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信頼編
第百四話 黒い狐
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焔たちは総督から言われていた作業を終え、そろそろ寝床に着こうとしているところであった。
「ハアー……なんか急激に眠くなってきたわ」
「そりゃそうでしょ。あんなに動いて今まで全然疲れ見せないもんだから、本当は人間じゃなく、宇宙人なんじゃないかって思ってたわ」
「ああ、そう言えば、最初茜音と会った時もなんかそんなこと言われたなー。あの時とはだいぶ印象違うよな」
「いや、あの時はちょうどヴァネッサ教官から話を聞いた帰りだったから……つい興奮しちゃって」
「なるほどね……というか、ずっと気になってることがあるんだが……」
「あ……たぶん一緒のこと考えてるわ」
そう言って、焔と茜音は同時にテレビ台の横に目を向けた。そこにはお座りした状態の黒い狐が異様な雰囲気を醸し出していた。
「この観葉植物しか置いてないようなシンプルな部屋の中になんで黒い狐の置物なんかあるんだろうな」
「狐ってなんか縁起がいいみたいな意味あったから……それで置いてるのかな?」
「いや、だとしても何で黒?」
焔と茜音が黒い狐について考察しているときだった。
「それ本物」
ソラはあの黒い狐が置物ではなく、本物の生きている狐だと言うのだ。
「え? マジで?」
すると、次の瞬間、黒い狐は大きく猫みたく背を伸ばした。
「うお! 動いた!?」
「え? あれ置物じゃなかったの!?」
焔と茜音が驚いている中、黒狐は焔たちが座っているソファに近づいてきた。そして、ソラのことを見上げる。ソラも同じように見返した。すると、黒狐はためらいもなくソラの膝の上に乗っかった。
「おお! 乗った」
「人懐っこい狐ね」
二人が感嘆の息をもらす中、ソラは黒狐の頭をなでだした。隣に座っていた茜音も目を輝かせながらも恐る恐る手を出して黒狐の頭を触る。黒狐は嫌がるそぶりもなく、逆に茜音に頭を差し出した。
「か、可愛い!!」
その姿に心を打たれた茜音はさっきまでの恐怖心など吹き飛び、無我夢中で頭を撫でまわす。
「へえ、しかしまあ何で狐なんか……」
そう言いながら、焔も当然のように黒狐に触れようとした時だった。
ガブッ!
「痛ってー!!」
黒狐はなぜか焔にだけは敵意を見せ、指に噛みついた。その後、素早く手をどかした焔であったが、その黒狐はしつこく焔の指にかぶりついたまま離れようとはしなかった。
「ちょ! 離れろよッ!」
何度か手を強く揺さぶり、ようやく黒狐は離れた。
「大丈夫、焔!?」
「焔……痛い?」
茜音とソラは痛そうに手を振る焔に声をかける。
「ああ、大丈夫大丈夫」
そう言って、黒狐に目線を移した焔であったが、その黒狐は小馬鹿にしたような顔つきで焔のことを見ていた。その様子にかなりイラっとした焔であったが、取り敢えず怒りは抑え、この黒狐について何か知っているであろう人物に目線を移した。
「ちょっと、AIさん。聞きたいことがあるんですけど?」
「何でしょう、焔さん」
キッチン周りで翌日の食事の準備をしていたAIは作業を止めることなく、焔の声に応じる。
「この黒狐さんなんですけど、一体何なんでしょうか?」
「何……ですか……」
AIはジーっと黒狐を見る。黒狐も同様にAIを見ていた。
「……この御方は……まあ、我らアースの守護神でしょうか」
(え? 御方?)
