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 買い物が終わってカフェでお茶して、真澄や葉月さんたちと別れた今、星夜と並んで家へと帰っていく。

「イジメ? 葉月さんが!?」

「うん。明石くんが言ってた」

 その帰り道に、彼女がイジメに遭っていると聞かされた。

「知らなかった……真澄のヤツ何も言ってなかったし」

 何より彼女が明るく振る舞っていたから。

「真澄ちゃんは、そもそも気づいてないんじゃないかな?」

 同じクラスで仲良しの女子はいないし、休み時間になったら、チャイムが鳴るまで1組に居るので、知らなくても仕方がないか。

「で、原因とやらの男は何者だよ? 何で他校の男子とデートしたら、うちの学校の女子が腹を立てるんだ?」

 妬み僻みだと言うが、そもそも接点がないのに。

「それなんだけどね、ちょっと気になって螢くんに聞いてみたんだよね」

「螢に? なんで?」

「螢くんてE校でしょ? そこのバスケ部でキャプテンの男子が、ランキング上位だったことを思い出したんだよ」

 星夜曰く、この街には王子様プリンスランキングと呼ばれるモノが存在するらしい。それは何かというと、街に所在する各高校からイケメンと呼ばれる男子50人を選出し、各高校の女子により審議を重ねランク付けしたモノ。

「ふ~ん、知らなかった。そのランキングで螢は何位なんだ?」
 
「ちょうど10位だよ」

「えっ!? 螢のレベルで10位なのか……」

 なかなかハイレベルな戦いなんだな。

「ちなみに俺も入ってるよ~」

「へっ!? お前も?」

「うん、2位」

「に、2位だと……?」

「全然興味ないんだけどね」

 なんて済ました顔をする。だったら、その余裕のピースサインはなんだよ。

「あれ? 伊織ちゃん……もしかして羨ましいって思ってる?」

「は? 全然? たかが2位だろ?」

 こっちこそ2位なんて興味ないんですけど? 願い下げですけど? ニヤケ顔の星夜に無性に腹が立って、尻に蹴りをお見舞いしてやった。

「痛っ! なにすんのさ!」

「うるさい!」

「悔しいからって暴力反対ー!」

「一ミリも悔しくねーし! ……てか言っとくけどな、美少女ランキングなるものが存在するんだったら、あたしは間違いなくNo.1だからな!」

 てか殿堂入りだからな! 星夜おまえなんかより上なんだから、調子に乗んなよ!

