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美術館の入口は、智臣さんの予想通り混み合っていた。だからこそ、朝早い時間に待ち合わせしたのに、想像以上だ。
「じゃ、これがチケット」
入場列に並ぶと、智臣さんがポケットから取り出した“無料観覧券”と書かれたチケットを渡される。疑っていたわけではないが、もらい物というのは本当だったようだ。それに視線を落とすと、つい仕事目線で企業名を目で追ってしまう。そこには取引先の企業や、同業の会社の名前もあった。
(智臣さんは、このどこかの会社と関連が?)
そんな考えが浮かぶが、さすがにそれは単純すぎるだろう。それに、仕事上の付き合いでもらったものとは限らない。祖母のところにだって、仕事抜きでこういう招待券の類はよく送られているようだから。
スムーズに流れる行列を進み館内に入ると、パンフレットを手に取り展示室に向かった。
中は少しざわめいているが、人の数を思えば静かなものだ。人の波に逆らうことなく、ゆっくりと鑑賞を始めた。
それぞれの絵画の隣に付けられている説明を読み、その絵を眺める。普段、本や写真でしか絵を見ることはなく、その色彩や質感に圧倒される。けれど、今まで触れることのなかった絵画を観るのが、これで正解なのか悩んでしまう。そう思いながら、智臣さんを盗み見る。彼はただ静かに、絵のすみずみまで観察しているように見えた。
「あの。智臣さんは、絵のどんなところを、観ているんですか?」
次の展示室へ移るタイミングで、思い切って切り出す。幼稚な質問に笑われてしまいそうだけど、聞いて、参考にしたいと思った。
「うーん……。じゃあ、琴葉はどんなこと考えていたんだ?」
少し考えたあと、智臣さんに質問を質問で返される。私は、並んでいた絵画を頭の中で思い起こしながら、それに答えた。
「色使いが綺麗だなとか、この風景好きだなとか? なんか、子供っぽくて恥ずかしいです」
「そんなことはない」
肩をすくめながら答える私を笑うことなく、智臣さんは落ち着いたトーンで話し出す。
「難しいことは考えなくてもいいと、僕は思う。作者がこの絵をどんな気持ちで、何を表現したくて描いたのか。ただそれを想像して楽しめばいい。この絵は好きだとか、惹かれるものがあるとか。それだけで充分だと思うよ」
また一つ、自分の悪い癖を実感する。何事も、難しく真面目に考えすぎていると、やんわりと指摘されているような気分だ。けれどそれが嫌じゃないのは、智臣さんの優しい顔と口調で伝えてくれているからなのかもしれない。
「それで、いいんですね。じゃあ次は、もっと心で感じようと思います」
気持ちが和らぎ、自然に口角が上がる。智臣さんも、私に釣られたように口元を緩ませていた。
次の展示室に入ると、さっきより混雑しているように感じる。入口付近は特に、ゆっくり鑑賞した人と、今から鑑賞する人がとどまっている状態だ。
できるだけ前でじっくり鑑賞したいと、自然にできた列に並ぶ。順番がくると、目の前の絵画を眺める。そんなことを繰り返しながら進んでいるが、鑑賞する人はどんどん増えていく。そんななかでも、気が短い人もいるのか、割り込むように押してくる人もいた。
(あ……)
突然自分の手が温もりに包まれ、智臣さんを見上げる。ずっと、肩が触れ合いそうな距離にいたが、今はしっかりと手を握られてしまっていた。
「はぐれるといけない」
智臣さんは顔を私に近づけると、小さくささやく。
たしかに、気を抜けばいつの間にか離れ離れになってしまいそうではある。けれど大人なんだから、あとで連絡くらい取れそうなものだ。でも、一緒にこの時間を共有したい。そんな気持ちも湧いていた。
私は言葉ではなく、その手を軽く握ることで返事をする。智臣さんは何も言わず、ただ微笑みを浮かべて前に向いた。
これは、保護者としての行動――。自分にそう言い聞かせ、私もまた前に飾られた絵に顔を向けた。
「じゃ、これがチケット」
入場列に並ぶと、智臣さんがポケットから取り出した“無料観覧券”と書かれたチケットを渡される。疑っていたわけではないが、もらい物というのは本当だったようだ。それに視線を落とすと、つい仕事目線で企業名を目で追ってしまう。そこには取引先の企業や、同業の会社の名前もあった。
(智臣さんは、このどこかの会社と関連が?)