AIが狐を人であるかのように呼んだことに茜音の頭では少しの疑問がよぎった。だが、
「守護神ねー、ついさっきその守護神様に怪我負わされたんだがな。それに狐にまで丁寧口調は必要ねえだろ」
「……ああ、すいません。つい癖で」
(あ、癖なんだ。確かに、AIちゃんは誰にでも敬語だしね)
そうして、茜音の疑問は解消された。
そんな会話をしていると、黒狐は部屋の外へと出て行ってしまった。
「おい、行っちまったけどいいのか?」
「ええ、自由気ままな御方ですから」
「確かに、さっきまで置物のふりをしていたと思えば、急に噛みついてきたりと自由な狐だな」
「AIちゃん、あの黒狐に名前ってないの?」
「名前ですか……皆さんお好きに呼んでおりますので」
「てことは決まった名前はないんだ? でも、名前がないと不便よね?」
「また来た時決めりゃいいだろ」
「それもそうね」
「それより眠いわ。そろそろ寝ようぜ」
「そうね。じゃ、AIちゃんまた明日」
「お休みなさいませ」
部屋にはお風呂やトイレの他に奥側に三つの扉が並んでいる。それが焔、ソラ、茜音それぞれの部屋である。部屋の大きさはそこまで広くなく、ベッドと勉強机だけでもう他のスペースがないほどであった。
「じゃ、お休み」
左側の部屋の焔は右側の部屋の茜音に声をかける。
「お休み、焔、ソラちゃん」
「おやすみ」
そう言って、ソラは焔の後ろに並んで一緒の部屋に入って行った。茜音はそれを確認して自分の部屋に入った。そして、数秒後……、
ドタドタドタ
走って茜音は焔の部屋に入って行き、ソラを引きずりだす。
「あんたの部屋は真ん中でしょ」
「うー」
そうして、ソラを真ん中の部屋に放り込みようやく全員が寝床に着いたのだった。
―――ウィーン
暗くなった部屋に扉が開く音が響く。扉から出てきた人物はゆっくりとソファに腰を下ろした後、なぜか海外のテレビ番組を漁り始めた。
「ハハ、普通におもしれえな」
トントン
「うおッ!……ってAIかよ」
「焔さんこそ眠たかったのではないんですか?」
暗闇の中、テレビを見ていた焔に対し、背後からAIが肩を叩いたのだった。
それから、電気をつけAIもソファに座った。焔のすぐ隣に座ったAIに対し、焔は少し距離を取る。しかし、再びAIは詰め寄る。その行為を数回繰り返した結果……結局焔が先に折れたのだった。
「で、どうしてここにいるのですか?」
「いや……あの狐のせいで目が覚めちまったからだよ」
「……嘘ですね。本当はソラさんのためですよね? ソラさんが眠たそうにしているのに、皆と一緒にいたがるから敢えて眠いふりをしたんですよね?」
「……いやいや、俺はただ普通に眠かっただけだって……」
「私、皆さんの脳内にあるチップから逐一情報を貰っているんですけど、焔さんに微塵も眠気が感じ取れなかったんですが……」
「……そう言うの早く言って」
「すみません」
それからテレビの音だけがあたりを包む。だが、しばらくして焔がポツリポツリと本音を漏らし始めた。
「なんかさ……実感が湧かねんだよな。今まで普通の生活を送っていた俺が宇宙人相手に地球を守るなんつう、どえらい組織に入ったなんてことがさ……何のとりえもないと思っていた。チビだし、頭もそんなに良くないし、運動も普通以下だった。ヒーローになりたいだなんて夢もとっくに忘れてた。普通に大学入って、どっか普通のとこで働いて、普通の家庭築いて……そして、死んでいく。正直、こんな人生も悪くねえと思ってた。むしろ望んでた」
「……」
「だけど、あの時レッドアイが現れて、そしてシンさんが俺を見つけてくれた。こんな俺にも力があると教えてくれた。俺が想像していた人生よりもかなりハードモードになっちまったけど……それでも、シンさんにはすごく感謝してる。全部……全部シンさんのおかげだよ」
「……それは違います」
AIは静かながらも力強く焔の言葉を否定した。
「あの時……誰もが恐怖し、逃げ出したあの瞬間、焔さんだけが立ち止まり、焔さんだけが立ち上がり、そして焔さんだけが一歩、前へと踏み出しました。だからあなたはここにいます。それはシンさんや誰かのおかげではありません……あなたの力です」
いつもおちょくってくるAIがこんなにも真剣なトーンで褒めるものだから、焔は思わず顔をそらしてしまった。そして、改めてAIの言葉を噛みしめる。
「……そうだと……いいな」
「そうですよ」
そう言って、AIは焔の肩に頭を預けた。
「あなたはこれからヒーローになって、多くの人たちを助けるんです……期待していますね」
「……努力します。にしても……お前本当にロボット?」
もたれかかって初めて触れたAIは匂いも感触も体温もなんら人間と変わりはしなかった。
「ロボットですよ……焔さん」
「何だ?」
「私がもたれかかった瞬間、少しドキッとしましたね?」
「してねっ……ちょっとした」
「フフ……まあ、これは勘だったんですけどね」
「てめえッ! 終いにはしばくぞ」
「アハハ」
無邪気に笑うAIにますます反論しにくくなってしまった焔であった。その後、10分間、AIは焔にもたれかかっていたそうな。
―――「ハア!……ハア!……ハア!……ハア!」
雪が積もった林の中をソラは血相を変えながらも必死で走っていた。その様子は何かから逃げているようにも、逆に何かを探しているようにも見てとれた。
(早く!……早くしないと! 焔が……焔がッ!……死んじゃう!)
