21 / 56
2
11
ファミリーレストランにあるようなオーソドックスなメニューなのに、久しぶりの出来立ての温かな料理に、お腹も心も満たされる。しかも、智臣さんが薦めるだけあって、とにかく絶品だった。
家庭的に見えるのに家ではとても真似できない味に、すっかり虜になっていた。
近隣住民の人気の店なのか、先にいたお客さんが帰っても、すぐに次のお客さんがやって来た。智臣さんが予約してくれていて正解だと、横目で眺めながら食べ進めた。
食事の合間に、仕事とは全く関係のない話題で盛り上がる。好きな食べもの、嫌いな食べもの。そんなたわいもない話を智臣さんと楽しんだ。
「――本当に、美味しかったです。絶対また、食べにきます」
食後のコーヒーを飲みながら、智臣さんに話しかける。智臣さんも同じくコーヒーを口に運びながら、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「だろう? 喜んでもらえて良かった。他にも琴葉の好みそうな店を知っているから、今度教えるよ」
「ぜひ!」
ほんの数時間前まで私の前にそびえ立っていた見えない高い壁が、頑張れば乗り越えられそうなくらいに低くなった気がしていた。今なら、きっと話題にしても大丈夫なはず。そう自分に問いかけながら、覚悟を決めた。
「智臣さん。あの……お見合い、のこと……なんですが」
もう忘れかけそうに、いや、忘れたかったことだけど、うやむやのままにしておくのは気が晴れない。ちゃんと自分の口から伝えておかないと。そう思いながらおずおずと切り出す。
「ああ……」
智臣さんは、持っていたコーヒーカップをソーサーに戻すと、まるで今思い出したかのように、小さくつぶやいた。その程度のことだったなら、好都合。その先を続けようと口を開いたときだった。
「お断りしたい、だろう? 知ってたよ」
「知って……たん、ですか?」
てっきり聞いていないのだと思っていた。なのに、あっさりそう言われて唖然とする。
「里子さんから最初にね。琴葉は乗り気じゃないだろうって。それにあの時の琴葉の様子を見て思った。僕も今まで同じ顔してたんだろうな」
「……同じ?」
また私と同じだと言われて、首をかしげる。私との間に、そんなに共通点があるとは思えない。訝しげな顔をしているだろう私に、智臣さんはふっと表情を緩めて話し出す。
「今まで、散々祖母に頼まれてお見合いをしてきたが、まったく結婚する気なんてなくて。仕事だと思って会ってきたんだ。だから、レストランで琴葉の顔を見たとき、僕もこんな顔でお見合いに臨んでいたんだろうなって」
少しだけ、いろいろと繋がった。お見合いさせるのが趣味だという祖母の友人が、智臣さんのお祖母さまだったのだろう。そして、お見合い経験があった智臣さんには、初めから私が乗り気じゃないことなど、見透かされていたのだ。
でも、腑に落ちないことは残っている。
「じゃあ、どうしてあのとき、お見合いは成功だった、なんて言ったんですか? 結婚する気はないんですよね?」
そのせいで、ずっと釈然としない気持ちを抱えてきたのは確かだ。
「それは里子さんと、僕の祖母のため、かな?」
「お祖母ちゃんたちのため……?」
智臣さんはまだ戸惑いを隠せない私を見て、大きくうなずいた。
「僕の祖母はとくに、今回のお見合いに期待しているんだ。だからすぐに、上手くいかなかったと言って落胆させたくなかったんだ」
智臣さんのその気持ちは、痛いほど理解できる。私だって、仕事で祖母を落胆させたくないと、いつも思っているのだから。
「そう、なんですね」
やっと全部が繋がりホッとする。この話しぶりなら、お見合いを正式に進める気はない。それだけは確かなようだったから。
「それで、だけど。琴葉に一つ、お願いがあるんだ」
「お願い?」
「ほとぼりが冷めるまで、お見合いは続行ということにして欲しい」
(どうしよう……)
ここまでの話の流れで、祖母思いの智臣さんに「無理です」と言う度胸なんてない。けれど、きっと形だけのことだろう。
「分かりました。ほとぼりの冷めるまで、ですね。その時が来たら、ちゃんとお祖母さまに伝えてくださいね」
「もちろんだ。ありがとう、琴葉」
そう言って智臣さんは、嬉しそうに目尻を下げていた。
家庭的に見えるのに家ではとても真似できない味に、すっかり虜になっていた。
近隣住民の人気の店なのか、先にいたお客さんが帰っても、すぐに次のお客さんがやって来た。智臣さんが予約してくれていて正解だと、横目で眺めながら食べ進めた。
食事の合間に、仕事とは全く関係のない話題で盛り上がる。好きな食べもの、嫌いな食べもの。そんなたわいもない話を智臣さんと楽しんだ。
「――本当に、美味しかったです。絶対また、食べにきます」
食後のコーヒーを飲みながら、智臣さんに話しかける。智臣さんも同じくコーヒーを口に運びながら、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「だろう? 喜んでもらえて良かった。他にも琴葉の好みそうな店を知っているから、今度教えるよ」
「ぜひ!」
ほんの数時間前まで私の前にそびえ立っていた見えない高い壁が、頑張れば乗り越えられそうなくらいに低くなった気がしていた。今なら、きっと話題にしても大丈夫なはず。そう自分に問いかけながら、覚悟を決めた。