そんな考えが浮かぶが、さすがにそれは単純すぎるだろう。それに、仕事上の付き合いでもらったものとは限らない。祖母のところにだって、仕事抜きでこういう招待券の類はよく送られているようだから。
スムーズに流れる行列を進み館内に入ると、パンフレットを手に取り展示室に向かった。
中は少しざわめいているが、人の数を思えば静かなものだ。人の波に逆らうことなく、ゆっくりと鑑賞を始めた。
それぞれの絵画の隣に付けられている説明を読み、その絵を眺める。普段、本や写真でしか絵を見ることはなく、その色彩や質感に圧倒される。けれど、今まで触れることのなかった絵画を観るのが、これで正解なのか悩んでしまう。そう思いながら、智臣さんを盗み見る。彼はただ静かに、絵のすみずみまで観察しているように見えた。
「あの。智臣さんは、絵のどんなところを、観ているんですか?」
次の展示室へ移るタイミングで、思い切って切り出す。幼稚な質問に笑われてしまいそうだけど、聞いて、参考にしたいと思った。
「うーん……。じゃあ、琴葉はどんなこと考えていたんだ?」
少し考えたあと、智臣さんに質問を質問で返される。私は、並んでいた絵画を頭の中で思い起こしながら、それに答えた。
「色使いが綺麗だなとか、この風景好きだなとか? なんか、子供っぽくて恥ずかしいです」
「そんなことはない」
肩をすくめながら答える私を笑うことなく、智臣さんは落ち着いたトーンで話し出す。
「難しいことは考えなくてもいいと、僕は思う。作者がこの絵をどんな気持ちで、何を表現したくて描いたのか。ただそれを想像して楽しめばいい。この絵は好きだとか、惹かれるものがあるとか。それだけで充分だと思うよ」
また一つ、自分の悪い癖を実感する。何事も、難しく真面目に考えすぎていると、やんわりと指摘されているような気分だ。けれどそれが嫌じゃないのは、智臣さんの優しい顔と口調で伝えてくれているからなのかもしれない。
「それで、いいんですね。じゃあ次は、もっと心で感じようと思います」
気持ちが和らぎ、自然に口角が上がる。智臣さんも、私に釣られたように口元を緩ませていた。
次の展示室に入ると、さっきより混雑しているように感じる。入口付近は特に、ゆっくり鑑賞した人と、今から鑑賞する人がとどまっている状態だ。
できるだけ前でじっくり鑑賞したいと、自然にできた列に並ぶ。順番がくると、目の前の絵画を眺める。そんなことを繰り返しながら進んでいるが、鑑賞する人はどんどん増えていく。そんななかでも、気が短い人もいるのか、割り込むように押してくる人もいた。
(あ……)
突然自分の手が温もりに包まれ、智臣さんを見上げる。ずっと、肩が触れ合いそうな距離にいたが、今はしっかりと手を握られてしまっていた。
「はぐれるといけない」
智臣さんは顔を私に近づけると、小さくささやく。
たしかに、気を抜けばいつの間にか離れ離れになってしまいそうではある。けれど大人なんだから、あとで連絡くらい取れそうなものだ。でも、一緒にこの時間を共有したい。そんな気持ちも湧いていた。
私は言葉ではなく、その手を軽く握ることで返事をする。智臣さんは何も言わず、ただ微笑みを浮かべて前に向いた。
これは、保護者としての行動――。自分にそう言い聞かせ、私もまた前に飾られた絵に顔を向けた。
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