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智臣さんから連絡がきたのは、思っていたより早い時間だった。
お鍋の火を消し、用意していたタッパーの入る紙袋に手を伸ばす。けれど思い直し、それを置きスマホだけ持つと家を出た。
この週末にかけ、寒気が流れ込み気温はかなり下がるとニュースは伝えていた。頬を刺すような空気が、それを体感させていた。
私の家の方向はなんとなく分かると言う智臣さんと、最寄りのコンビニで待ち合わせする。それを決めてからすぐ家を出たはずなのに、コンビニに近づくと、もうビジネスコート姿の智臣さんが、コンビニの前に佇んでいるのが見えた。寒いのか、時々手を口元へ持っていき、温めるような仕草をしている。
「智臣さん!」
居ても立ってもいられず、声を上げて駆け寄る。私の姿を見つけた智臣さんも、こちらに向かって歩みを寄せた。
「琴葉、ごめん。寒いのに、出てこさせてしまって」
「そんなことないです。嬉しいです。会えて……」
向き合って言葉を交わすと、さっきより濃くなった白い息がお互いの口から漏れた。その先には、優しい瞳で私を見つめる智臣さんがいる。その顔を見つめるだけで、心の中は温かく、それでいて、少し痛いような感覚が広がった。
ほんの数秒、どちらも口を開くことなく、見つめ合う。先に気恥ずかしさから視線をそらしたのは、私のほうだ。顔を少し下に向けると、智臣さんは切り出した。
「今日は……ありがとう。助かったよ」
なんのことだろうと、不思議に思う。けれど、すぐにそれが何を指すのか気づいた。
「そんな! 智臣さんのおかげで、大きな問題にならずに済みましたから。伊東さんもホッとしてました」
このことをわざわざ伝えに来たのだろうか。仕事の延長線上だったことに、わずかな寂しさが付きまとう。目に入った智臣さんの顔は、どこか切なそうにも見える。その表情のまま、唇を動かした。
「すまない。こんなことを言うためだけに、ここまで来たんじゃないんだ。少し……ナーバスになってしまっているのかもな」
何がそうさせているのかは、分かりようもない。それが分かるほど、私たちの付き合いは深くないのだから。でも、智臣さんが私にしてくれたように、私も智臣さんに少しでも元気を出してほしい。
「謝らないでください。この寒さですもの。だから、うちに来ませんか?」
突拍子もないことを言う私に驚いたのか、智臣さんは目を見開く。
「最近、料理教室で習ったご飯を作ってみたんです。味見してもらえないですか?」
立て続けに言う私に、智臣さんは口を噤んだまま困ったような表情をみせる。そこまで踏み込むつもりはないのだろう。でも、引き下がりたくない。
「だが……」
まだ口ごもる智臣さんの指先にそっと触れる。手袋をしていないその手は、思っていた以上に冷たい。それを包み込むように、私はその手を掴んだ。
「ほら、こんなに手も冷たい。渡したいものが、あるんです。少しだけでいいんで」
その手を引くと、私の勢いに圧倒されたように、智臣さんは歩き出した。
家までは、ここから5分もかからない。智臣さんがどんな顔をしているか分からないけど、繋いだ手が解かれないことを肯定と受け取り進んだ。
「――狭いから、驚かないでくださいね」
部屋の鍵を開け、中に入る。付けっぱなしだったエアコンの温かな空気が出迎えてくれる。部屋の電気もそのままだ。
「入ってください。スリッパは……。お客さま用なんて用意してなくて。私のでよければ」
そういえば、この部屋に誰かを呼ぶのは初めてだ。親でさえ、来たことはない。
「いや、このままでいいよ」
まだ戸惑った様子の智臣さんはおずおずとコートを脱ぐと、ためらいがちに靴を脱いでいた。ハンガーを持ってくるとコートを受け取り、自分のコートに重ねて掛ける。
「テーブルに座ってください。すぐ温めます」
もう玄関からキッチンが見えるような狭い間取りの部屋。二人掛けのダイニングに、智臣さんを促すと、コンロの火を付けた。冷めきっていない鍋の中は、すぐコトコトと音を立て始める。
「いい匂い、だな」
