんなもの、科学の発展に比べれば然したるものではないだろう」
「──ふざけるな!」

 首を捻るジェイコブに、堪えきれずワトソンが叫ぶ。

「貴様! こんな──こんな物のために何人も人を殺してきたっていうのか⁉」
「別にいいだろう。あの程度の人間なんていくらでもいる。むしろ科学の発展に寄与できたんだ、ただ生きているよりずっとましな命の使い方だと思うがね」

 悪びれもしないジェイコブの物言いに、ワトソンは眩暈がしそうだった。
 この男には、他者への敬意というものがまるでない。貴族という身分がそうさせるのか、自分が特別な人間であり、それ以外の人間は全て道具として扱っても良い──とでも思っているのだろう。

 そうでなければ、ただ自分の発明品をつくるためだけに人を殺したりはしない。
 これまでの連続殺人事件は、ジェイコブにとって作品を作り上げるための手段であり、作業でしかなかったのだ。

「違和感があった。あんなに綺麗に解体したのに、何故それを路上にぶちまけるのか。あれはただ失敗作を適当に処分していただけだった──」

 ホームズの独白を聞いてわずかにジェイコブが唇の端を釣り上げる。それを見てホームズは言葉尻を変えた。

「──という訳でもない。君、私を誘ったな?」
「どういう事だ?」

 ワトソンは怪訝な顔をした。

「彼はただ実験をしていただけじゃない。同時に試していたのさ、自分の作品や事件の真相にたどり着ける人間がいるのか。だからあえて事件を大きくした」
「何の為に?」
「自分の作品を理解してくれる人間を求めたんじゃないかい?」

 視線を投げるホームズに、ジェイコブは微笑む。

「正解だよ。やはり君は優れた人間のようだな、隣の助手とは違って」
「嬉しくない賛辞だね」

 ホームズは顔をしかめるがジェイコブは気にしていない。

「素晴らしい作品を理解するのは、凡百の人間には難しい。優れた人間が必要だ──だから優れた人間ならわかる程度に痕跡を残していった。ここにたどり着いてくれてとても嬉しいよ、シャロン・ホームズ」
「だから嬉しくないと言っているのに」
「しかし理解できているだろう、君の助手とは違って。最初から拒絶し理解しようとしないそこの彼とは違って、倫理的に許されないと評価しながらも分かったはずだ。この人造人間がどれほど価値のあるものなのか」
「……」

 ホームズは視線を逸らした。それは言外に認めているのと同じだった。
 分かるのだ。
 確かに許されるものではないとしても、その有用性が。

「ただの労働者よりも長く働き続けることのできる人造人間。反抗することもなく従順だ──労働力としてだけでなく、最前線で戦う兵士としても使えるだろう。何より死なないし、多少壊れても替えが効く──世界の富裕層や為政者はこぞって欲しがるだろう。私の人造人間を」

 ホームズには理解できていた。ジェイコブの語るそれが。
 しかし──

「いい加減にしろ」

 ジェイコブの自分に酔っているかのような語りを、ワトソンの怒りをはらんだ声が寸断する。

「誰もそんな物を欲しがったりなんてしない。そしてお前はここで捕まえる」
「これだから話の分からない奴は困る。それとも猿並みの知能しかないのか」

 心底馬鹿にした口調でワトソンを揶揄するジェイコブに、

「黙れ勘違い野郎」

 ワトソンはどすの利いた声で言った。

「お前は自分の事を優れた人間とでも言いたげだが、人を何の躊躇もなく殺し、それを恥じることもないお前こそ、ただのケダモノだ」
「……」

 ワトソンのセリフの何が効いたのかはわからない。ジェイコブは顔色を変えた。
 鋭い目つきでワトソンを睨んでいる。

「不愉快な奴だ──イヴ。そいつを殺せ」

 イヴ──旧約聖書にある、創造主が最初に創造した原初の女性の名前だ。神様でも気取っているつもりなのだろうか。
 ジェイコブが命令を下すと唐突に人造人間が動き出し、ワトソンに飛び掛かる。

 その挙動は非常に素早く、とても人間のものとは思えなかった。まるでネコ科の肉食獣が獲物に襲い掛かるような敏捷さだ。
 予想だにしないスピードに面喰い、ワトソンは瞬く間に組み付かれて押し倒された。

「ぐ──クソッ!」

 馬乗りになった人造人間を引き剥がそうとするのだがビクともしない。上から強烈な力で押し付けられている。
 一応素体になった死体は女性のものなのだが、見た目に反して非常に力が強い。
 ジタバタと暴れるワトソンを見て、ジェイコブが笑う。

「言っただろう、機械で補強してあると。そいつのパワーは常人とは比べ物にならない」

 人造人間はワトソンを床に押し付け、防御する手をどけて首筋に噛みつこうとする。おそらく高度な戦闘技術などはプログラムされていないのだろう。獣のように喉笛を噛み切って殺そうとしているのだ。

「させるか!」

 ホームズは懐から拳銃を取り出し、即座に発砲。
 人造人間に二発、三発と銃弾を叩きこむ。しかし人造人間は意にも返さない。

「拳銃弾程度では止まらないか──!」

 ワトソンの眼前に恐ろしい人造人間の顔が迫る。肌が溶けた蝋のように爛れ、濁った瞳は何を見ているのか分からない。恐ろしい煉獄の亡者の面貌──あの顔がワトソンの首元にたどり着いた時、ワトソンの命運は尽きるのだ。

「う、うおおおおぉぉぉぉっ!」

 死んでたまるかという思いが、叫びとなって溢れ出る。
 ワトソンはブリッジして人造人間の腰を押し上げてスペースを作ると、片足を人造人間と自分の間に差し込んだ。右足の裏が、人造人間の腹部を捉える。

 するとワトソンは思い切り人造人間を蹴った。
 たまらず人造人間は吹っ飛んでいく。人造人間は天井にバウンドしてから、数メートル離れた床に落ちた。
 しかしそれでも止まらない。ゆっくりと人造人間は身体を起こす。

「不死身か──って、そもそも死んでるのか」

 幸い人造人間の動きは高い身体能力に任せて襲ってくるだけで、獣のように単純だ。慣れればすぐにやられる事はない。しかしあんなものが際限なく襲い掛かってきたら、いつかは体力が尽きて喉笛を嚙み切られてしまう。

 人造人間がどれだけ活動できるのか分からないが、先ほどのジェイコブの物言いから考えるに、少なくともワトソンの体力が尽きるより先に動かなくなることはないだろう。

 このまま戦うのはジリ貧か──ワトソンは冷や汗を流す。
 身構えるワトソンに再度人造人間が飛び掛かる。

「倒し方は大体分かった、私に任せたまえ」
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