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「ねぇねぇ、これなんてどう?」

 真澄が手にしたのは、ベルベット生地のタイトスカート。 

「黒一色でシンプルだけど、逆に何かエロくない?」

 思ったよりスカートの丈が短いが、手足が長い葉月さんには、よく似合うと思う。

「スカートは……ちょっと。それよりも、これなんかどうかな?」

 そう言って見せられたのは、こちらも黒のレザーパンツ。

「それも似合いそうだな~」

「本当? ありがとう」

「ダメ! 確かに似合いそうだけど、パンツはダメ!」

 絶対にスカートだと言い張る真澄。

「せっかくのデートなんだから、めいっぱいオシャレしないと? 落としたいんでしょ? 相手の男!」

「へっ!? いや、その……そんなつもりは。ただ、楽しい時間を過ごせたらなって……」

「それでハイさよなら? たった1日だけで終わっていいの?」

 思い出にすがったって何一つ幸せになんてなれやしない。確実に仕留めるメスライオンの気持ちで行かないと。

「葉月さんは、そりゃあたしには敵わないけど、十分かわいいしスタイルだってモデルみたいなんだから、自信持たないと!」

「そうよ! それにさっきから気になってたんだけど、なに? その猫背!」

「いや、癖になっちゃって……。私みたいなデカイ女が横に並んでると、男子が気にするかなって」

「せっかくの長身が勿体ない!」

「そうだ! そんなミジンコみたいなこと考える男は、ぶっ飛ばせ!」

 あーだこーだと言い合いながら、3人で買い物するのも悪くない。

「いい? その綺麗に引き締まった脚を存分に見せつけてやりなさい!」

「は、はい!」

「とは言っても、このパンツも捨てがたいし……2回目のデート用に買っとく?」

「買っちゃえ買っちゃえ!」

「あ、でも、予算が……」

 今日は、デート用に一式揃える為に来ているので、無駄遣いはできない。たがしかし、そこは心配ご無用。そんな時の為に、あたしがいるのだ。

「伊織さま、ちょっとお願い」

「りょーかい!」

 あたしは店長らしき男を即座に見つけ、近づいて行く。

「あ、あの……」

「はい? 何かお探し……」

 いい子ぶりっ子かわいい子。これでもかというくらい瞳を潤ませ、その男を見つめる。

「ちょっと相談があるんですけど~」

 キュルルン、効果音はこんな感じだろうか。わざとらしく首を傾げる。すると男は、容易く落ちた。

「は、はい! なんなりと!!」

「実は、友達が服を買いたいんですけど~、予算が足りなくて……」

 アカデミー俳優顔負けの迫真の演技、大粒の真珠のような綺麗な涙を一粒流す。

「……何とか、なりませんかね?」

「なります! 欲しいモノ半額にします!」

「ホントに?」

 後ろ手でピースサインを送ると、真澄がガッツポーズで返してきた。無事に商品をゲットし、次の店へ。

「ありがとうございました~」

 店長らしき男に礼を言って店を出ようとするが、咄嗟に腕を掴まれる。

「あ、あの彼氏いますか!? もしよかったら俺と」
「あの~すいません! これ欲しいんですけど」

 鼻息荒い男の腕を薙ぎ払い、あたしを背中に隠すように、星夜が間に割って入ってくる。

「プレゼント用なんで包装して貰えます?」

 何を買ったのだろうか、誰にプレゼントするのだろうかと後ろで考えていたら、男の小さな悲鳴が聞こえた。それと同時に、商品を抱えながら慌てて奥の部屋へと消えていく。大きな背中が邪魔して、星夜こいつ表情かおは見えないが、何やらご立腹だということは、立ち込める黒いオーラを見て、よく分かった。

「伊織ちゃん、」

 背を向けたまま、星夜が話しかけてくる。

「なんだ?」

「いつもあんなことしてるの?」

 他所の男に色目を使うような真似。星夜の声は冷ややかだった。

「し、てない……です」

「そう? その割には手慣れてたけど?」

 嘘つきはお仕置きだと言わんばかりに、握られた手に力が込められる。助けを求めようと真澄を見たら、葉月さんを連れて店の外へと避難していた。

(は、薄情者ーー!!)

