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二人の姿が室内から消えると緊張感が少しだけ緩む。とはいえ、まだ面談はこれからで、周りの社員たちの表情は重い。
「琴葉さん。もしかして……新部長、全員の名前と顔をもう覚えてるとか?」
坂田さんが近寄ると、私に小さく耳打ちする。
「まさか! 伊東マネージャーは、さっきの会議にいたからじゃない?」
「でも、課長の名前も知ってましたよ」
「それは……。課長、だから……?」
そう言いながらも、智臣さんならそれくらい、やってのけそうだと思ってしまう。私よりはるかに経験豊富で知識も豊富。それに、過去の展示会の内容を覚えていたくらいだ。記憶力も相当だろう。
「なんですかねぇ。そうだ、琴葉さん。またレイアウト案で資料集めが必要なら、いつでも言ってくださいね。今度は部長をぎゃふんと言わせましょうよ!」
握った拳を胸の前に掲げ、決意表明するように明るく言う坂田さんになんだかほっとする。
「もう! 部長は敵じゃないわよ」
笑いながら返し席に着く。
そうだ。智臣さんは敵ではないはずだ。厳しい指摘をされたのは、私の仕事内容が不甲斐ないからだ。そう思い直すと、パソコンの画面にレイアウト案のデータを呼び出し、食い入るようにそれを見つめた。
智臣さんとの面談は、順調に進んでいるようだ。課長は采配というほどもなく、ただ机の並び順に入ってと指示していた。
この部屋は、企画担当とマーケティング担当の二つの島に分かれて机が並んでいる。先に隣の企画担当が入り、マーケティング担当に順番が回ってきた。
智臣さんが最初に言った通り、本当にみんな五分ほどで出てくる。先に入った社員が言うには、これまでと今の仕事内容を軽く聞かれただけのようだ。
(さすがに……どんな顔すればいいの?)
個室の前で待機していると、心拍数が上がっていく。
お見合い相手で私の素性を知る人。その人を直属の上司にするなんて、お祖母ちゃんも人が悪い。一瞬そんなことがよぎるが、すぐにそれを否定した。
(お祖母ちゃんが人事に口を挟むなんて、ありえない)
会長になってから、経営に直接携わっていないはずだ。息子である社長を信用していると、それとなく話していた。
ということは、蒼波に入社が決まっていることは知っていても、同じ部署になったのは偶然なのかもしれない。
そんなことを悶々と考えているうちに個室の扉が開き、私の順番がやってきた。
「失礼します」
中に入ると、智臣さんはこちらを見る。その落ち着いた表情は変わることなく、座るよう促された。
「石田さん。ではさっそく。今まで担当した仕事内容を簡単に教えてくれ」
智臣さんは、手に持つファイルに視線を落としながら尋ねた。しっかりした造りの黒い表紙は、前部長との面談でも見たことがある。おそらく社員の個人情報がファイリングされているのだろう。
「承知いたしました」
いくら見知った相手でも、ここでは上司と部下。それも着任したばかりの部長だ。いつもより丁寧に返事をすると、質問に答え始めた。
「――では、今は展示会メンバーで、ブースレイアウトの主担当ということで間違いないか?」
ファイルから顔を上げた智臣さんがこちらをまっすぐ見据える。まるで知らない人のような視線に一瞬たじろいでしまった。
「……はい。おっしゃる通りです」
「それでは、さきほどのリテイクの件。今までは課長を通していたようだが、今後は僕に直接上げてくれ」
「ですが……」
これまでずっと、部長に上げる事案は、課長の決裁後に部長に回してもらうのが通例になっていた。とはいえ、課長の指摘は軽微な誤りだけに過ぎず、部長の決裁で止まることもあった。
「課長の負担軽減の意味もある。これからはそうするように」
こう言われてしまうと、「かしこまりました」と返すしかない。けれど、課長がないがしろにされているようで、どこか納得できない気持ちでいた。
「他に、何か聞いておくことは?」
智臣さんをまっすぐ見ることができず視線を落としていると、そう投げかけられる。
(どうして……教えてくれなかったんですか?)
