ツートップ シーズン3

東城

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待ち合わせ

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 待ち合わせ場所は蒲田駅の駅ビルにある書店。桐野の住む世田谷区のマンションから遠い、大田区にある治安の悪い駅を指定してきたのはカオルさんだった。

 週末の夕方の蒲田駅前のロータリーは、喧騒にあふれていた。パチンコ店からのけたたましい電子音、行き交う人々の波、消費者ローンの派手な看板、何もかもがゴチャゴチャしていて騒がしかった。

 スーツに身を包んだ桐野は、書店で新刊コーナーの平積みを眺めていた。ここにいればカオルさんの方から見つけてくれるかもしれない。でも、じっとしていられなかった。そわそわした気持ちで書店を歩き回ると、雑誌コーナーにTシャツとジーンズ姿の大男の姿が目に留まった。
 視線を感じたのか、カオルさんは気がつき近づいてきた。
「お久しぶりです。桐野先生」慇懃無礼な調子の挨拶。
「そうですね。話があるならさっさと終わらせてくださいよ」
 無駄な駆け引きをする気はないとばかりに切り出す。
「場所、変えませんか?」

 二人は外に出て、東急池上線とJR線の線路が交差する方向へ歩き始めた。蒲田の歓楽街の猥雑さがしだいに薄れ、少し落ち着いた大森方面へと向かう。古びた町工場や商店が並ぶ一角を通り過ぎる。

「どこに行くんですか?」
 桐野が尋ねると、カオルさんは立ち止まらずに答える。
「歩きながら話しましょう」
 ペースに合わせ隣を歩く。電柱の影や、夕暮れのオレンジ色に染まり始めたビル群が物悲しかった。

「朝日さんは、中学一年まで母親と暮らしていました。大森の駅から徒歩十分くらいのところにあるマンションで」
「知ってますよ」
「二年前、私、朝日さんの親に会いに行きました」
「なんでまた?」桐野は驚いた。
 躊躇なく、ズカズカと他人の領域に突撃していくのが行動パターンなのか。注意しなければ。
「高校入学当時、朝日さんは不安定であやうかったので、親と一度会って話をしたかったから。でもね、一目見て、ダメな人だと分かった」淡々と強い口調で事実を告げる。
 散らかり放題の部屋で、朝日の母親は昼間から酒盛りし、水商売風の友達と騒いでいたそうだ。

「桐野先生が、あの人から親権を取り上げたんですよね」
「弁護士に依頼したのは僕ですけど」
「桐野先生は、なぜそんなに朝日さんに固執するのですか?」
「だって心配じゃないですか。朝日には家族がいない」
 この答えで納得させられるか試す。
「朝日さんには家族がいないので、桐野先生のことを肉親のように慕っているってことでいいですか?」

(親じゃなくて、恋人だ。)
 桐野は心の中で呟き、すぐに嘘をつく。

「そうですよ」
「いや、てっきり人に言えない関係なのかと。そうですか。私の勘違いみたいですね」にっこり笑みを浮かべた。
 裏がありそうな笑顔に警戒しなければ。

「朝日の好きだった水族館に行きませんか?」
 桐野はスマホを取り出し、水族館の場所を調べ出す。誘導尋問から逃れたい一心だった。

 スマホを頼りに辿り着いたのは、海に面した公園の一角にある水族館。入場券を買って、建物の中に入ると薄暗く涼しく、独特の静寂に包まれていた。

 桐野は迷わず、イルカの展示室へ向かう。
 青い水槽の海水の中、ベルーガが、ゆっくりと泳いでいる。賢くどこか物憂げな目と、白い肌と突き出た前頭部が印象的だった。

 目の前にいるベルーガが、ひとりぼっちだった朝日の唯一の友達だった。

 かつて、朝日が立っていただろう同じ場所に立ってみる。水槽のガラスに朝日の手の跡、額をつけた痕跡を思い起こさせる。どんな気持ちで、水槽の前に立っていたのだろうか。どれほどの時間、海のように深い孤独の中、ガラス越しにベルーガを見つめていたのだろうか。

「桐野先生」
 不意に呼ばれ、はっとして振り返る。
「私の知らない朝日さんの過去を教えてくださいませんか?」
 カオルさんは丁寧に頭を下げた。
「小学校時代、このイルカは朝日の唯一の友達だったんですよ」
「朝日さんを連れてきたらイルカさんも喜ぶかもしれませんね。でも、辛い思い出のある地元には来たくないでしょう」
 なぜ、他人に頭を下げてまで、朝日のことをそんなに知りたいのだろうか。三年も一緒に住んでいるのに朝日はカオルさんに心を開いていないのだろうか。
 今まで出会ったことのない不思議な人だ。繊細な優しさは、彼のいかつい外見には不釣り合いに見える。元の性格というより経験や人から学んで作法のように身につけたようだ。なぜ禅僧をしているのか。どんな人生を送ってきたのか、もっと知りたい。
 
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