「別に伊織ちゃんと張り合おうって思ってないけど?」

 そもそも性別違うから。やらやれと馬鹿にした仕草でわざとらしくため息を吐くもんだから、またカチンときて、もう一発蹴りを入れた。

「……1位のヤツってどんな男なんだ?」

 星夜を負かした男。少しだけ気になったので聞いてみた。

「う~ん……言葉じゃ言い表しにくいかな~。あっ! でも、伊織ちゃんに似てるかも」

「あたしに? 超絶美少年ってことか?」

「じゃなくて……いや、間違ってないけど」

 単刀直入に言うならば、同族嫌悪。お互い顔を合わせない方が身のためらしい。全くもって意味不明だ。

「そんなことより、千秋ちゃんのことだよ!」

 すっかり話が脱線してしまったと、話題をバスケ部の男に戻す。

「名前は高尾たかお爽太そうた。王子様ランキング7位の子だよ」

 そう言ってスマホを差し出してくる。画面には、高尾らしき男が友達と写っていた。

「この男子が高尾か……いかにも爽やかスポーツマンって感じだな」

 万人受けしそうな笑顔。バスケ部だけあって高身長もポイントが高い。

「葉月さんが隣に立っても気にならない男か……これは、チビ助に勝ち目はないな」

 可哀想だが仕方ない。そう口にしたら、驚いたように星夜が目を丸くして、あたしを見た。

「あれ? 明石くんのこと、気づいてたの?」

「当たり前だろ? そこまで鈍感じゃねーよ」

 見てれば分かる。あたしにはどうあれ、葉月さんを見るチビ助の目は、すげー優しくて温かい。誰よりも彼女のことを想っている証拠。

「なんだよ、その目?」

 隣の幼なじみの目付きが、じと目に変わった。

「……別に? 他人の気持ちには敏感なのに、自分の事となると鈍感になるのが、ムカつくとか思ってないから」

 言葉の端々に刺が。よく分からんが、あたしにムカついていることは分かった。

「言いたいことがあるなら、はっきり言えよ?」

 立ち止まって星夜を見た。昨日から今日にかけて、コイツの様子はどこかおかしい。腹の中に何を溜め込んでいるのか知らないが、それを言葉にしてくれなきゃ伝わらない。

「……言っても怒らない?」

「うん」

「……引かない?」

「うん」

「い、おりちゃん……俺、」

 泣きそうな、それでいて真剣な表情の星夜。あたしは、言葉の続きを待った。

「…………これ、あげる」

「えっ?」

 そう言って手渡されたのは、最初の店で購入していたラッピング袋。

「……もうすぐクリスマスでしょ? だから一足早いプレゼント」

 受け取ったはいいが、突然の事に戸惑う。中身を見て欲しいと言われ、恐る恐る丁寧にリボンを外していく。

「これって……」

 袋の中身を覗くと、そこに入っていたのは真っ白なニットのワンピース。

「な、んで……?」

 それは、あたしが買おうか迷った服だった。葉月さんや真澄が、それぞれのデートの為にと楽しく服を選んでいた脇で、自分も何か探そうと思い見つけたが、その服を見せたい相手もいないし、特別に出かける予定もないので、ただ空しいだけだからと、結局買わなかったワンピース。

「伊織ちゃん、ずっと見てたでしょ? 欲しかったんじゃないかなって」

「……確かに欲しかったけど、」

 こんな値の張るもの貰えない。返品するのは忍びないので全額払おうと心に思ったのが伝わったのか、星夜が、こう提案してきた。

「クリスマスにさ、それ着てどっか出掛けようよ」

 毎年の事だが、あたしも星夜もお互いロンリー。いつもはどっちかの家でダラダラと過ごすクリスマスだが、たまには二人きりで遊びに出掛けて、楽しく過ごしてみるのもいいんじゃないかと。

「きっと似合うよ。その服は伊織ちゃんに着てもらう為に作られたと思うし?」

 なんて臭い台詞を吐きながら。

「し、仕方ねーな。そこまで言うなら付き合ってやるよ!」

 嬉しさを隠すように、憎まれ口を叩きながら袋に顔を埋める。そしたら真新しい服特有のクレヨンみたいな匂いが、顔全体に広がった。

「約束だよ?」

「……うん」

 やがてその匂いは、心の中までいっぱいに広がっていく。幸せという形になって。











◇◇◇










 月曜日、いつもとは逆の立場で休み時間になる度に、2組へと足を運んだ。一部の女子によるイジメの件が気になったから。現行犯逮捕だと意気込み乗り込んだが、あたしを警戒してか向こうも目立った行動は起こさず、気がつけば放課後だった。

(……葉月さん、大丈夫かな?)

 そして今、体育館の外の小窓から、彼女を見守るように中の様子を伺っている。

(イジメっ子、見つけらタダじゃおかん!)

 目には目を、歯には歯を。必ず同じ目に合わせてやる。ちなみに星夜に一緒に張り込もうと頼んだが、あっけなく断られ先に帰っていった。何て薄情なヤツ。

(それにしても、葉月さん上手だな)

 流れるように相手のディフェンスを交わし、誰よりも高く飛んでシュートを放つ。素人目に見ても、彼女が凄い選手だということはよく分かる。

(……ん? どうした?)

 ピーっと、休憩を告げるホイッスルが鳴って一斉にコートを出る。端っこに並べられた荷物にはタオルや飲み物が入っているのだが、葉月さんのリュックだけが見当たらない。 キョロキョロと探す彼女を、クスクスと笑う者たち。遠巻きに見ていた派手なグループが、その様子を見て嘲笑っていた。

(なんだ、アイツら!?)

 小窓の鉄柵を握る手に、思わず力が入る。

──千秋ちゃん、リュックないの~?

──やだぁ、かわいそう~!

