謎多きお見合い相手は、秘めた愛を彼女に注ぐ

玖羽 望月

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最初こそ緊張が勝り、絵を観ているのか、人垣を見ているのか分からなかった。けれどだんだんとそれも薄まり、ざわめく気持ちも落ち着いてきた。そのうち、智臣さんからこの絵は好みだとか、琴葉は気に入った絵はあるかとか、耳打ちするように尋ねられるようになり、他の人の邪魔にならない程度に会話を楽しんだ。

「――見応えありましたね。なんというか、とても癒されました」

全ての展示された絵画を鑑賞し、広いホールに出てくる。そんなに長い時間だと思っていなかったけど、気が付けば入場してから2時間以上過ぎていて、もうお昼どきになっていた。

「そうだな。絵画にはリラックス効果もあるらしい。たしかに、自然豊かな風景画なんかは、そこにいるような気持ちになれるな」

歩きながら、隣に並ぶ私に顔を向ける智臣さんの顔は、とても穏やかだ。言葉のとおり、リラックスできたのだろう。まだ離せていない、私の手に重ねられた手は自然だ。

(もう、はぐれる心配もないのに)

そう思うけれど、智臣さんはこれが当たり前のような態度だ。きっと今まで、数々の女性たちとこんな風に過ごしたことがあるのだろう。戸惑っているのは私だけで、智臣さんは平然としている様子だ。

「琴葉。あれを見てもいい?」

意識してしまい、ドキドキしながら無言で歩く私に、智臣さんは尋ねる。智臣さんの視線を追うと、天井まで届くガラス窓のそばにカフェスペースが広がっていた。
私が「はい」とうなずくと、そばまで寄ってみる。食事もスイーツも揃っているサンプルは、よく見かけるものが多い。けれど別の小さなテーブルに、コラボレーションメニューとして、料理が置かれていた。

「へえ。こんなものもあるんだな。琴葉がよければ、ここで食事をしないか?」
「いいですね。興味あります。その前に……お手洗いに行ってきても?」

そう切り出すと、智臣さんは、はっとしたように手を離した。

「ごめん、気が回らなくて。行っておいで。僕は先に並んでいるよ」

温もりが急速に冷めていく。それが名残惜しくて、その手を抱えるようにして温もりを閉じ込めた。

「ありがとうございます」

それだけ口にして、背中を向けると速足で化粧室に向かった。

「――すみません、お待たせして」

化粧室は混雑していて、カフェに戻ると順番まであと5組ほどと、思いのほか列は進んでいた。お礼をいうと、笑みを浮かべた智臣さんは小さく首を振る。それから、途中で配られたのか手にしていたメニューブックを広げて差し出してくれた。

「サンプルにあったもの以外にもコラボメニューはあるようだよ。あとでオーダーを聞きにきてくれるそうだ」

それを受け取る手は、もう智臣さんの手の余韻は残っていない、いつもの冷たい自分の手だ。感傷に浸ってしまう自分の、戸惑う気持ちを押し隠すようにメニューブックを握りしめた。
順番が来て席に着くと、ほどなくして料理が運ばれてくる。印象に残っていた絵のコラボメニューがちょうどあり、それを選んだ。智臣さんは別の絵のものにしていて、それぞれの皿は華やかだ。
せっかくだからと写真に収め、絵画の感想を話しながら食事を楽しむ。
智臣さんは、飽きない話術を身につけているようだ。沈黙が生まれそうになると、さりげなく絵の裏話や私の感想を拾って、話を広げてくれていた。

「――ごちそうさまでした。すみません、金曜だって受け取ってくれなかったのに」

智臣さんは当然のように、この前の夕食も今のカフェの代金も私に出させてくれない。申し訳ない気持ちが先に立つ。

「気にしないで。お見合いのときは里子さんが出してくれたんだから、そのお返しだ」
「それなら私じゃなく、直接お祖母ちゃんに返してください。好みならいくらでも教えますから」
「それもそうだな。今度そうするよ」

少し頬を膨らませて訴えると、智臣さんは声を漏らして笑う。その顔を見て、私に払わせるつもりはなさそうだとなんとなく感じ、居たたまれない気持ちになっていた。
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