謎多きお見合い相手は、秘めた愛を彼女に注ぐ

玖羽 望月

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「――琴葉さ~ん! この資料の洗い直し終わりました」

二つ席の離れている後輩の坂田さんから、大きな声で呼びかけられる。私は顔を上げ、それに応えた。

「ありがとう。こっちに共有お願い」
「了解です!」

展示会まであと四ヶ月となった。
毎年行われている展示会ではあるが、今年は、業界初の機能が搭載された主力製品の大幅刷新が行われる。数年に一度ということもあり、社内一丸となって進めているところだ。
私の所属するマーケティング・企画部は展示会の中心的な役割を担い、当日まで気が抜けない。まだまだ繁忙期はこれからだというのに、頭の中は展示会のことでいっぱいだ。

(あの時、智臣さんが言っていたのは……)

それとなく、自分が担当している展示ブースのレイアウトについて、智臣さんに尋ねた。それを手帳に書き留めていたが、改めて彼の的確なアドバイスに舌を巻くばかりだ。

(それにしても……やっぱり、お断りの連絡があったってことかな)

レフィルをめくる手を止め考える。

一応メッセージアプリの連絡先は交換した。ディナーが終わるのに、まだ話を聞きたそうにした私に、智臣さんから『交換しよう』と申し出てくれたのだ。
さすがにそれは……と言葉を濁す私に『こちらから不要な連絡はしない。嫌ならブロックして』と言われて、ためらいながらだったけれど。
あのお見合いから、もう三週間近く経つ。『また会おう』なんて言われ、彼はすっかり乗り気なのだと思っていた。智臣さんは祖母のことを尊敬しているようだったし、私と、と言うより祖母との繋がりを重視しているようにも感じた。だからすぐに、次の連絡があるのかと思いきや、その後何の音沙汰もない。
さすがに最初の一週間はドキドキして、お見合いが進むようなら何と言って断ろうかとシミュレーションしていた。けれど、智臣さんからメッセージが来ることはなく、今ではすっかり緊張感も薄まっていた。
今はとにかく仕事に集中したい。一つ息を吐くと、マウスを握り画面を見つめた。

「――石田さん、今日は残業?」

集中してパソコンの画面に向かっていた私に声を掛けたのは、直属の上司である真田課長だ。残業と尋ねられ時間を確認すると、定時の十八時になっていた。

「もうこんな時間。来週月曜日の会議資料を作っていたんですが、ほぼ出来上がったので、今日は帰ります。あとで共有するので、確認願いますか?」

これでもまだ、今は余裕があるほうだ。展示会経験者は今のうちとばかりに定時退社しているし、有給休暇も取得して羽を伸ばしているようだ。上層部が展示内容にGOサインををだすと本格的に動き始める。そこからは余裕もなくなってくるはずだ。

「分かった。見ておくよ」

課長は少し疲れた表情で薄っすら微笑む。

「課長、毎日残業されているみたいですけど、無理をされないようにしてください」
「ありがとう。僕は手が遅いから気づけば残業だよ。だから課長止まりなんだろうけど」

口調は明るいが、内容は自虐的だ。確かに五十代半ばの課長の同期には、すでに部長クラスになっている人もいる。全く仕事ができない人ではないが、この先を考えると昇進は難しいのでは、と同僚たちは噂し合っているようだ。

「課長は仕事が丁寧なんです。いつも助けていただいています」
「そう言ってくれるのは石田さんくらいだよ。僕も今日はできるだけ早く帰るようにするよ」
「そうしてください」

明るく笑いかけると、課長は満足そうに自席に戻っていく。
私はまたモニターに向かうと、開いていた資料を念入りに確認する。それに自分でOKを出すと、データを課長に共有して、パソコンの電源を落とした。
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