22 / 56
2
12
店を出たのは、夜十時前。来るときにあった人影もまばらだ。今度は智臣さんの横に並び、歩き出した。
「そうだ、琴葉。この土日の予定は?」
「土日……ですか?」
隣を見上げると、意味ありげな笑みが返ってくる。もしかして、私がしようとしていることを察しているのか、と思うようなその表情にどきりとする。
「特に、なにもないです」
本当は、休みの間にレイアウト案を固めてしまおうと思っていた。それこそ、寝食を忘れて。けれどさっき、ちゃんと食べると約束したばかり。それは守ろうと思っていたところだった。
智臣さんは立ち止まると、こちらを向いて口を開く。
「そうか。なら休みの間、仕事のことを考えるのは禁止な」
「えっ! それは横暴というものじゃ」
そこまで言われると思わなかった。それに、レイアウト案の修正が進んでないことくらい、智臣さんは分かっていそうなものだ。
「まぁ、そうかもしれないけどな。でも、四六時中仕事のことばかり考えていても、思ったよりいい結果を生まない。経験者が言うんだから、間違いない」
少しだけ悲し気なその顔を見上げる。痛い目にあったという過去を思い出しているのだろうか。けれどここまで五日間、なにもいい案が浮かばなかった。本当は、ちゃんと間に合わせられるのか焦っている。
「でも……」
素直に『はい』と言うことができず、口ごもりながら俯く。きっと智臣さんは、相談すればいくらでもアドバイスをくれる。けれど自分の意見が固まっていないのに、丸投げするように相談したくない。
「今の琴葉は、脳も疲労しすぎててショート寸前に思える。だから騙されたと思って、明日は丸一日、体と心を休ませるんだ」
上司のような言葉だけど、そこには親愛の情が混ざっているような気がする。もし智臣さんが、仲の良い兄だったとしたら、きっと同じことを言うはずだ。
「分かりました。そうしてみます」
顔を上げ、智臣さんを真っ直ぐ見つめてうなずいて見せる。ほんのりと街灯に照らされたその顔は、優しく微笑んでいた。
智臣さんはまた歩き出し、それに続く。来たときよりもゆっくりに感じるのは、私の歩幅に合わせてくれているのかもしれない。
「それで、日曜日なんだが」
「日曜日?」
そういえば、土日の話をしていたはずなのに、さっきは明日一日と言っていた。もう一日は、何をすればいいのだろう。
「一緒に出かけよう。行きたいところがあるんだ」
そんな誘いをされるなんて想像もしていなくて、「へっ?」と間抜けな声を出し、立ち止まってしまう。
けれど智臣さんは、私の行動など予想していたように、余裕を見せて振り返った。
「お見合いは順調だと、少しくらいアピールも必要だろう? それに……」
そう言って、智臣さんは少しだけ私に距離を詰めた。
「何事も経験。広い世界を知ることも、ときには必要だ。これは昔、僕がある人に言われた言葉。仕事に関係ないと割り切ってしまうのは簡単だ。でも、関係ないと思うようなことが役に立つこともある」
その言葉は、私の心にも深く突き刺さる。趣味らしい趣味もなく、今も考えるのは、それが仕事に有益かどうか。自分の、物事を測る物差しが、いかに小さいか思い知らされた。
「琴葉。僕に、その手伝いをさせてくれないか?」
「手伝い?」
まだ戸惑いながら、智臣さんに尋ねると、彼は大きくうなずいた。
「あぁ。僕にもまだ知らない世界はたくさんある。だから一緒に、それを見たいと思って」
ともすれば、愛の告白のように聞こえるその台詞。けれど、きっと智臣さんは、私を一人の人間として成長させてくれようとしているのだ。
「……はい。お願いします。私に、世の中のことを教えてください」
契約を結ぶときのように、右手を差し出す。智臣さんはその手に自分の手を重ねると、ぎゅっと握りしめた。
「一緒にって言っただろう? 楽しみだ」
智臣さんは、その手と同じ温かな笑顔を私に向けている。私の胸の中にも、その熱がじんわりと広がっていた。
「そうだ、琴葉。この土日の予定は?」
「土日……ですか?」
隣を見上げると、意味ありげな笑みが返ってくる。もしかして、私がしようとしていることを察しているのか、と思うようなその表情にどきりとする。
「特に、なにもないです」
本当は、休みの間にレイアウト案を固めてしまおうと思っていた。それこそ、寝食を忘れて。けれどさっき、ちゃんと食べると約束したばかり。それは守ろうと思っていたところだった。
智臣さんは立ち止まると、こちらを向いて口を開く。
「そうか。なら休みの間、仕事のことを考えるのは禁止な」
「えっ! それは横暴というものじゃ」
そこまで言われると思わなかった。それに、レイアウト案の修正が進んでないことくらい、智臣さんは分かっていそうなものだ。
「まぁ、そうかもしれないけどな。でも、四六時中仕事のことばかり考えていても、思ったよりいい結果を生まない。経験者が言うんだから、間違いない」
少しだけ悲し気なその顔を見上げる。痛い目にあったという過去を思い出しているのだろうか。けれどここまで五日間、なにもいい案が浮かばなかった。本当は、ちゃんと間に合わせられるのか焦っている。