──そう言えば、倉庫前に落ちてたの見たような~

 わざとらしさ全開の棒読み。とどのつまり、葉月さんのリュックを倉庫前に捨ててきたってことか。

(あの女共~! 目にもの見せてやるわ!!)

 小窓に設置された鉄柵を持つ手に力が入り、ミシミシと音を立てる。怒りに燃えるあたしの後ろを、通りすがりの生徒たちは見ない振りをして、足早に去っていく。

「ん? 姫川、お前こんな所で何してる?」

 その中で空気を読めない男が一人、声をかけてきた。

「ここは、先生の神聖なる場所サンクチュアリーだぞ?」

 担任の大熊 三郎。

「もしかして、バスケ部に入りたいのか? だったら、そんなとこでコソコソ見てないで体育館に入れよ?」

 見当違いなことを言いながら近づいて来て、すぐ隣に立つ。

「勉強はダメだが、運動神経ならピカ一のお前が入部したら、バスケ部のヤツらも心強いだろう!」

(あ、外に出た!)

 全国制覇も夢じゃないと、勝手に想像を膨らませる三郎は完全に無視して、葉月さんの後を追うように、その場を離れた。

(………………)

 向かったのは倉庫前。そこに捨てられていた黄色いリュックを、彼女が拾って汚れを落としている。後ろ姿から表情は見えないが、その背中は泣いているように思えた。

「……葉月のヤツ、あんなとこで何やってるんだ?」

 またもやひょっこりと現れた三郎。

(見たら分かんだろ? 嫌がらせされてんだよ!)

 そう言えたらいいが、彼女の断りなしに勝手な事は喋れない。

「……もういいから帰れよ! つーかついてくんなよ!」

 うざい。葉月さんに聞こえないように出来るだけ小声で、シッシッ……と追い払う。

「先生に向かって何だ、その態度は!? ここは先生の」
神聖なる場所サンクチュアリーだろ! さっきも聞いたよ!」

 バカみたいな大声でバカみたいに繰り返す三郎の存在に、葉月さんが気付かないわけもなく、

「姫川さん……?」

振り返った彼女と目があって、気まずさを隠すようにから笑いした。





「本当にごめん!! 覗き見とかするつもりはなくて……」

 三郎を無理やり追い払い、二人きりになると、何度も何度も頭を下げて謝った。

「……知ってたんだね、嫌がらせされてるの」

「あ、いや……」

「隠さなくてもいいよ、姫川さん今日1日ずっと2組にいたでしょ? もしかしたら……って思ってて」

 心配してくれて、ありがとう。そうやって、いつかのように明るく笑う。やっぱり葉月さんは優しくて、そんな彼女に汚い真似をする奴らが許せない。

「こっちこそごめんね。変なところ見させたりして」

 手にしていたリュックを背中に隠した。

「……やっぱり、例のデート相手が原因なのか?」

「……みんな勘違いしてるんだよ。私が高尾くんと付き合ってるって。……ただ遊びに行くだけなのにね」

 それだってただの気まぐれ。男にしてみれば物珍しさに誘っただけ。そんな風に自分を卑下する。

「私と彼がどうこうなるってことはないよ」

──葉月さん、それ僕が持つよ

──えっ、でも……

──遠慮しないで、女の子なんだから!

「誰にでも優しくて、笑った顔なんかキラキラ眩しくてさ。こんな自分でも、彼の隣に立てば、ちゃんと女の子に見えるんだなって……」

 たった1日だけでいい。お姫様のようにオシャレをして、理想の王子様と並んで歩いてみたい。

「私みたいな男女には、一生に一度あるかないかのチャンスだしね」

 だから……と、彼女は続ける。

「今度の休みは、めいっぱい楽しんでくるから! 姫川さんと羽田さんが選んでくれた洋服で!」

「……うん」

「じゃあ、部活に戻るね! 本当に心配かけてごめんね、ありがとう!」

 そうして体育館へと走って行く。

(理想の王子様か……)

 理想それには遠いかもしれないけど、誰よりも彼女を想っているヤツは、ちゃんといる。遠くなる彼女の背中を眺めながら、そんなことを考えていた。
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