喉元までそんな言葉が出かかる。そんなことを聞いたところで、会った時点で言えるはずなどない。正式に発表されていない人事を、社員に話すなんて。
「いえ。ございません」
首を振りながら顔を上げると、智臣さんと視線が合う。
「僕は、公私混同はしない。これからよろしく頼む」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
一つの笑みも見せない智臣さんに、釘を刺されたのだと感じる。お見合いと言いながら、実は私の能力を測るために会ったのかもしれない。ならば喜ぶべきなのに、どこか気持ちは晴れないでいた。
「琴葉さん。もしかして……新部長、全員の名前と顔をもう覚えてるとか?」
坂田さんが近寄ると、私に小さく耳打ちする。
「まさか! 伊東マネージャーは、さっきの会議にいたからじゃない?」
「でも、課長の名前も知ってましたよ」
「それは……。課長、だから……?」
そう言いながらも、智臣さんならそれくらい、やってのけそうだと思ってしまう。私よりはるかに経験豊富で知識も豊富。それに、過去の展示会の内容を覚えていたくらいだ。記憶力も相当だろう。
「なんですかねぇ。そうだ、琴葉さん。またレイアウト案で資料集めが必要なら、いつでも言ってくださいね。今度は部長をぎゃふんと言わせましょうよ!」
握った拳を胸の前に掲げ、決意表明するように明るく言う坂田さんになんだかほっとする。
「もう! 部長は敵じゃないわよ」
笑いながら返し席に着く。
そうだ。智臣さんは敵ではないはずだ。厳しい指摘をされたのは、私の仕事内容が不甲斐ないからだ。そう思い直すと、パソコンの画面にレイアウト案のデータを呼び出し、食い入るようにそれを見つめた。
智臣さんとの面談は、順調に進んでいるようだ。課長は采配というほどもなく、ただ机の並び順に入ってと指示していた。
この部屋は、企画担当とマーケティング担当の二つの島に分かれて机が並んでいる。先に隣の企画担当が入り、マーケティング担当に順番が回ってきた。
智臣さんが最初に言った通り、本当にみんな五分ほどで出てくる。先に入った社員が言うには、これまでと今の仕事内容を軽く聞かれただけのようだ。
(さすがに……どんな顔すればいいの?)
個室の前で待機していると、心拍数が上がっていく。
お見合い相手で私の素性を知る人。その人を直属の上司にするなんて、お祖母ちゃんも人が悪い。一瞬そんなことがよぎるが、すぐにそれを否定した。
(お祖母ちゃんが人事に口を挟むなんて、ありえない)
会長になってから、経営に直接携わっていないはずだ。息子である社長を信用していると、それとなく話していた。
ということは、蒼波に入社が決まっていることは知っていても、同じ部署になったのは偶然なのかもしれない。
そんなことを悶々と考えているうちに個室の扉が開き、私の順番がやってきた。
「失礼します」
中に入ると、智臣さんはこちらを見る。その落ち着いた表情は変わることなく、座るよう促された。
「石田さん。ではさっそく。今まで担当した仕事内容を簡単に教えてくれ」
智臣さんは、手に持つファイルに視線を落としながら尋ねた。しっかりした造りの黒い表紙は、前部長との面談でも見たことがある。おそらく社員の個人情報がファイリングされているのだろう。
「承知いたしました」
いくら見知った相手でも、ここでは上司と部下。それも着任したばかりの部長だ。いつもより丁寧に返事をすると、質問に答え始めた。
「――では、今は展示会メンバーで、ブースレイアウトの主担当ということで間違いないか?」
ファイルから顔を上げた智臣さんがこちらをまっすぐ見据える。まるで知らない人のような視線に一瞬たじろいでしまった。
「……はい。おっしゃる通りです」
「それでは、さきほどのリテイクの件。今までは課長を通していたようだが、今後は僕に直接上げてくれ」
「ですが……」
これまでずっと、部長に上げる事案は、課長の決裁後に部長に回してもらうのが通例になっていた。とはいえ、課長の指摘は軽微な誤りだけに過ぎず、部長の決裁で止まることもあった。
「課長の負担軽減の意味もある。これからはそうするように」
こう言われてしまうと、「かしこまりました」と返すしかない。けれど、課長がないがしろにされているようで、どこか納得できない気持ちでいた。
「他に、何か聞いておくことは?」
智臣さんをまっすぐ見ることができず視線を落としていると、そう投げかけられる。
(どうして……教えてくれなかったんですか?)
喉元までそんな言葉が出かかる。そんなことを聞いたところで、会った時点で言えるはずなどない。正式に発表されていない人事を、社員に話すなんて。
「いえ。ございません」
首を振りながら顔を上げると、智臣さんと視線が合う。
「僕は、公私混同はしない。これからよろしく頼む」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
一つの笑みも見せない智臣さんに、釘を刺されたのだと感じる。お見合いと言いながら、実は私の能力を測るために会ったのかもしれない。ならば喜ぶべきなのに、どこか気持ちは晴れないでいた。
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