「伊織ちゃん、聞いてる?」

 よそ見しないで。まるで後ろに目があるみたいに、そう注意された。

「……ごめんなさい、もうしません」

 反論せずに素直に謝った。だって星夜が怒ってるのに、泣いてるみたいだったから。

「……絶対だよ? じゃないと──」

 犯罪者になっちゃうから。それはあたしのことだろうか、それとも……。

「……うん、ごめん」

 頭を背中にくっつけて、また謝った。そしたら手の力が弱くなった。

「お、お待たせしましたっ!」

 タイミングが良いのか悪いのか、男が綺麗な包みを持って戻ってきた。レジで支払いを済ませてる間も、星夜の手とあたしの手は握ったまま。離したら死んじゃうみたいに。

(……時々、)

 ほんのちょっぴりだけ、星夜のことが分からなくなる。









◇◇◇ 








 例えばさ、そこに大好きな女の子がいるとするでしょ? それで、その子は自分以外の男に笑顔を振り撒いてるんだよ。女の子は世界で一番かわいいからさ、男の方も満更でもなくて……。そんな時、頭の中で何度も何度も考えてるんだよね。相手の男を、どうやって八つ裂きにしてやろうかって。見るも無惨な姿になって、それをキミに見せつけたら、もう誰にも笑いかけないんじゃないかって。それってやっぱり異常なのかな?

「……女の買い物ってなげーな。もう5件目だぞ」

 締めはセクシーな下着だって、真澄ちゃんがワクワクしながら伊織ちゃんたちを引き連れて行ったから、俺たちは外のベンチでお留守番。

「『綺麗になるためには妥協はしない』って、伊織ちゃんも真澄ちゃんも言ってたし……仕方ないよ」

 けど、本音を言えば飽きてる。千秋ちゃんには悪いけど、俺は伊織ちゃんにしか興味がないから。

(これが伊織ちゃんと二人っきりだったら、何時間でも楽しめるのにな~)

