謎多きお見合い相手は、秘めた愛を彼女に注ぐ

玖羽 望月

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約三時間に及ぶディナーも終わり、満たされた気持ちでレストランを出る。
結局、話したことと言えば、全て仕事にまつわる話だ。彼から聞かされた話には実りが多く、自分には考え付かないような収穫もあった。気が付けば、仕事の延長のような気分でエントランスへ向かっていた。
外に出ると、秋を感じさせるひんやりとした空気が、アルコールで火照った体を程よく冷ましてくれた。

「今日は本当に、ありがとうございました」

自動ドアを出て立ち止まると、彼に向かって丁寧に頭を下げる。彼はそんな私を見て微笑む。

「こちらこそ。ところで、琴葉はタクシーで帰る?」
「私はまだ早いので電車で帰ります。智臣さんはタクシーですか?」

話しているうちに名前で呼び合わないかと提案され、断る理由もないのでそれに応じた。彼と同じくらいの年齢の従兄弟とも、こんな感じで呼び合うから違和感はない。
すぐそばにタクシー乗り場に数台、客を待つ車が並んでいる。それをちらりと確認し、智臣さんは私に視線を向けた。

「そのつもりだ。けど駅まで送るよ。ここで別れるなんて、里子さんにあとで何を言われるか」
「じゃあ、お言葉に甘えます」

最寄り駅まではほんの五分程の距離だ。歩きながら話すのは、また仕事に関連する話で、ついつい熱く話していると、あっという間に駅に着いた。
駅前のタクシー乗り場は、時間の割には列が短く、車も順調に流れているようだ。

「せっかくなので、私がお見送りしてもいいですか?」
「嬉しいが、琴葉は本当にタクシーでなくていいのか?」
「はい。実は電車の方が早く帰宅できるので」

タクシーの列に自然と並び、会話を再開する。アルコールのせいもあるのか、いつもより饒舌になっている気がする。

「そうだ。さっき聞かせてもらったお話、社内で情報共有してもいいですか?」
「もちろん。参考になるならいくらでも」
「なりますよ! 次の展示会に取り入れたい内容もありましたし」
「そう。ならぜひ」

間を置かずやってくるタクシーに前の人が吸い込まれていき、列は少しずつ短くなってくる。

(もう少しでお別れか……)

たぶん、今日の出会いは最初に聞かされていた意味をなしていない。熱を失うように寂しく感じるのは、充実した時間を過ごせたからかもしれない。気の合う仕事仲間ができた。それが少しだけ名残惜しさを連れてくる。

「今日だけで、琴葉の仕事に対する姿勢がよく理解できたよ。里子さんが褒めていただけのことはあるな」
「祖母が私を? 今までそんなこと言われたことないですよ?」
「里子さんはちゃんと分かっているよ。自慢の孫だ」

間接的に褒められ顔が熱くなる。けれどお世辞ではないと伝わってくる。

「ありがとうございます。あ、タクシー、もう来ますね」

気づけば先頭で、遠くからこちらに向かって走ってくる車が見えた。

「今日は有意義な時間を過ごせた。ありがとう」

笑みを浮かべた彼から、握手を求めるように手が差し出される。別れの挨拶なのだろう。その大きく綺麗な手にそっと自分の手を重ねると、冷たくなっていた手がぬくもりに包まれた。

「こちらこそ、ありがとうございました。次の展示会、もしお越しになって私を見かけたら、声をかけてくださいね。またお話が聞きたいです」

そう言って手を離す。消えていく余韻が、別れを自覚させた。

「次というと、来年の春か。……分かった」

智臣さんは、どこか含みのある小さな笑い声を漏らすと手を離す。それを見ていたかのように、私たちの横に車が滑り込んできた。赤いテールランプが智臣さんの横顔をほんのり照らすと、誘うようにドアが開く。

「見送ってくれてありがとう。琴葉も気をつけて帰って」
「はい。お疲れ様でした」

最後の挨拶を交わし智臣さんは背中を向ける。それを見つめていると、彼は車に乗り込む前に顔だけこちらに向け、今日一番の不敵な笑みを浮かべた。

「このお見合いは成功だった、と思っていいかな」
「え?」

意表を突かれてポカンとする。まさかまだ、お見合いのつもりでいたなんて、思ってもみなかった。

「では、また会おう」

それだけ言うと、智臣さんは車に乗り込む。タクシーのドアはバタンと大きな音を立て閉まり、そのまま走り去った。その場で立ち尽くす私を置いて。
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