「でも……」
素直に『はい』と言うことができず、口ごもりながら俯く。きっと智臣さんは、相談すればいくらでもアドバイスをくれる。けれど自分の意見が固まっていないのに、丸投げするように相談したくない。
「今の琴葉は、脳も疲労しすぎててショート寸前に思える。だから騙されたと思って、明日は丸一日、体と心を休ませるんだ」
上司のような言葉だけど、そこには親愛の情が混ざっているような気がする。もし智臣さんが、仲の良い兄だったとしたら、きっと同じことを言うはずだ。
「分かりました。そうしてみます」
顔を上げ、智臣さんを真っ直ぐ見つめてうなずいて見せる。ほんのりと街灯に照らされたその顔は、優しく微笑んでいた。
智臣さんはまた歩き出し、それに続く。来たときよりもゆっくりに感じるのは、私の歩幅に合わせてくれているのかもしれない。
「それで、日曜日なんだが」
「日曜日?」
そういえば、土日の話をしていたはずなのに、さっきは明日一日と言っていた。もう一日は、何をすればいいのだろう。
「一緒に出かけよう。行きたいところがあるんだ」
そんな誘いをされるなんて想像もしていなくて、「へっ?」と間抜けな声を出し、立ち止まってしまう。
けれど智臣さんは、私の行動など予想していたように、余裕を見せて振り返った。
「お見合いは順調だと、少しくらいアピールも必要だろう? それに……」
そう言って、智臣さんは少しだけ私に距離を詰めた。
「何事も経験。広い世界を知ることも、ときには必要だ。これは昔、僕がある人に言われた言葉。仕事に関係ないと割り切ってしまうのは簡単だ。でも、関係ないと思うようなことが役に立つこともある」
その言葉は、私の心にも深く突き刺さる。趣味らしい趣味もなく、今も考えるのは、それが仕事に有益かどうか。自分の、物事を測る物差しが、いかに小さいか思い知らされた。
「琴葉。僕に、その手伝いをさせてくれないか?」
「手伝い?」
まだ戸惑いながら、智臣さんに尋ねると、彼は大きくうなずいた。
「あぁ。僕にもまだ知らない世界はたくさんある。だから一緒に、それを見たいと思って」
ともすれば、愛の告白のように聞こえるその台詞。けれど、きっと智臣さんは、私を一人の人間として成長させてくれようとしているのだ。
「……はい。お願いします。私に、世の中のことを教えてください」
契約を結ぶときのように、右手を差し出す。智臣さんはその手に自分の手を重ねると、ぎゅっと握りしめた。
「一緒にって言っただろう? 楽しみだ」
智臣さんは、その手と同じ温かな笑顔を私に向けている。私の胸の中にも、その熱がじんわりと広がっていた。
あなたにおすすめの小説
カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~
伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華
結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空
幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。
割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。
思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。
二人の結婚生活は一体どうなる?
手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
半年間、俺の妻になれ〜幼馴染CEOのありえない求婚から始まる仮初の溺愛新婚生活〜 崖っぷち元社畜、会社が倒産したら玉の輿に乗りました!?
とろみ
恋愛
出勤したら会社が無くなっていた。
高瀬由衣(たかせゆい)二十七歳。金ナシ、職ナシ、彼氏ナシ。ついでに結婚願望も丸でナシ。
明日までに家賃を用意できなければ更に家も無くなってしまう。でも絶対田舎の実家には帰りたくない!!
そんな崖っぷちの由衣に救いの手を差し伸べたのは、幼なじみで大企業CEOの宮坂直人(みやさかなおと)。
「なぁ、俺と結婚しないか?」
直人は縁談よけのため、由衣に仮初の花嫁役を打診する。その代わりその間の生活費は全て直人が持つという。
便利な仮初の妻が欲しい直人と、金は無いけど東京に居続けたい由衣。
利害の一致から始まった愛のない結婚生活のはずが、気付けばいつの間にか世話焼きで独占欲強めな幼なじみCEOに囲い込まれていて――。
男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される
山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」
出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。
冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。