 二人っきりの世界だったら。

「明石くんてさ、千秋ちゃんのこと好きだよね~?」

 暇潰しに世間話でもするかと、突拍子もなく話しかけたら、隣の彼が面白いくらいに慌てた。

「えっ! はっ!? な、なにを」

「隠さなくてもいいよ~」

 丸分かりだし。つーか千秋ちゃんを見つめる目が、好き好きオーラ駄々漏れだし。

「たぶん真澄ちゃんも気付いてるよ。そういうのに敏感だから」

 それに比べて伊織ちゃんときたら……。本っっっ当に鈍感なんだから。

「あ、あの」
「言わないよ」

 さっきも言ったけど、興味がないから。

「いつから好きなの?」

「…………さぁな、」

 あ、認めるんだ。気がついたら好きだったって明石くんの言葉、何だか俺と似てるな。

「いいの? 千秋ちゃん他の男とデートしても?」

 俺だったら耐えらんない。相手の男、再起不能にしてやるよ。

「……いいんだ、アイツが幸せなら」

 そう言った明石くんの目が、慈愛に満ちていて、少しだけ驚く。

「……へぇ~、変わってるね」

 マゾなのかな。

「俺とアイツじゃ不釣り合いだしな」

「それって身長のこと?」

 そう聞くと彼が頷いた。

「13センチだぜ? ただでさえデカイの気にしてるのに、隣にこんなチビが立ったら、周りにきっと笑い者にされちまう」

 傷つく彼女は見たくないか。なるほど、泣けるね~。

「だから告白しないんだ」

「例えアイツを幸せにするのが他の男でも、アイツが笑顔でいられるなら、それが一番だからな」

 全くもって理解不能だよ。

「……そういや、姫川に謝らなきゃな」

「伊織ちゃんに? なんで?」

「千秋が女子と楽しそうに笑ってるの、久々に見たからさ」

 最初は本当にパシリにするのかと思ってたけど、そうじゃないって分かったから安心したらしい。

「もしかして、千秋ちゃん……」

「ここ2ヶ月程前からイジメに遭ってる」

 クラスメートの女子と部活の一部の女子に。その原因は、千秋ちゃんのデート相手らしい。

「他校の奴で同じバスケ部のイケメンなんだってよ。で、ソイツが千秋と仲良くするようになってから──」

 イジメが始まった。要するに女子の妬みか。

「最初は軽い無視から始まって、今じゃ嫌がらせの数々らしい。この前なんて、制服汚されたから洗濯して乾くまでの間、体操服で過ごしてたし」

 伊織ちゃんがぶつかった日ね。

「あまりにも酷いから、千秋に内緒で一度だけ注意したことがあったんだ」

「そしたら益々イジメが酷くなった?」

 そう答えると、悲しそうに首を立てに振った。

「経験上、こういう場合に男が出ていくと、反って女子の神経を逆撫でするからね~」

 それがイケメンなら尚更。明石くんは身長は低いけど、結構女子に人気あるしね。

「伊織ちゃんも1年のころは、今の比じゃないくらいに、酷いイジメに遭ってたしね~」

 まぁ……全部返り討ちにして、何なら百倍返しにしてたんだけどね。

「あんまりエスカレートするなら、伊織ちゃんに相談してみるといいよ。こういうのは、女の子の方が解決しやすいし」

 話し合いとかじゃなくて、十中八九拳で解決になると思うけど。

「……姫川って変なヤツだと思ってたけど、案外いいヤツなんだな」

 見方が変わった。ほら、こうやってまた人を惹き付けていく。

「そんな怖い顔すんなよ。別に好きとかじゃねーし」

「分かってるよ」

「お前の見方も変わったわ」

「どんな風に? てか、俺たちマトモに話ししたことなんて、一度もないでしょ?」

「だからイメージで。何て言うか、気持ち悪いくらいにいっつもニコニコしてて、男子にも女子にもヘラヘラしてる軟派野郎だって思ってたけど、全然違ったわ」

「何それ? 俺のイメージ最悪じゃん?てた か、どんな風に変わったの?」

「ただの姫川バカ。お前の頭の中には姫川しかいなくて、お前の世界の中心は姫川で回ってるんだなって思った」

 うん、正解。おめでとう。

「さっきの店での男の怯える目、死神にでも会ったみたいな顔してたぜ?」

「だって、伊織ちゃんに触るんだもん」

 俺に許可なく。最初から許可なんてしないけど。

「腕、折ればよかったな……」

 思い出したら腹が立ってきた。今から折ってこようかな。

「止めとけ、姫川が悲しむぞ」

「すごい~、俺の考えてること分かるんだ」

「誰でも分かるわ、そんな顔してたらな」

 死神みたいな顔。そう言われてもピンとこない。だって死神なんてみたことないし。

「そんなに心配なら、お前こそ告白しろよ」

「ダメダメ。俺じゃ無理だよ~」

 明石くんとは違った意味で、伊織ちゃんの王子様になれないから。

「だから、全部潰すんだ。鬱陶しいハエを一匹残らずね」

 そこも俺とは違うね。

「でも、キミは別だよ。伊織ちゃんに興味ないし」

 あと螢くんも。

「そりゃ、どーも」

 あ、買い物終わったみたい。店から3人が出てくる。

「なぁ、一つ聞いていいか?」

「ん? なに?」

「それで、姫川もお前も幸せになれんの?」 

「……幸せ?」

 何それ。

「俺が幸せに出来ないのに、伊織ちゃんに幸せがくるわけないじゃん?」

 変なこと聞くんだね。

「……お前さ、本当に姫川のこと好きなのか?」

「好きに決まってるじゃん! 大好きだよ!」

 世界で一番、殺したいくらにね。よく言うでしょ、愛情と憎しみは紙一重って。あ、でも心配しないで。本当に殺したりしないから。万が一限界が来た時は、社会的に抹殺して、誰も知らない場所で二人っきりで過ごすのもいいかもね。

 なんて俺が言ったら、明石くんの顔が真っ青になってたけど、気にしない気にしない。
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