その遥か後方。
「残念だったな……だが、これで終いだッ!」
「ハハ……やっぱそう甘かねえか」
「焔さん!!」
通信機からAIの叫び声が焔の耳に響く。その直後、白く美しい雪が鮮やかな紅で染まっていった。
「ハアー……なんか急激に眠くなってきたわ」
「そりゃそうでしょ。あんなに動いて今まで全然疲れ見せないもんだから、本当は人間じゃなく、宇宙人なんじゃないかって思ってたわ」
「ああ、そう言えば、最初茜音と会った時もなんかそんなこと言われたなー。あの時とはだいぶ印象違うよな」
「いや、あの時はちょうどヴァネッサ教官から話を聞いた帰りだったから……つい興奮しちゃって」
「なるほどね……というか、ずっと気になってることがあるんだが……」
「あ……たぶん一緒のこと考えてるわ」
そう言って、焔と茜音は同時にテレビ台の横に目を向けた。そこにはお座りした状態の黒い狐が異様な雰囲気を醸し出していた。
「この観葉植物しか置いてないようなシンプルな部屋の中になんで黒い狐の置物なんかあるんだろうな」
「狐ってなんか縁起がいいみたいな意味あったから……それで置いてるのかな?」
「いや、だとしても何で黒?」
焔と茜音が黒い狐について考察しているときだった。
「それ本物」
ソラはあの黒い狐が置物ではなく、本物の生きている狐だと言うのだ。
「え? マジで?」
すると、次の瞬間、黒い狐は大きく猫みたく背を伸ばした。
「うお! 動いた!?」
「え? あれ置物じゃなかったの!?」
焔と茜音が驚いている中、黒狐は焔たちが座っているソファに近づいてきた。そして、ソラのことを見上げる。ソラも同じように見返した。すると、黒狐はためらいもなくソラの膝の上に乗っかった。
「おお! 乗った」
「人懐っこい狐ね」
二人が感嘆の息をもらす中、ソラは黒狐の頭をなでだした。隣に座っていた茜音も目を輝かせながらも恐る恐る手を出して黒狐の頭を触る。黒狐は嫌がるそぶりもなく、逆に茜音に頭を差し出した。
「か、可愛い!!」
その姿に心を打たれた茜音はさっきまでの恐怖心など吹き飛び、無我夢中で頭を撫でまわす。
「へえ、しかしまあ何で狐なんか……」
そう言いながら、焔も当然のように黒狐に触れようとした時だった。
ガブッ!
「痛ってー!!」
黒狐はなぜか焔にだけは敵意を見せ、指に噛みついた。その後、素早く手をどかした焔であったが、その黒狐はしつこく焔の指にかぶりついたまま離れようとはしなかった。
「ちょ! 離れろよッ!」
何度か手を強く揺さぶり、ようやく黒狐は離れた。
「大丈夫、焔!?」
「焔……痛い?」
茜音とソラは痛そうに手を振る焔に声をかける。
「ああ、大丈夫大丈夫」
そう言って、黒狐に目線を移した焔であったが、その黒狐は小馬鹿にしたような顔つきで焔のことを見ていた。その様子にかなりイラっとした焔であったが、取り敢えず怒りは抑え、この黒狐について何か知っているであろう人物に目線を移した。
「ちょっと、AIさん。聞きたいことがあるんですけど?」
「何でしょう、焔さん」
キッチン周りで翌日の食事の準備をしていたAIは作業を止めることなく、焔の声に応じる。
「この黒狐さんなんですけど、一体何なんでしょうか?」
「何……ですか……」
AIはジーっと黒狐を見る。黒狐も同様にAIを見ていた。
「……この御方は……まあ、我らアースの守護神でしょうか」
(え? 御方?)
