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自棄スイーツとばかりにもう一つケーキを食べ、ラウンジを出たのは午後五時半を過ぎたころ。祖母とはそのままロビーで別れた。気軽に楽しんできてと言われたが、とてもそんな気分になれない。
とりあえずお化粧を直しに向かい、またロビーに戻った。ディナーは六時で予約していると聞いた。もう少し時間をつぶそうかと空いているソファに腰を掛けた。
(お祖母ちゃんの気持ちは分かるけど……)
ロビーに敷かれた絨毯の柄をぼうっと眺めながらため息を吐く。
娘である私の母が言うくらい、祖父母はおしどり夫婦として有名だったらしい。てっきり大恋愛の末に結ばれたのかと思いきやお見合い結婚だったと知り、母も驚いたと言っていた。そんな祖母は、まだ今ほど女性の社会進出が行われていない時代から家庭と仕事を両立させ、親から引き継いだ会社を大きくした。だから私にもお見合い結婚して、同じように仕事と両立して欲しいのかもしれない。私だって、高校生時代にあんなことがなければ、今頃そんな未来を思い描いていたはずだ。でもすっかり恋愛に臆病になってしまった私に、そんな想像なんてできるはずなかった。
何度目かのため息を吐いたあと時間を確認する。予約の時間まであと十分ほど。そろそろレストランへ向かおうかと立ち上がると、すぐそばにいた大きなキャリーケースと並んでいる外国人と目が合った。
「~~? ~~~、~~~?」
年のころは五十代くらいだろうか。金髪の巻き毛のふくよかな男性はスマートフォン片手に話しかけてくる。けれどそれは、自分の理解できる言語ではなかった。
「英語で話せませんか?」
簡単な英会話で尋ねてみる。英語ならそれなりに会話もできる。どこの国の人か分からないが、英語ならできるかもと思ったが、相手は「ほとんど分からない」とたどたどしい英語で答えた。困惑している私をよそに、その人はフランス語らしき言葉で矢継ぎ早に話し出した。
(どうしよう。ホテルの人に助けてもらう?)
そう思ってホテルスタッフを視線だけで探しても、誰もこの状況に気づいていないようだった。
その時だった。背後から気配がしたかと思うと、低めで艶のある、余裕を感じさせる声が聞こえた。
「Qu’est-ce qu’il y a ?」
振り返ると、そこに立っていたのは、三十代半ばくらいだと思われる男性だった。ネイビーブルーのスリーピーススーツ姿がよく似合う長身。柔らかそうなダークブラウンの髪に端正な顔立ちは、雑誌のモデルなのかと思ってしまうほどだった。
その人は自然に私の横に立つと、困っている様子の外国人に話しかける。流暢な言葉にホッとしたのか、相手も落ち着いた様子でスマートフォンを見せながら会話していた。
立ち去るタイミングを失い、隣でその様子を眺める。しばらく会話が続いたあと、相手は笑顔で「メルスィ・ボクゥ」と口にして去って行った。
「差し出がましい真似をしてしまいましたね」
突っ立ったままの私に振り返り、彼は微笑んだ。
「そんな! ありがとうございます」
慌ててお礼を言ってお辞儀をする。あまりにも自然なフランス語に、日本人ではないのだろうかと考えていたから意表を突かれてしまっていた。
「とんでもない。困っていたようだから、少し手助けしただけですよ」
「こちらこそ助かりました。では、失礼します」
簡単に話を切り上げ立ち去ろうと踵を返す。急がないと待ち合わせに遅刻しそうだ。
「待って」
背中を向けた私の腕が、そんな声とともに掴まれる。何事かと振り返ると、焦った様子の一つもない彼は口角を上げた。
「そんなに慌ててなくても間に合うよ。……石田琴葉さん?」
とりあえずお化粧を直しに向かい、またロビーに戻った。ディナーは六時で予約していると聞いた。もう少し時間をつぶそうかと空いているソファに腰を掛けた。
(お祖母ちゃんの気持ちは分かるけど……)
ロビーに敷かれた絨毯の柄をぼうっと眺めながらため息を吐く。
娘である私の母が言うくらい、祖父母はおしどり夫婦として有名だったらしい。てっきり大恋愛の末に結ばれたのかと思いきやお見合い結婚だったと知り、母も驚いたと言っていた。そんな祖母は、まだ今ほど女性の社会進出が行われていない時代から家庭と仕事を両立させ、親から引き継いだ会社を大きくした。だから私にもお見合い結婚して、同じように仕事と両立して欲しいのかもしれない。私だって、高校生時代にあんなことがなければ、今頃そんな未来を思い描いていたはずだ。でもすっかり恋愛に臆病になってしまった私に、そんな想像なんてできるはずなかった。
何度目かのため息を吐いたあと時間を確認する。予約の時間まであと十分ほど。そろそろレストランへ向かおうかと立ち上がると、すぐそばにいた大きなキャリーケースと並んでいる外国人と目が合った。
「~~? ~~~、~~~?」
年のころは五十代くらいだろうか。金髪の巻き毛のふくよかな男性はスマートフォン片手に話しかけてくる。けれどそれは、自分の理解できる言語ではなかった。
「英語で話せませんか?」
簡単な英会話で尋ねてみる。英語ならそれなりに会話もできる。どこの国の人か分からないが、英語ならできるかもと思ったが、相手は「ほとんど分からない」とたどたどしい英語で答えた。困惑している私をよそに、その人はフランス語らしき言葉で矢継ぎ早に話し出した。
(どうしよう。ホテルの人に助けてもらう?)
そう思ってホテルスタッフを視線だけで探しても、誰もこの状況に気づいていないようだった。
その時だった。背後から気配がしたかと思うと、低めで艶のある、余裕を感じさせる声が聞こえた。
「Qu’est-ce qu’il y a ?」
振り返ると、そこに立っていたのは、三十代半ばくらいだと思われる男性だった。ネイビーブルーのスリーピーススーツ姿がよく似合う長身。柔らかそうなダークブラウンの髪に端正な顔立ちは、雑誌のモデルなのかと思ってしまうほどだった。
その人は自然に私の横に立つと、困っている様子の外国人に話しかける。流暢な言葉にホッとしたのか、相手も落ち着いた様子でスマートフォンを見せながら会話していた。
立ち去るタイミングを失い、隣でその様子を眺める。しばらく会話が続いたあと、相手は笑顔で「メルスィ・ボクゥ」と口にして去って行った。
「差し出がましい真似をしてしまいましたね」
突っ立ったままの私に振り返り、彼は微笑んだ。
「そんな! ありがとうございます」
慌ててお礼を言ってお辞儀をする。あまりにも自然なフランス語に、日本人ではないのだろうかと考えていたから意表を突かれてしまっていた。
「とんでもない。困っていたようだから、少し手助けしただけですよ」
「こちらこそ助かりました。では、失礼します」
簡単に話を切り上げ立ち去ろうと踵を返す。急がないと待ち合わせに遅刻しそうだ。
「待って」
背中を向けた私の腕が、そんな声とともに掴まれる。何事かと振り返ると、焦った様子の一つもない彼は口角を上げた。
「そんなに慌ててなくても間に合うよ。……石田琴葉さん?」
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