「智臣さん。あの……お見合い、のこと……なんですが」
もう忘れかけそうに、いや、忘れたかったことだけど、うやむやのままにしておくのは気が晴れない。ちゃんと自分の口から伝えておかないと。そう思いながらおずおずと切り出す。
「ああ……」
智臣さんは、持っていたコーヒーカップをソーサーに戻すと、まるで今思い出したかのように、小さくつぶやいた。その程度のことだったなら、好都合。その先を続けようと口を開いたときだった。
「お断りしたい、だろう? 知ってたよ」
「知って……たん、ですか?」
てっきり聞いていないのだと思っていた。なのに、あっさりそう言われて唖然とする。
「里子さんから最初にね。琴葉は乗り気じゃないだろうって。それにあの時の琴葉の様子を見て思った。僕も今まで同じ顔してたんだろうな」
「……同じ?」
また私と同じだと言われて、首をかしげる。私との間に、そんなに共通点があるとは思えない。訝しげな顔をしているだろう私に、智臣さんはふっと表情を緩めて話し出す。
「今まで、散々祖母に頼まれてお見合いをしてきたが、まったく結婚する気なんてなくて。仕事だと思って会ってきたんだ。だから、レストランで琴葉の顔を見たとき、僕もこんな顔でお見合いに臨んでいたんだろうなって」
少しだけ、いろいろと繋がった。お見合いさせるのが趣味だという祖母の友人が、智臣さんのお祖母さまだったのだろう。そして、お見合い経験があった智臣さんには、初めから私が乗り気じゃないことなど、見透かされていたのだ。
でも、腑に落ちないことは残っている。
「じゃあ、どうしてあのとき、お見合いは成功だった、なんて言ったんですか? 結婚する気はないんですよね?」
そのせいで、ずっと釈然としない気持ちを抱えてきたのは確かだ。
「それは里子さんと、僕の祖母のため、かな?」
「お祖母ちゃんたちのため……?」
智臣さんはまだ戸惑いを隠せない私を見て、大きくうなずいた。
「僕の祖母はとくに、今回のお見合いに期待しているんだ。だからすぐに、上手くいかなかったと言って落胆させたくなかったんだ」
智臣さんのその気持ちは、痛いほど理解できる。私だって、仕事で祖母を落胆させたくないと、いつも思っているのだから。
「そう、なんですね」
やっと全部が繋がりホッとする。この話しぶりなら、お見合いを正式に進める気はない。それだけは確かなようだったから。
「それで、だけど。琴葉に一つ、お願いがあるんだ」
「お願い?」
「ほとぼりが冷めるまで、お見合いは続行ということにして欲しい」
(どうしよう……)
ここまでの話の流れで、祖母思いの智臣さんに「無理です」と言う度胸なんてない。けれど、きっと形だけのことだろう。
「分かりました。ほとぼりの冷めるまで、ですね。その時が来たら、ちゃんとお祖母さまに伝えてくださいね」
「もちろんだ。ありがとう、琴葉」
そう言って智臣さんは、嬉しそうに目尻を下げていた。
あなたにおすすめの小説
カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~
伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華
結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空
幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。
割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。
思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。
二人の結婚生活は一体どうなる?
手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
半年間、俺の妻になれ〜幼馴染CEOのありえない求婚から始まる仮初の溺愛新婚生活〜 崖っぷち元社畜、会社が倒産したら玉の輿に乗りました!?
とろみ
恋愛
出勤したら会社が無くなっていた。
高瀬由衣(たかせゆい)二十七歳。金ナシ、職ナシ、彼氏ナシ。ついでに結婚願望も丸でナシ。
明日までに家賃を用意できなければ更に家も無くなってしまう。でも絶対田舎の実家には帰りたくない!!
そんな崖っぷちの由衣に救いの手を差し伸べたのは、幼なじみで大企業CEOの宮坂直人(みやさかなおと)。
「なぁ、俺と結婚しないか?」
直人は縁談よけのため、由衣に仮初の花嫁役を打診する。その代わりその間の生活費は全て直人が持つという。
便利な仮初の妻が欲しい直人と、金は無いけど東京に居続けたい由衣。
利害の一致から始まった愛のない結婚生活のはずが、気付けばいつの間にか世話焼きで独占欲強めな幼なじみCEOに囲い込まれていて――。
男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される
山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」
出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。
冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。