謎多きお見合い相手は、秘めた愛を彼女に注ぐ

玖羽 望月

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なんだろうかと、智臣さんと同時に振り返る。その人は智臣さんの向こう側に居て、私からは見え隠れしている状態だ。私と同じくらいか、少し年下だと思われる女性は、智臣さんにどこか期待したような瞳を向けている。私とは違う、アレンジされた柔らかそうなミルクティーブラウンの髪。綺麗な鎖骨が見えるニットに、淡いピンクのエプロンを身に付けている。

「あ、やっぱり! アストレア薬品の、榛名さんですよね! 私……」
「人違いでは?」

続く言葉を遮るように、私に背中を向けている智臣さんから冷たく低い声が響いた。どんな表情をしているのか想像でしかないが、それはあの初日の会議を思わせた。

「えっ? そんなことですよね? 私、第一病院の……」

明らかに否定している智臣さんに、彼女は引き下がることなく話しかけている。けれど、彼女が必死になればなるほど、智臣さんから殺気のようなものが漂った。

「申し訳ないが、公共の場で人の個人情報をペラペラとしゃべる人間に興味はない。今は、彼女との時間を楽しんでいる。邪魔しないでくれるかな」

あくまでも言葉は丁寧だ。けれど完全に拒絶反応を示され、相手の表情は青ざめていた。彼女がそそくさと戻っていく気配を感じながら、私はメイン料理の下処理に入る。何も聞いてないと、アピールするように。

「ごめん、琴葉。次は何をすればいい?」

今さっきの出来事がなかったみたいに、智臣さんはまた優しい声色で私に問いかける。平静を装い、次の工程をお願いする。智臣さんは、慣れた手つきで野菜を切り始めた。

(アストレア薬品……)

智臣さんは『人違いだ』と口にした。けれど、本当にそのとおりだとは思えない。
アストレア薬品はたしか、蒼波と付き合いがあるはずの会社だ。かなり昔に経営難に陥ったことがあるらしいが、今は持ち直し、売り上げは右肩上がりだと聞いたことがある。蒼波とは分野は違えど、同じ医療業界。智臣さんが以前勤めていたとしても、なんら不思議ではない。
ついそれに気を取られそうになる。ライバル企業だったならまだしも、取引先なのだから、問題なんてないのに。

(聞かれたく……ないんだろうな)

手際よく料理を進める智臣さんの隣に立つと、このことには触れられたくない、そう感じる。だから私もそれに触れることなく、ただ料理教室を楽しんだ。

「――簡単なのに、美味かった。今度挑戦してみよう」

体験教室は終わり、教室の外へ出て歩き出す。もう夕方になっていることもあり、来たときとは少し客層の変わったターミナルビル内を歩く。
自分たちの作ったものをその場で試食したため、今はお腹いっぱいだ。これなら、このあと食事でもと言われる心配はなさそうだ。
エスカレーターを降りながら、智臣さんにどこか寄るところはあるかと尋ねられる。それに私は、首を振って答えた。

「今日はこれで失礼します。帰って、明日からのお弁当のおかずを作り置きしようと思って」

これは嘘ではない。長い間一緒にいると、さっきのことを思い返してしまいそうな自分に対し、言い訳じみていると思うけれど。

「そう、か。じゃあ、せめて家の近くまで……」

このあとの言葉がどう続くか、簡単に予想がつく。私はすぐ、それを断るように再び首を振った。

「大丈夫です。ここから電車一本で着くんですから」

できるだけ気に病ませることのないように、明るくそう返す。なのに、智臣さんは少しだけ、寂しそうな表情を見せる。

「……分かった。そうだ、さっき借りたエプロン、今度洗って返すな」

一階まで降り切り、あとは駅に続く通路に向かうだけになる。そこを歩きながら、智臣さんはエプロンの入る袋を持ち上げて見せた。

「それ、なんですけど。良ければ、そのまま使ってくれませんか?」

それは、智臣さんのことを考えて選んだものだ。要らないと言われたら、そのまま持って帰ろう。そう思いながら、おずおずと切り出す。

「いいのか?」
「はい。押し付けてしまってすみません」

思いがけず、智臣さんは嬉しそうに笑う。それに、どこか落ち着かないような、そんな気持ちになっていた。
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