AIが狐を人であるかのように呼んだことに茜音の頭では少しの疑問がよぎった。だが、
「守護神ねー、ついさっきその守護神様に怪我負わされたんだがな。それに狐にまで丁寧口調は必要ねえだろ」
「……ああ、すいません。つい癖で」
(あ、癖なんだ。確かに、AIちゃんは誰にでも敬語だしね)
そうして、茜音の疑問は解消された。
そんな会話をしていると、黒狐は部屋の外へと出て行ってしまった。
「おい、行っちまったけどいいのか?」
「ええ、自由気ままな御方ですから」
「確かに、さっきまで置物のふりをしていたと思えば、急に噛みついてきたりと自由な狐だな」
「AIちゃん、あの黒狐に名前ってないの?」
「名前ですか……皆さんお好きに呼んでおりますので」
「てことは決まった名前はないんだ? でも、名前がないと不便よね?」
「また来た時決めりゃいいだろ」
「それもそうね」
「それより眠いわ。そろそろ寝ようぜ」
「そうね。じゃ、AIちゃんまた明日」
「お休みなさいませ」
部屋にはお風呂やトイレの他に奥側に三つの扉が並んでいる。それが焔、ソラ、茜音それぞれの部屋である。部屋の大きさはそこまで広くなく、ベッドと勉強机だけでもう他のスペースがないほどであった。
「じゃ、お休み」
左側の部屋の焔は右側の部屋の茜音に声をかける。
「お休み、焔、ソラちゃん」
「おやすみ」
そう言って、ソラは焔の後ろに並んで一緒の部屋に入って行った。茜音はそれを確認して自分の部屋に入った。そして、数秒後……、
ドタドタドタ
走って茜音は焔の部屋に入って行き、ソラを引きずりだす。
「あんたの部屋は真ん中でしょ」
「うー」
そうして、ソラを真ん中の部屋に放り込みようやく全員が寝床に着いたのだった。
―――ウィーン
暗くなった部屋に扉が開く音が響く。扉から出てきた人物はゆっくりとソファに腰を下ろした後、なぜか海外のテレビ番組を漁り始めた。
「ハハ、普通におもしれえな」
トントン
「うおッ!……ってAIかよ」
「焔さんこそ眠たかったのではないんですか?」
暗闇の中、テレビを見ていた焔に対し、背後からAIが肩を叩いたのだった。
それから、電気をつけAIもソファに座った。焔のすぐ隣に座ったAIに対し、焔は少し距離を取る。しかし、再びAIは詰め寄る。その行為を数回繰り返した結果……結局焔が先に折れたのだった。
「で、どうしてここにいるのですか?」
「いや……あの狐のせいで目が覚めちまったからだよ」
「……嘘ですね。本当はソラさんのためですよね? ソラさんが眠たそうにしているのに、皆と一緒にいたがるから敢えて眠いふりをしたんですよね?」
「……いやいや、俺はただ普通に眠かっただけだって……」
「私、皆さんの脳内にあるチップから逐一情報を貰っているんですけど、焔さんに微塵も眠気が感じ取れなかったんですが……」
「……そう言うの早く言って」
「すみません」
それからテレビの音だけがあたりを包む。だが、しばらくして焔がポツリポツリと本音を漏らし始めた。
「なんかさ……実感が湧かねんだよな。今まで普通の生活を送っていた俺が宇宙人相手に地球を守るなんつう、どえらい組織に入ったなんてことがさ……何のとりえもないと思っていた。チビだし、頭もそんなに良くないし、運動も普通以下だった。ヒーローになりたいだなんて夢もとっくに忘れてた。普通に大学入って、どっか普通のとこで働いて、普通の家庭築いて……そして、死んでいく。正直、こんな人生も悪くねえと思ってた。むしろ望んでた」
「……」
「だけど、あの時レッドアイが現れて、そしてシンさんが俺を見つけてくれた。こんな俺にも力があると教えてくれた。俺が想像していた人生よりもかなりハードモードになっちまったけど……それでも、シンさんにはすごく感謝してる。全部……全部シンさんのおかげだよ」
「……それは違います」
AIは静かながらも力強く焔の言葉を否定した。
「あの時……誰もが恐怖し、逃げ出したあの瞬間、焔さんだけが立ち止まり、焔さんだけが立ち上がり、そして焔さんだけが一歩、前へと踏み出しました。だからあなたはここにいます。それはシンさんや誰かのおかげではありません……あなたの力です」
いつもおちょくってくるAIがこんなにも真剣なトーンで褒めるものだから、焔は思わず顔をそらしてしまった。そして、改めてAIの言葉を噛みしめる。
「……そうだと……いいな」
「そうですよ」
そう言って、AIは焔の肩に頭を預けた。
「あなたはこれからヒーローになって、多くの人たちを助けるんです……期待していますね」
「……努力します。にしても……お前本当にロボット?」
もたれかかって初めて触れたAIは匂いも感触も体温もなんら人間と変わりはしなかった。
「ロボットですよ……焔さん」
「何だ?」
「私がもたれかかった瞬間、少しドキッとしましたね?」
「してねっ……ちょっとした」
「フフ……まあ、これは勘だったんですけどね」
「てめえッ! 終いにはしばくぞ」
「アハハ」
無邪気に笑うAIにますます反論しにくくなってしまった焔であった。その後、10分間、AIは焔にもたれかかっていたそうな。
―――「ハア!……ハア!……ハア!……ハア!」
雪が積もった林の中をソラは血相を変えながらも必死で走っていた。その様子は何かから逃げているようにも、逆に何かを探しているようにも見てとれた。
(早く!……早くしないと! 焔が……焔がッ!……死んじゃう!)
その遥か後方。
「残念だったな……だが、これで終いだッ!」
「ハハ……やっぱそう甘かねえか」
「焔さん!!」
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