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第2章 呪われし者

Rivals?

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「その節は、お世話になりました」

 まさか鷹臣が自分を診てくれた医者だったとは。狼子に紹介され、その事実を知った。

「元気になってよかった。痛かったろ? 狼子こいつの膝蹴りは」

「あはは……それが全く覚えてなくて」

 気がついたら離れだったのでと、情けなく笑う。

「狼子に聞いたが、君は人より傷の治りが早いんだってな」

「そうなんです。転んでも半日したら傷は治ってるし、トラックと正面衝突して病院に搬送された時なんて、お医者さんや看護師さんはダメだって諦めてたんですけど、一週間したら元通りになってました」

 奇跡の子だなんて皆が喜んでくれる中、悲しみに暮れた顔で自分を見ていた母親。逃れられない運命だとしても、どこかで希望を持っていた彼女は、この事故でそれが叶わないと知ってしまい絶望の淵に立たされる。化物を産んでしまった自責の念からか、そこから少しずつ母親は精神を病んでいった。

「それは凄いな。是非一度、犬飼くんの身体をじっくりと調べさせてもらいたいもんだ」

 特別な何かが見つかるかも知れない。医学に携わる者として、こんな興味深い話しはそうそうない。

「期待してくれるのは有難いんですが、実は昔に一度調べてもらったことがあるんです。けど、全くと言っていいほど、何も出てきませんでした」

 普通の人間と大差ない。そう診断された。

「君の両親もそうなのかい?」

 そう鷹臣が尋ねた時、一瞬だけ犬飼の表情が曇る。

「えぇ、まぁ……父親が」
「鷹臣、時間は大丈夫なのか? 早く戻らないと怒られるぞ?」

 犬飼の心内を知ってか知らずか、会話に割って入ってきた狼子は、腕時計を指差し彼に見せる。

「こっちもそろそろ最終確認しなきゃなんないから、もう行かないと」

「忙しいのに引き留めて悪かったな。俺ももう人働きしてくる」

「ちゃんと明日には帰って休めよ?」

「あぁ、じゃあな」

 手を上げロビーを足早に駆けて行く鷹臣、彼の背中を見送り犬飼たちも、上の階へと戻って行った。











◇◇◇










1900ヒトキューマルマル、王子が正門に到着、その後ホテルへと護送する。1930ヒトキューサンマル、ホテルに着き次第そのまま本国の役人と会食、」

 茶木が予定表を確認し、それを読み上げていく。ここは会議室だろうか、広めのワンフロアに集められた男女三十人ほどからなる部隊。狼子を真ん中に、左右均等に分けられた者らが向き合うようにズラリと列をなす。

「今日はホテルから出ないが、明日は930キューサンマルにホテルを出発し、1300ヒトサンマルマル、西区にて九頭くずとの会合に出られる」

 その最後尾に犬飼も並び、茶木の話しに耳を傾けた。

「なお、明日は2000フタマルマルマルに18代目当主が、同ホテルで本国との定例会議に出席される。そこには隊長と新入りいぬかい、鹿乃、あと数名を除く全員が、そちらの警備に当たる予定なので忘れるな!」

 何より優先するは虎之助の安全。たとえ相手が王子であろうと変わりない。その言葉に、全員が声を揃え短く返事をした。

(……ん?)

 向かいの列にいる女の子が、犬飼こちらをジッと見てくるのに気づいた。栗毛色の髪を団子に束ねた彼女の目には、何故か敵意の色が混じっている。

(……すごい見られてる。しかも何か怒ってる!?)

 彼女との面識は全くない。睨まれたり恨まれる謂われもない。

「第7王子は明後日までの滞在だが、現在、隣国では騒がしい問題が起きている。もしかしたら、敵対する者が何か仕掛けてくるかもしれない。各自気を抜かないように気をつけてくれ」

 何か事が起きれば隊長ろうこの責任になる。それだけは是が非でも避けなければ。説明を終えた茶木が手を叩くと、部下たちは散り散りに消えていく。皆、持ち場に就くために。

「あ、あの……」

 去ろうとする女の子を掴まえ、話しかけた。

「なんですか?」

 トゲのある言い方。やはり敵視されている。犬飼は、恐る恐る尋ねる。

「どこかでお会いしましたか……?」

「いいえ、はじめてです」

「そう……ですよね?」

ならば何故──。

「用がなければ行ってもいいですか?」

 掴んだ腕を振り払われた。油を売っている暇はないからと、冷たい目で見られる。

「あ、はい……すいません」
「鹿乃、なにやってる?」

 これからって時にもめ事はご法度だと、茶木が近づいてきた。

「なにもないわよ、兄貴こそしっかりと狼子様を守ってよね? 怪我なんてさせたら一生口利かないんだから!」

 我が妹ながら感服するくらいの狼子しゅくん愛、

「いや、俺たちが護るのは王子だけどな」

兄は冷静にそう返した。

「あ、えっ? ……いや」

「ん? どうした」

 口をポカンと開け兄妹を交互に指差す犬飼。まだ事実が飲み込めていないのか声をかける。

「ふ、たりは……ご、兄妹?」

 厳つい顔をした男に、小柄で可愛らしい女の子。この二人を見て誰が兄妹と想像できるだろうか。

「鹿乃とは19も離れてるからな。兄妹には見えにくいかもしれんな」

「年齢だけのせいじゃないと思うけどね」

 茶木 鹿乃ちゃき しかの。狼子を女神と崇め、彼女だけを一心不乱に愛する二十歳の女の子。

「犬飼とか言ったわね? この際だからはっきり言っとくけど、狼子様はあんたみたいな余所者には渡さないんだから!!」

 ビシッと、面前に人差し指を突きつけられる。いきなりの宣誓布告の理由は虎之助。彼が言いふらしたおかげで、犬飼が狼子に好意を寄せていると知った鹿乃は激怒。愛する女神に邪な感情を抱く男は、徹底的に排除すると誓ったのだ。

「悪いな。鹿乃こいつ、色恋に関しちゃ潔癖なとこがあって」

 だから20年間生きてきて、恋人が出来たためしがない。
 女神に似合うのは神のみ。狼子の相手が犬っころなんて言語道断。自分が敵視された理由を知り、犬飼は苦笑いを浮かべた。

「持ち場に就かずに何をやってる?」

 その場から動かない三人に狼子が声をかける。

「もうすぐ王子が来るんだぞ? 遊んでないで仕事しろ」

「ろ、ろうこさまぁ! 申し訳ありません!! すぐに行きますっ!!」

 彼女に叱られ涙を浮かべる鹿乃。元凶はお前だと言わんばかりに犬飼を一睨みすると、慌てて持ち場に消えて行った。

「あたしたちも出るぞ」

「了解、車回して来ます」

 正門へ王子を迎えに行くのは、狼子、茶木、犬飼の役目。

「もっと護衛の人数を増やした方がいいんじゃないですか?」

「いや、王子側むこうにも何人か護衛はついてる。それにワラワラと引き連れて歩いていたら、の意味がないだろ?」

 気配を消し見えない場所から皆、王子を護っている。何かあればすぐに対応できるように。

部隊うちは優秀揃いなんだ」

 誇らしげに語る狼子、彼女が部下たちを大切に思っていることが見てとれた。

「行くぞ、犬飼」

「はい!」

 王子到着まで、あと一時間。
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