その匂いが届いたのか、智臣さんは表情を緩めた。
お鍋の火を消し、用意していたタッパーの入る紙袋に手を伸ばす。けれど思い直し、それを置きスマホだけ持つと家を出た。
この週末にかけ、寒気が流れ込み気温はかなり下がるとニュースは伝えていた。頬を刺すような空気が、それを体感させていた。
私の家の方向はなんとなく分かると言う智臣さんと、最寄りのコンビニで待ち合わせする。それを決めてからすぐ家を出たはずなのに、コンビニに近づくと、もうビジネスコート姿の智臣さんが、コンビニの前に佇んでいるのが見えた。寒いのか、時々手を口元へ持っていき、温めるような仕草をしている。
「智臣さん!」
居ても立ってもいられず、声を上げて駆け寄る。私の姿を見つけた智臣さんも、こちらに向かって歩みを寄せた。
「琴葉、ごめん。寒いのに、出てこさせてしまって」
「そんなことないです。嬉しいです。会えて……」
向き合って言葉を交わすと、さっきより濃くなった白い息がお互いの口から漏れた。その先には、優しい瞳で私を見つめる智臣さんがいる。その顔を見つめるだけで、心の中は温かく、それでいて、少し痛いような感覚が広がった。
ほんの数秒、どちらも口を開くことなく、見つめ合う。先に気恥ずかしさから視線をそらしたのは、私のほうだ。顔を少し下に向けると、智臣さんは切り出した。
「今日は……ありがとう。助かったよ」
なんのことだろうと、不思議に思う。けれど、すぐにそれが何を指すのか気づいた。
「そんな! 智臣さんのおかげで、大きな問題にならずに済みましたから。伊東さんもホッとしてました」
このことをわざわざ伝えに来たのだろうか。仕事の延長線上だったことに、わずかな寂しさが付きまとう。目に入った智臣さんの顔は、どこか切なそうにも見える。その表情のまま、唇を動かした。
「すまない。こんなことを言うためだけに、ここまで来たんじゃないんだ。少し……ナーバスになってしまっているのかもな」
何がそうさせているのかは、分かりようもない。それが分かるほど、私たちの付き合いは深くないのだから。でも、智臣さんが私にしてくれたように、私も智臣さんに少しでも元気を出してほしい。
「謝らないでください。この寒さですもの。だから、うちに来ませんか?」
突拍子もないことを言う私に驚いたのか、智臣さんは目を見開く。
「最近、料理教室で習ったご飯を作ってみたんです。味見してもらえないですか?」
立て続けに言う私に、智臣さんは口を噤んだまま困ったような表情をみせる。そこまで踏み込むつもりはないのだろう。でも、引き下がりたくない。
「だが……」
まだ口ごもる智臣さんの指先にそっと触れる。手袋をしていないその手は、思っていた以上に冷たい。それを包み込むように、私はその手を掴んだ。
「ほら、こんなに手も冷たい。渡したいものが、あるんです。少しだけでいいんで」
その手を引くと、私の勢いに圧倒されたように、智臣さんは歩き出した。
家までは、ここから5分もかからない。智臣さんがどんな顔をしているか分からないけど、繋いだ手が解かれないことを肯定と受け取り進んだ。
「――狭いから、驚かないでくださいね」
部屋の鍵を開け、中に入る。付けっぱなしだったエアコンの温かな空気が出迎えてくれる。部屋の電気もそのままだ。
「入ってください。スリッパは……。お客さま用なんて用意してなくて。私のでよければ」
そういえば、この部屋に誰かを呼ぶのは初めてだ。親でさえ、来たことはない。
「いや、このままでいいよ」
まだ戸惑った様子の智臣さんはおずおずとコートを脱ぐと、ためらいがちに靴を脱いでいた。ハンガーを持ってくるとコートを受け取り、自分のコートに重ねて掛ける。
「テーブルに座ってください。すぐ温めます」
もう玄関からキッチンが見えるような狭い間取りの部屋。二人掛けのダイニングに、智臣さんを促すと、コンロの火を付けた。冷めきっていない鍋の中は、すぐコトコトと音を立て始める。
「いい匂い、だな」
その匂いが届いたのか、智臣さんは表情を緩めた。
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